波空幻想──午睡の追憶

星乃すばる

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〜1〜 半球の部屋、幼いぼく

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 目ざめたのは丸い部屋だった。

 半球のような天井は思っていたとおりガラスばりで、今は夜……暗い夜明け前の空が透けているせいで、部屋の空気も重たくよどんでいるみたいだ。

 は、その部屋の──に重なるように、少し斜め上からぼくを見ていた。
 その体は部屋の中央の大きすぎる寝台のまんなかで、深い眠りから目ざめたところだった。

 はかけていた布団をめくり、上体を起こす。が予想していたふわふわの布団ではなく、キルト布のような薄い綿入りの、しわひとつつかない布団だった。

 そしてまた──の予想よりずっと幼く、小さかった。

 ……五歳くらい、だろうか。

 ぼくが──現地の、幼いぼくが目をまたたく。

 丸くて広い部屋の大半を寝台が占めている。
 調度品が並ぶその周りは、赤みがかって暗く沈んでいた。床に敷かれた赤みの絨毯のせいもある。
 でもその部屋にかかるガラスの天蓋の向こうは、紺とか墨色に近い夜が息づいている。

 そのガラス沿いに──魚が泳いでいた。
 白い影絵のような魚たち。くらげもいる。
 窓の外が水槽になっているわけではなく、部屋の中の赤みがかった暗闇を、幻影のように泳いでいるのだった。

 少し、少しだけ不穏を感じる。

 ──ひょっとしてこの世界のぼくは、この部屋を出ずに、出られずに、暮らしているのではないか?

 そう想いつつぼくの心にもう一歩深く重なる。すると、たしかにぼくの中には、この赤く沈んだ夜明け前の部屋を出ることへの恐怖、ためらい、後ろめたさが感じられた。

 ぼくはおそるおそるぼくに心で問いかける。

〝ねぇ、外に、出てみようよ〟

 幼いぼくが伏し目がちに目をまたたく。

〝うん、でも……〟

 いきなりやってきた旅人のぼく。
 今が夜明け前なら、朝を待てば給仕の彼女がやってくるかもしれない。勝手に出歩いてはいけないのかも。

 でも、そんなことはあまり関係なかった。

 幼いぼくがこの部屋に暮らし、この王城をどう想っているか──ぼくの理想の夢の世界とは、この王城は少し違うのかも──……。

 そのとき、ぱっと、奥の扉の近くで灯りがついた。
 部屋はあたたかな光に照らされ、幽鬼のような魚の群れは消えた。

 出てみる? と幼いぼくが上目づかいに、心の中に宿った旅人であるぼくに問うてきた。
 うん、という返答に、ぼくは幼いぼくを励ます気持ちを込めた。

 幼いぼくは小さな体を引きずるようにして、奥の扉に歩みより、それを押しあけた。

 その先は、円形の別の塔への渡り廊下になっていた。
 向かいの塔に至ると、そこは下方へつづく石の階段があった。
 ぼくの部屋は、塔の最上階だったのだ。


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