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三章

喧嘩上等! その5

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瀬戸田せとだ…」
不意に声をかけたのは退魔クラブの部室の中での話である。
宗一そういちに呼ばれたライムはにこやかな笑顔で振り返るとこういった。
「はい。なんでしょう?」
「いや、なんか、この頃の俺って瀬戸田せとだに呼び出される率高くなってないか?」
ふとした疑問だったし、それを感じたのは今である。
「手伝ってくれる方が他にいなくて。部長も先生に呼び出されてしまったので」
ちなみに今日は校内放送で呼び出されて、退魔クラブの部室の片付けを手伝ってくれと頼まれた。
下校直前の話である。
いきなり校内放送で自分の名前が呼ばれたのだが、それはまるでデパートの迷子のお知らせのような内容であった。
とにかく、止めようと、これまでにない速度で学校の廊下を走り抜け、放送室に駆け込んだ。
しかし、時すでに遅く、全校に自分の名前が知れ渡り、一瞬にして相馬宗一そうまそういちは有名人となってしまった。
抗議する宗一そういちと、まったく動じず、むしろダッシュで来てくれたことが嬉しいなどとのたまうライム。
あろうことか、その会話も放送室の機器を通じて、全校に広まってしまったのだ。
ゆえに放送室を出た直後から、宗一そういちはすれ違う生徒にからかわれるといった惨事に見舞われた。
何しろ、ライムが嬉しそうにした会話の内容が内容である。
『すぐに来てくれたなんて、とても私嬉しいです、宗一そういち君。やはり、私たちは縁があるんですね。運命の二人ですね』
その細い指先で軽くパチパチと手拍子するようにライムは言っていた。
聞きようによっては、付き合いたてで脳みそが浮かれて、普段より三センチは高く浮いている状態の台詞である。
帰り際、「よっ、ご両人!」、「運命の二人の片割れだ!」、「あんなに綺麗な彼女がいるなんて羨ましいわね」、「先生もかのじょ早く作って、童貞捨てたいなー…」などと口々に言われたのだ。
天然なのか。
そうじゃないとすれば、性格悪すぎのワーアメーバである。
だが、何かしらの諦めにも似た気持ちがあり、ライムに対して怒りといったものは湧いて出なかった。
とりあえず、今日は荷物の片付けを頼まれ、やはり、断れず、こうして今も段ボール箱の中身を確認して、いらないものは焼却炉の近くに運ぶという作業を繰り返していたのだ。
ちなみにアンシーも一緒である。
別段、力仕事だから応援を頼んだと言うことではない。
こないだライムを潰した一件以来、ずっと一緒にいるのである。
元々、彼女は宗一そういちに預けられたということもあるが、放っておいたら何をするのか分からないのでというのもある。
奇跡的にライムの体質のおかげで、大事件にはならなかったが、またいつ同じようなことをするとは限らない。
彼女のやったことは知りませんと突き放すことも出来るが、それでなにかやられたら寝覚めは悪いだろう。
むしろ、アンシーが視覚の内にいないと不安になってしまう症候群にかかってしまったし、とりあえず、校内では極力一緒にいるようにしている。
そこの辺り、ライムにしてもそれは同じ思いらしく、アンシーの危険性を知っている二人なので、奇妙な連帯感はあるのかも知れない。
自分がいないときはライムに彼女のことを頼んだりというのも何回かはあったし、こうして頼み事をしているので、部室の片付けという頼まれごとも断れないという理由もないわけではなかった。
「だけど、瀬戸田せとだが頼めば、人なんか簡単に集まりそうだけどな」
「うーん…、あまり親しくない人を近くに置くのはちょっと…。昔…なんというか、それなりに嫌な思い出がありまして…」
「なにかあったのか?」
手にしていたダンボールをいったん置いて、ライムに向き直る。
彼女は珍しく憂鬱そうな表情で語り始めた。
なんでも、ちょっとしたストーカー被害に遭ったらしい。
盗撮されたり、男子に人気があるので、嫉妬されて他の女子からの嫌がらせも経験したとのことである。
まあ、これだけ可愛ければ無理もない。
いつもは悩みなどはなさそうなライムであるが、彼女の彼女なりの苦労というものを宗一そういちも感じてしまった。
あまり深くは聞かない方がいいだろう。
ここはさらっと流すに限る。
それに気付いた宗一そういちは再びダンボールを持ち上げようとした。
中身が見えた。
蓋の隙間から、ガラクタばかりが詰められている様子が網膜を通して脳に伝達された。
「なんだこれ…?」
ひもの切れたけん玉を見つけて宗一そういちが顔をしかめる。
「それ、トマトフですよ。あの子、色々なものを拾ってくる癖がありまして」
「そうなんだ…」
だから、二人しか部員がいないのに、こんなに乱雑になっているのだと、改めて納得する。
なにせ、訳の分からないものが壁際に無造作に積み上げられている。
すべて片付ければ、それなりの広さはあろうが、人が移動できるスペースは極端に少なかった。
ライムがお茶を入れるテーブルに三人腰掛けられるかどうかというくらいなのだ。
初めて部屋に入った印象は「汚い」というものから始まって、「やはり汚い」というところで完結しそうな感じなのだ。
ちなみに部屋の物質を増やしている一端のトマトフは今はお使いに行っているらしい。
とにかく、そのトマトフが拾ってきたのであろうけん玉をダンボールに仕舞うと、宗一そういちは箱を抱えて部屋を出ようとした。
扉に近づく。
ライムに扉を開けてもらおうとした瞬間、その扉は勢いよく外側から開かれた。
「ヤッホー! ようやく見つけた! やっぱりこの汚い建物が、退魔クラブの部室だったんだね!」
真夏の日差しのように明るい声と共に一人の女子生徒が顔をのぞかせた。
唐突のことに宗一そういちはよろけて倒れる。
「プリン!?」
その女子生徒の顔を見てライムが叫んだ。
「なんなんだよ…」
転んだときに尻餅をついた。
痛みに顔をゆがめている宗一そういちである。
「大丈夫ですか?」
そう心配してくれたのはアンシーである。
宗一そういちが顔を上げると、そこには今し方、自分にドアアタックをかましてくれた女の子が仁王立ちしていた。
もの凄く可愛い。
それが第一印象であり、しばらくの間、痛みを忘れて彼女の顔を凝視した。
ライムとは全然違う雰囲気というのか。
表情に残るあどけなさがライムの五割増しくらいに感じられる。
身長はライムよりもやや小柄だろうか。
しかし、全体的に細身であるライムよりは女の子らしい体型というか、出るところと引っ込むところの差異はしっかりとしていた。
まったくライムとは違ったタイプの女の子であるが、この子はいったいなんなのだろうか。
ライムの反応を見る限りは知り合いのようだが、一通り監察しただけでは関係までは分からなかった。
とりあえず、立ち上がった宗一そういちは尻に着いた埃を払い落とした。
「…もう。プリン、宗一そういち君に謝って!」
「あっ! この人がいつもライムが話している相馬宗一そうまそういち君だね! 初めまして、プリンだよ!」
やたらと天真爛漫な調子で、プリンは言う。
言った後、ぐいっと顔を近づけて、にっこりと笑って見せた。
いきなり顔を近づけられたため、戸惑いがある。
ほのかに顔を赤くして、宗一そういちは間近に迫ったプリンの顔を凝視していた。
いや、視線をそらすことができなかったのだ。
「ごめんなさい…宗一そういち君。妹が…怪我とかないですか?」
「怪我はないけど…って妹!?」
「うん! 今年入学したんだ、一年生だよ! 瀬戸田檸檬せとだらいむの妹、瀬戸田風凛せとだぷりん! よろしくね!」
再び、これでもかというくらいに可愛らしい笑顔。
その後プリンはまた、ぐいっと顔を近づける。
今度はその視線を足下から頭の頂点まで這わせていた。
「ふーん。これが相馬宗一そうまそういちさんかー」
感心したような声色でプリンは言う。
「ああ」と半ば呆気にとられたような調子の宗一そういちである。
「んじゃ、そーそー君だね!」
「そーそー……?」
「うん。相馬そうまのそーと宗一そういちのそーを取って、そーそーくん!」
無邪気な様子でプリン。
なんだか、変なあだ名を付けられてしまったらしかった。
「でも、そーそー君って、想像していたより素敵な感じ。思いっきりプリンの好みかも!」
「えっ…!?」
上目遣いで言われてしまってドギマギする宗一そういちである。
「プリン、男らしい人が好みなんだ! この学校で男らしい彼氏見つけるって、誓ったんだ!」
「男らしいって…」
自分の事だろうか。
果たして、自分がそんなに男らしいと感じたことはないのだが、この娘は違うらしい。
その辺りの理解が進まずに、宗一そういちはやや戸惑った。
「そーそー君にはびびっと来たよ! 『プリンの男の人らしいレーダー』にかかったもん!」
自信たっぷりな物言いを示すプリンである。
そうまで堂々と言われると嫌な気はしないのだが、なんだか、恥ずかしい。
とれに「男らしい」と言われると、なんだか、悪い気がしてしまう。
自分自身はそういう性格ではないので、このまま黙っているのは、相手を騙しているような気がしてしまう。
「そんなこと言われたのは初めてだけど…そんなに男らしくは」
言いかけたとき、プリンがぽんっと手を打った。
この仕草は姉のライムもよくやる。
その辺りは姉妹らしいと思ってしまう。
プリンはそのまま宗一そういちの台詞を遮るように言葉を続ける。
「この学校って、変な人もいるけど、男らしい人多いよね!」
「そうか?」
「うん! さっきも番長の為吉ためきちさんに、男らしく助けて貰っちゃった」
屈託のない表情で、瀬戸田風凛せとだぷりんは言うのである。
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