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一章

日常の黄昏 その5

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家に帰り、手早く調理を済ませる。
時間はすでに十九時を回っていたが、いつも食事の時間はこんなものだった。
基本的に家の主である従姉妹は夜遅いので、夕食の時間は遅くても問題はなかった。
宗一そういちは食事を取りながら、テレビを見たが、それも次第に飽きてくる。。
なにせ、お笑い芸人やアイドルがたくさん出るバラエティばかりやっているのだ。
どこもかしこも似たような番組ばかりであり、あまり流行に関心があるとは言えない宗一そういちなので、見ていても面白さはそれほど感じない。
一つあくびをして椅子から立ち上がり、それから風呂へと向かう。
大体、いつもの日常の流れを今日もこなそうとしていた。
温かいお湯に満たされた湯船に浸かる。
こうした平穏無事な流れが何よりも宗一そういちは好きであったし、ずーっとこうであればなと思うことはしばしばあった。
だからこそ、今日の不可解な出来事を思い返して、宗一そういちは渋い表情を示した。
いったい、どういう一日だったんだろうと思う。
なんで、こんな展開になったのか、考えれば考えるほどに分からない。
学園一の容姿を持つ瀬戸田せとだとひょんなことから知り合いになれたかと思えば、退魔クラブである。いったい、なにがどうなってそうなるのか。
もしも、神様がいて、運命という名のシナリオを書いているのだとしたら、とんでもないシナリオを書いてくれたものだと思う。
いったい、自分はどういうアドリブを利かせれば良いのか。
あまりにも上級者向けな舞台だと思うが、果たして降板という選択はありえるのだろうか。
「…本当に変な日は今日一日だけで終わるといいんだがな…」
思わず呟いてしまう。
明日からはいつもの日常が流れなかったらどうするべきか。
いや、自分自身どうなってしまうのかを考える。
退魔クラブ。
あんなおかしな部があるとは知らなかった。
これがこの学園に入りたての一年生であればともかく、もう宗一そういちは二年生である。
一年間は学校に通ったことを踏まえた上でも、あんなものが存在するとは思わなかった。
いや、本当に存在しているのか。
学園側から、部活動においてのガイダンスがあったとき、様々な部の説明があったが、退魔クラブはなかったはずだ。
もしかしたら、あの二人が勝手に名乗っているだけではないかという疑問も湧いた。
とりどめのないことを一通り考えてみるし、その内、そんなことばかり考えているのが馬鹿臭くなり、「ま、いいか」と結論してしまう。
それにしても、瀬戸田せとだは可愛い。
その容姿的事実は変わらない。
だが、惜しむらくはあの退魔クラブの存在だ。
あれがなければ、宗一そういち自身の中での瀬戸田せとだ瀬戸田せとだという容姿端麗な美少女でしかなかったはずなのにだ。
退魔クラブなどというものがちらついてしまったが為に、自分の中では彼女に対する見方が変わってしまった。
瀬戸田せとだは本当になんで、あんなクラブに入り、雲野俊美うんのとしみという人物に関わってトマトなのか。
それがなければ、瀬戸田せとだと仲良くなれたという事実に今頃は舞い上がってしまっているだろう。
だが、あのへんてこりんな部活動のせいで、複雑な気持ちでいっぱいである。
いくら瀬戸田せとだが可愛くても、付属品があの部ならば勘弁して欲しいのは正直な気持ちである。
そして、反面、瀬戸田せとだとお近づきになれそうにもない口惜しさもあった。
未練というものであろうか。
どうして自分は彼女にこんな気持ちを抱くのかを考えてもみた。
寂しさが自分の中にはあるのかも知れない。
湯船から上がり、頭を洗いながら、そう思った。
宗一そういちに兄弟はいない。
ちょっとした田舎に子供の頃住んでいたという記憶だけはある。
その田舎で両親を事故で亡くし、親戚に引き取られ、今はこうしてその親戚の娘である従姉妹の家に住んでいる。
世の中というものを転々としていたし、その度に友達と別れ、住み慣れた場所を離れてきた。
ずいぶんとこの年で色々な場所を渡り歩いているという自覚はこの頃芽生えた。
瀬戸田せとだのような彼女や仲間や友達が欲しいとは思うのだが、環境がそれを阻み続けてきた。
自分も何かしらの部活動に入れば、そういう仲間や友達が出来るかも知れない。
ふと、そんなことを思うも、昼間のあの部のことを思い出し、首を横に振る宗一そういちであった。
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