43 / 87
第四番
第42話 青の神殿 2
しおりを挟む
柘榴は静湖をじっと見つめたのち、柱の周りをゆっくりと歩きはじめた。
「静湖様、あなたの髪の色はこの光海の巫女一族にだけ稀に現れるもの。流王陛下の音楽が表れた色とされ、この地では大変神聖なものとされています。あなたのお母上も巫女であり、青き髪でした」
「巫女一族──僕や母上の生まれが?」
「そうですとも。巫女一族とは、流王の神託を受け取る、特別な祭司の家系です。同じ祭司でも、誰もが登用され地上の政を行なう神官とはまったく異なる、やんごとなきお生まれということですよ」
静湖は柘榴の口調に圧倒されつつ、母が巫女であったことにも驚いた。
柘榴は流れる魚の群れを見あげて続ける。
「流王陛下にかんしては、お隠れになられた今、かつての陛下のことをお伝えするのはむずかしい。お姿はない。この地の民の心にいつも流れておられた御方なのです……寄せては返す湖の波音のように。十四年前に、消えてしまわれましたが」
指先で柱をなぞり、柘榴はどこか遠くを見やった。
静湖は准と顔を見合わせて問いかける。
「心に宿る音楽のような存在だったのですか」
するとうしろを歩いていた珊瑚が答えた。
「まさにそうです。日々の空や湖の色のように、いつも移ろっていく歌なんです。その歌は私たちの心に流れていて、世界のすべてを歌っているんです。朝起きて世界に挨拶すれば、すべてが歌い返してくれる……陛下がいた頃は、世界はそんな風でした」
静湖は浜辺を歩きながら、世界すべてを歌う音にゆられ、白く丸い家に暮らす自分を自然に思い描いた。どこかなつかしい印象だった。
「皆をつなぐ、皆の心の中心だったんですね」
頬をゆるめて静湖が答えると、ええ、ええ、と柘榴はうなずき、急に険しい面持ちになった。
「ですが十四年前、波空国のあなたの父君や配下の魔術師は、その陛下を〈流〉のひとつとみなし、陛下を狙ってこの地にやってきたのです」
静湖はあっけにとられた。天海と配下の魔術師が?
柘榴は静湖をじっと見つめて続けた。
「あなたに嫌われることは承知の上での苦言をお許しください。ですが私はあなたに、この地なりの真実をお伝えする責務がある」
「ど、どういうことですか」
「あなたの父君は、あなたという形で流王陛下を手に入れた。すべては都の炉に巡っている〈流〉の新たな代わりとするため──そうです、次に都の炉にくべられるのはあなたです、静湖様!」
「な、なにか思い違いをしておられるんじゃ……」
静湖はなんとかそう言った。話を聞く限り、流王とはこの地に流れていた〈流〉であったのだろう。それが静湖に生まれ変わったというのか? そして父たちが、〈流〉の生まれ変わりである静湖を奪取したと?
混乱する静湖のもとに、准が小声で耳打ちをした。
「都の炉って、灯さんの言ってた〈流の炉〉のことかな」
その小さな声を、柘榴は聞き逃さなかった。
「従者の君は思いあたる節がおありのご様子! ですが静湖様は、蝶よ花よと育てられたのでしょう、疑うことを知らぬ御子として……」
「そんな、僕は育ててくれた人たちをそんな風にはっ」
言い返す静湖の言葉をさえぎり、柘榴は一気にまくしたてた。
「あなたのお生まれのときの彼らの所業を知ったら、なにが悪かはすぐにおわかりになるでしょう。当時の波空の王太子であった天海は、流王陛下の御前、陛下の神聖なる山にこもられたあなたのお母上を神域で犯し、配下の魔術師は陛下を──殺したのです」
水槽を背にした柘榴の目が、逆光の中で虚ろに光る。
珊瑚が鋭く「神官長!」と声をあげるが、柘榴は呼びかけにも応じずに、じっと静湖を射るように見つめ続ける。
静湖の膝はがくがくと震え、口の中はからからに渇いた。よく知りもしない大人が、父が母を犯したなどと口にしたのだ。まるで自分が傷つけられたかのように、心が悲鳴をあげている。だが静湖は最後の気力を振りしぼって問いかけた。
「その魔術師って──」
「お知り合いですかな。この地の歴史にあの日、壮絶な悪名を刻みつけた波空の宮廷魔術師──御影という者ですよ」
目の前が、真っ白になる。
「しず!」
准の呼びかけを聞きながら、静湖はその場にくずれおちた。
*
「船に帰ります」
広間の隅の椅子で、静湖は目を覚ました。目の前で、珊瑚や世話焼きの神官たちに准がはっきりと対していた。
「これ以上、僕らが聞く話はありません。しずを船で休ませます」
「准」
静湖が呼びかけると准ははっと振り返り、まっすぐに手を差しのべた。
「しず、帰ろう」
静湖はうなずいた。話をこれで終えていいとは思えなかったが、あの柘榴という神官長の男のことを考えると、頭がくらくらとした。
静湖は准に守られながら神官たちをやりすごし、珊瑚とともに馬車にのった。言葉も少なに船に帰りつき、騒ぎのあとの喫茶店を横目に部屋にこもり、頭から布団をかぶった。
*
「静湖様、あなたの髪の色はこの光海の巫女一族にだけ稀に現れるもの。流王陛下の音楽が表れた色とされ、この地では大変神聖なものとされています。あなたのお母上も巫女であり、青き髪でした」
「巫女一族──僕や母上の生まれが?」
「そうですとも。巫女一族とは、流王の神託を受け取る、特別な祭司の家系です。同じ祭司でも、誰もが登用され地上の政を行なう神官とはまったく異なる、やんごとなきお生まれということですよ」
静湖は柘榴の口調に圧倒されつつ、母が巫女であったことにも驚いた。
柘榴は流れる魚の群れを見あげて続ける。
「流王陛下にかんしては、お隠れになられた今、かつての陛下のことをお伝えするのはむずかしい。お姿はない。この地の民の心にいつも流れておられた御方なのです……寄せては返す湖の波音のように。十四年前に、消えてしまわれましたが」
指先で柱をなぞり、柘榴はどこか遠くを見やった。
静湖は准と顔を見合わせて問いかける。
「心に宿る音楽のような存在だったのですか」
するとうしろを歩いていた珊瑚が答えた。
「まさにそうです。日々の空や湖の色のように、いつも移ろっていく歌なんです。その歌は私たちの心に流れていて、世界のすべてを歌っているんです。朝起きて世界に挨拶すれば、すべてが歌い返してくれる……陛下がいた頃は、世界はそんな風でした」
静湖は浜辺を歩きながら、世界すべてを歌う音にゆられ、白く丸い家に暮らす自分を自然に思い描いた。どこかなつかしい印象だった。
「皆をつなぐ、皆の心の中心だったんですね」
頬をゆるめて静湖が答えると、ええ、ええ、と柘榴はうなずき、急に険しい面持ちになった。
「ですが十四年前、波空国のあなたの父君や配下の魔術師は、その陛下を〈流〉のひとつとみなし、陛下を狙ってこの地にやってきたのです」
静湖はあっけにとられた。天海と配下の魔術師が?
柘榴は静湖をじっと見つめて続けた。
「あなたに嫌われることは承知の上での苦言をお許しください。ですが私はあなたに、この地なりの真実をお伝えする責務がある」
「ど、どういうことですか」
「あなたの父君は、あなたという形で流王陛下を手に入れた。すべては都の炉に巡っている〈流〉の新たな代わりとするため──そうです、次に都の炉にくべられるのはあなたです、静湖様!」
「な、なにか思い違いをしておられるんじゃ……」
静湖はなんとかそう言った。話を聞く限り、流王とはこの地に流れていた〈流〉であったのだろう。それが静湖に生まれ変わったというのか? そして父たちが、〈流〉の生まれ変わりである静湖を奪取したと?
混乱する静湖のもとに、准が小声で耳打ちをした。
「都の炉って、灯さんの言ってた〈流の炉〉のことかな」
その小さな声を、柘榴は聞き逃さなかった。
「従者の君は思いあたる節がおありのご様子! ですが静湖様は、蝶よ花よと育てられたのでしょう、疑うことを知らぬ御子として……」
「そんな、僕は育ててくれた人たちをそんな風にはっ」
言い返す静湖の言葉をさえぎり、柘榴は一気にまくしたてた。
「あなたのお生まれのときの彼らの所業を知ったら、なにが悪かはすぐにおわかりになるでしょう。当時の波空の王太子であった天海は、流王陛下の御前、陛下の神聖なる山にこもられたあなたのお母上を神域で犯し、配下の魔術師は陛下を──殺したのです」
水槽を背にした柘榴の目が、逆光の中で虚ろに光る。
珊瑚が鋭く「神官長!」と声をあげるが、柘榴は呼びかけにも応じずに、じっと静湖を射るように見つめ続ける。
静湖の膝はがくがくと震え、口の中はからからに渇いた。よく知りもしない大人が、父が母を犯したなどと口にしたのだ。まるで自分が傷つけられたかのように、心が悲鳴をあげている。だが静湖は最後の気力を振りしぼって問いかけた。
「その魔術師って──」
「お知り合いですかな。この地の歴史にあの日、壮絶な悪名を刻みつけた波空の宮廷魔術師──御影という者ですよ」
目の前が、真っ白になる。
「しず!」
准の呼びかけを聞きながら、静湖はその場にくずれおちた。
*
「船に帰ります」
広間の隅の椅子で、静湖は目を覚ました。目の前で、珊瑚や世話焼きの神官たちに准がはっきりと対していた。
「これ以上、僕らが聞く話はありません。しずを船で休ませます」
「准」
静湖が呼びかけると准ははっと振り返り、まっすぐに手を差しのべた。
「しず、帰ろう」
静湖はうなずいた。話をこれで終えていいとは思えなかったが、あの柘榴という神官長の男のことを考えると、頭がくらくらとした。
静湖は准に守られながら神官たちをやりすごし、珊瑚とともに馬車にのった。言葉も少なに船に帰りつき、騒ぎのあとの喫茶店を横目に部屋にこもり、頭から布団をかぶった。
*
0
あなたにおすすめの小説
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜
ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」
あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。
「セレス様、行きましょう」
「ありがとう、リリ」
私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。
ある日精霊たちはいった。
「あの方が迎えに来る」
カクヨム/なろう様でも連載させていただいております
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる