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六章

恋する娘と男の子 その4

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「ったく!」
憎々しげにそう言い放ち、手をコキコキと動かす宗一そういち
目の前には退魔クラブの部室で正座させられているプリンがいた。
タイはほどけたまま、外したボタンはそのままであられもない様子と言えばあられもない様子である。
宗一そういちはたった今、縄の呪縛から解放されたばかりであり、顔つきを見ても、とても機嫌が良いとは言えない状態であった。
とりあえず、アンシーに殴られた箇所を触ってみる。
痣になっているかとも思ったが、幸いそうでもない。
しかし、そんなことは不幸中の幸いに過ぎないことはよくよく分かっているつもりだ。
反省しているのか、目の前で項垂れた調子のプリンのほうを宗一そういちは向き直る。
「なんだって、こんなに強引なんだよ、お前らは!」
浴びせるような物言いには今までのすべての自称にかかる感情が詰め込まれていたであろう。
俊美としみがトマトフをけしかけ、強引に勧誘しようとしたり、ライムが学校のスピーカーを使って宗一そういちを呼びだしたりといった今までの事柄がすべて思い返された。
今度はアンシーを使って自分を気絶させて、危うく大人への道をエスカレーターで登らされるところだったのだ。
言葉を速球で投げられたプリンは思わず半泣きな表情でこう言った。
「うー…ライムの嘘つき…」
項垂れながらの言葉である。
「大体、俺はアンシーに殴られて死ぬかと思ったんだぞ! いや、本気で一瞬死んだかと思った…!」
「だってー…」
「だって、なんだよ!」
「謝りたかったんだもん…。そーそー君にごめんなさいってして、それでプリン、許してもらいたかったんだもん!」
ついに涙ぐんでしまうプリン。
わずかばかりに嗚咽も漏らされてしまい、さすがに宗一そういちも怯んでいた。
「そーそー君が怒るから怒鳴るから…。すごく悪いことしたなーって、ずーっとずーっと考えていて、それでライムに相談したら…」
そこまで聞いてため息を吐く宗一そういち
正直、呆れてきた。
それでどうしてああいうことになるのかが理解できない。
ただ、プリンを騙した勢力がいるのは間違いないと思うのだ。
「まったく…主犯はライムのようだな」
「その…そーそー君、あのね、今回の件はプリンが悪いの! プリンのことは好きにしていいから! くそみそに言っていいから! だから、ライムは許してあげて! ライムのことまでキライにならないであげて!」
もはや、顔をぐしゃぐしゃにして懇願する。
彼女は彼女で姉が大事らしい。
こんな目に遭わされても庇うというのもどうかとは思うが、その辺りは純粋な気持ちから出た言葉だろうというのは宗一そういちにも分かったことだ。
正直、困ってしまった。
なんだか、このまま責め続けることが、どうにも出来なくなってしまう。
「だから、好きにしてとかそういうのがなー…。それにくそみそって何だよいったい。…まあ、俺も虫の居所が悪くて怒鳴っちまったのもあるし。俺も悪かったよ…悪かった! いいだろ? もうこれで終わりということで!」
「うわーん!」
感極まったのか、盛大な鳴き声を上げながらプリンは抱きついてきた。
鼻水を垂らしながら、宗一そういちの制服に顔をこすりつけてきていた。
すぐに宗一そういちの制服はプリンの液体でびしょびしょになった。
「とりあえず、顔を拭け!」
言ってから、慌てて制服のポケットに手を突っ込み、ガサガサとまさぐる。
取り出したハンカチを強引にプリンの顔を押しつけて、涙を拭くように促した。
プリンは差し出されたハンカチを手に取ると、涙を拭いて、鼻をかんだ。
それから「えへへ!」と笑い声を放ち、短めの舌をぺろりと出した。
呆れたようなため息を吐く宗一そういちである。
「で、どこにいるんだ?」
「えっ!?」
「ライムとアンシーだ」
問われて、辺りをキョロキョロと見回すプリン。
「ここにはいないみたい。どこだろ?」
そう言って、プリンはただ首を傾げるのみだったのだ。
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