止まった世界であなたと

遠藤まめ

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第1章 止まった世界の生き方

6話 日菜乃救出作戦

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「すず、なんか手伝えることある?」

「んーん。今のところはなさそう。あーでも念のために小石とかは欲しいかも」

武器づくり担当の冬馬とすずは二人で武器作成をする。冬馬に関しては金属バットを2つほど借りるだけだったのですぐに終わり、すずの手伝いをしていた。作戦会議の結果、万夏が防護服となる厚めの服を取りに行っている間に武器の調達を済ませ、作成等をして合流したタイミングで作戦決行と言ったところだ。

「でもよかったの?そんな早く作戦決行しちゃって、勢いで行っても危険なだけじゃ…」

「まぁ正直言って不安。でも他にすることもないからね…罠もおけないし強い武器づくりの技術も材料も足りないし」

冬馬は尖った小石を拾いながら言う。冬馬の気持ちとしてもなるべく万全な状態で、できることなら弓矢や剣、銃もあれば安心感は桁違いなのだがそんなゲームのようなことがあるはずもなく小石や子供の金属バットをくすねてそれっぽい装備を備えることしかできないのだ。未知の存在相手には貧相すぎる戦い方だが日菜乃を救うためにはやるしかない。死ぬか死ぬ気でやるかの二択しかないのだ。

「ふ~ん。まぁトーマが考えた作戦だし?負けることはないだろうけどさ…」

その絶対的な信頼。貧相な防具と装備の推測だらけの作戦でもなお冬馬の言葉を信じるすずの目には迷いはなかった。しかし

「絶対相打ちとかはなしにしてよ。生きて帰ってきて」

不安や冬馬の身を案じるような目がそこには宿っていた。
それもそうだ。恋人が命張って名前と顔しか知らないような人を救おうとしてるのだ。安心して送り出すことなんてできる方が異常だ。

「うん、必ず生きて帰ろう。すずも無茶はしないで逃げるときは遠慮なく逃げること」

「トーマは人の為となると命も捨てかねないからなぁ」

「いやいや…それはちがうよ。僕はただ…」

「冬馬、おまたせ!持ってきたよ。とりあえずスカジャンとかコート中心に持ってきてみた」

冬馬が言い終わる前に防護服調達係の万夏が大きめの紙袋を持って来た。
紙袋の中には爽やかな好青年という万夏のイメージとは合わないスカジャンやコートなどが入っており、作業服の長ズボンがにさんちゃくはいっていた。

「万夏くんってスカジャンとか着るんだね。ちょっと以外~」

すずがすかさず聞く。

「あ、あぁこれは父さんからのお下がりだよ。着ないのに何着もよこすからどうしようか困ってたんだよね…」

万夏はすずの疑問に答える。

「でもここでものすごい役に立った。これくらいの厚さで十分助かる」

冬馬が遠慮なくスカジャンを着ながら言う。万夏も続いて着るがどこか気恥ずかしそうにしている。

「ちょっとぶかぶか…」

すずも着るが小柄な少女にサイズが合うわけなく袖から手が出てくることはなかった。

「すずは後衛だからまぁそれで我慢かな…ごめん。ちょっと頑張って」

「……まぁ良いけど」

すずはそう言うとズボンも履き、全員が上はスカジャン、下は作業服というチグハグな格好をして戦いの準備を整えたのだった。当然のごとく似合ってなどおらずこのタイミングで時が動き出してしまえば確実に職質待ったなしだろう。

「行こうか、日菜乃さん救出作戦の決行としよう。」

冬馬はすぐさま金属バットと近くの空き家から拾ってきた錆びた鉄パイプを持ちへと歩き出した。二人も金属バットや鉄パイプ、ガーゼに石を包んだブラックジャックを持って続く。


「アイツアイツって言うのもなんかあれだし名前でも決めようか、秘密基地までまだあるし」

静かな住宅街で冬馬は突然提案した。

「え、何急に…。んー、ゲニウスじゃだめなの?」

「同一人物じゃなさそうだし守護神が何体もいる構図はちょっと…」

すずの適当な提案を冬馬は却下する。

「んー。ゲニウスの手下とか?」

「長いしわかりにくいなぁ…」

意外にもこの話題に乗った万夏の意見も冬馬は却下する。

「もー、じゃあトーマは何が良いの?」

「え~マルスとか?戦いの神の名前だった気が…」

ずっと前から考えていたとか思えない名前を挙げる冬馬にすずはジトッとした目を向け、万夏は苦笑した。

「いや厨二っぽ…」

ぼそっと放ったすずの言葉に冬馬は「いいだろ」と顔をほのかに赤らめて言った。

「ま、まぁ英語とかにしたいよね。かっこいいし」

万夏もフォローを入れるが苦笑が消えることはなかった。


「着いたね」

先程までの緩んだ空気が嘘のように消え、皆の意識は「ヤツ」への対抗心と日菜乃のことでいっぱいになった。

「日菜乃…。待ってろよ…」

万夏もまたその目に闘志を宿らせ睨みつけるように秘密基地へと一番に乗り出した。
しかし基地内に入ることはなく、空から落ちてきて地面にぶつかる衝撃音を響かせ三人に不安と恐怖を与えようとする。

「やっぱり改めて見てもキモいな。なんかくねくねしてるし」

突然の冬馬による敵への挑発に二人は驚く。

「ね、小さい頃のトーマみたい」

「……えちょっとまって小さい頃の僕こんなんだった?」

「ずーっと恥ずかしそうにくねくねしてたじゃん。あれと同じくらいアイツも…いやそれほどでは…」

「いやいやいや…昔の僕はあれよりキモくない…ってか昔のこと掘り返すのやめましょうかすずさん。敵がどっちかわかんなくなってるって」

命の危機ですらあるこの状況で軽口が止まらなくなっていた。二人の目には不安や恐怖というのは宿ってなどいなかった。

「ははっ。ふたりとも走馬灯見るの早すぎ。僕らが見せる側でしょ」

万夏もまたその目から消えかけた闘志が再燃し、まっすぐと「ヤツ」を睨みつけ金属バットを構えた。

「ありがとう二人とも!お陰で肩の力が抜けた。完全に集中できる」

そう言うと万夏は右足を思い切り蹴り出し、ヤツの懐へと迫った。
当然ヤツも体をくねらせ万夏へ反撃しようとする。腹を90°にひねらせ両腕を振りかざし万夏の頭へと─

「………!!」

直撃させる直前にその腕を横から頭目掛けて飛んできた何かから身を守ろうとする。

「これでも野球は得意だから!」

すずがブラックジャックを片手に自慢気になる。

当然。身を守るためにすずへと警戒を切り替えたその瞬間を見逃すことなく万夏はそのバットを横っ腹目掛けてフルスイングした。
ゴム気質のものにぶつかるような音を響かせヤツは吹っ飛んだ。よろめいたやつの隙を見逃すことなく、反対側で構えていた冬馬はヤツの足を引っ掛け横転させた。

「今だ!」

冬馬は叫ぶと万夏もヤツのもとへと着くなり袋叩きにする。ボコボコと音を立ててたまに金属がぶつかる音を響かせる。頭や腹、ヤツもできる限りの抵抗をしようとするが二人がかりで殴られては守り切れることもなく、着実に殴っていく。

「…………。」

ヤツは気味の悪いオーラを放ちそれに二人はカンマほどの隙を見せてしまう。
いくら短くとも隙は隙。ヤツがそれを見逃すことなどなく、足をムチのようにしならせ二人の腹に直撃させる。その勢いに耐えられるわけもなく、吹っ飛び秘密基地内の壁に直撃する。
そんな攻撃に耐えられるわけもなく、意識を飛ばす二人の見え見えの隙が追撃チャンスになるわけでヤツも恐ろしいほどのスピードで二人の下へ飛ぶ。

「トーマ!!」

悲鳴混じりのすずの声が冬馬の意識を強制的に覚ます。すずもまた乱心気味にヤツの背中めがけブラックジャックを投げる。ヤツの頭が180°回転しそれが跳ね飛ばされたところで冬馬はポケット内にある中くらいのブラックジャックを取り出し、頭にスイングさせる。あるのかもわからない脳が揺れているかのような素振りを見せるがもう隙を見せることはない。秒で冬馬を殴り飛ばし壁へと直撃させる。鈍い音が鳴り響き冬馬はついにダウンする。白目をむき体は動かない。かろうじて聴覚が働いていると言ったところだ。

すずの手に残るブラックジャックはあと一つ、適当に投げれば狙われて死ぬ。いや、ここで意識があるのはすずのみ、狙われるのはどっちにしても変わらない。

「ひッ……。来ないで…」

絶望、涙を流しながらその死を受け入れるのを待つことしかできないすずは後ずさりをすることしかできない。舐めているのかヤツもまたダラダラと追い詰めていく。腹立たしくも動けない体に冬馬は苛立つ。

すずが危険な状態にいる。せいぜい動かせるのは脚と腕のみで無茶して三秒といったところ。頭なら今でも働く。どうする俺、考えろ。考えて考え抜いてこの最悪の状態を打開しなくてはならない。

冬馬は立ち上がり落ちていた小石を思い切り投げまたすぐに倒れた。その小石の飛ぶ方向はヤツの頭─

「んぐっ…」

─ではなく万夏の頭だった。一世一代の大勝負、小さな小石を火事場の馬鹿力で見事万夏に命中させた。後は目覚めてヤツを殴るだけ。

「………はっ!!」

万夏は寝起きのような状態からすぐさま回復、すず目がけて飛ぶムチのような腕に念のために持っていた鉄パイプをやり投げのようにして投げる。当たることはなくともその殺気からヤツは振り向く、が遅い。

「………ォラァ!!!」

万夏はその振り向く隙を狙い頭にもう一つの鉄パイプをぶつける。最後の力を振り絞ったためか万夏もよろめき倒れ込むがすずには退く時間にもなり、ヤツから離れる。ヤツは完全に油断していたためかまたもふらつきバランスを崩す。そのタイミングを狙いすずは最後のブラックジャックをヤツの頭へと投げる。

先程のゴムにぶつかるような音ではなく何かがちぎれるような、割れるような音が響き、ヤツは完全にダウンする。

倒した。すずの内心でそんな事を考える。しかし現実とはゲームや漫画のようにはいかない。ヤツは起き上がりこぼしのように立ち上がりすずの方に頭を向ける。目があるのかわからないが睨まれていると分かる程に恐ろしいオーラを放ち、すずの中の野生の勘が自らの死を悟った。震えが止まらなく、体が思うように動かない。まるで死を待つかのようにただヤツの方向を見て立っていることしかできていない。

ヤツが恐ろしいほどのスピードで飛び出してきた時、すずの目の前が真っ暗になった。死んだと思った。痛みも感じない、頭も働く、死とはこんなにもあっさりしているのか。すずはそんなことをぼやっと考えていると。ふと感じる。埃っぽい匂いがまだする。嗅覚も残っている、生きているのか?
まぶたを開こうとするも開かない。やはり死んでいるのか、否。感覚が少しずつ戻り、少しすると目が覚める。すると冬馬が目の前ですずをかばうように起き上がっている。

冬馬の前にはヤツよりも大きな『何か』が、ヤツの攻撃を抑えている。そしてその『何か』は軽い口調で

「オマエら、よくここまで耐えた。ここからはオレの出番だな!」

そう言い、ヤツの腹に拳を打ち込み、余裕そうに貫通させてみせた。

「倒した…のか?」

「兄ちゃん、そりゃ言っちゃいけねぇお約束よ。オレじゃなかったら完全に死亡フラグだね」

座り込みながらボソリと呟いた冬馬の言葉に『何か』は軽口で答える。
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