フローズン・シャドウホールの狂気

バナナチップボーイ

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二章

グリーンヘイブン その2

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アドベンチャーズロッジは「幻想へと続く道ファンタジーウェイ」を過ぎたところにひっそりと佇む宿だった。木の質感が随所に感じられる内装は暖かみがありつつも、年季を感じさせもした。この簡素ながらも居心地が良さそうな場所がアリアたちのしばらくの拠点であった。
ここを選んだ理由としては「幻想へと続く道ファンタジーウェイ」に近いという立地が主である。
「あまり重いものを持ちながら長い間街の中を歩きたくない」というエリックの要望を加味してここに決めたのだった。
彼は騎士団で重い装備を身につけていると思われるが、購入した道具や装備を宿に運び込むことは億劫なようであった。
今し方、「黒猫冒険物語 パウゼッタ商会」から帰ってきた一行は、いったん部屋に買いそろえた装備を置いて、再び階下へと集まっていた。
この宿には飯屋が併設されており、酒も飲めた。
もう日が落ちかけていたし、すでに楽しげな声が聞こえてくることもあった。
三人は空腹と言うこともあり、まずは他の宿泊客と同じように卓に着くと、いくつかの料理を注文した。
それらをつつきながら、今後の迷宮ダンジョン攻略のための計画を練ろうということであった。
アドベンチャーズロッジの料理は簡素かつ栄養たっぷりのものが多いそうだ。
名物は肉料理で、豚肉や鶏肉を焼いたものが人気だ。
魚料理に関しては川魚や海魚の干物を利用したものがあるそうだ。
この国は海に面しているので、割と魚料理を出す場所が多いが、生憎とこのグリーンヘイブンは海からは遠いため、肉料理を出す店のほうが多いとのことだ。
しかしながら、郊外には農村もあり、付け合わせになる野菜の種類は豊富とのことだ。
近場でとれた新鮮な野菜をたっぷりと使った炒め物や汁物など様々な料理が楽しめるらしい。
店の自慢の一品も野菜と肉をふんだんに使用した汁物らしい。
暖かい汁物を飲みながら、焼きたての鶏肉や豚肉をパンに挟んで食べるというのが、この店の様式のようだ。
まあ、もっとも様式に関してはこの国ではどこも似たり寄ったりかも知れないが。
そう言えばユリは今日はどうしているのだろう。やはり忙しそうにしているのだろうか。
店内を見渡したアリアはそんなことをふと思ってみたりもする。
ここの酒場はいつもの行きつけほどではないにせよ、今のところおかしな客もおらず、過ごしやすそうに思えた。
「にしてもだ…。明日から本格的に動きだしちゃうわけだけど、どこから手を付けるんだい?」
エリックが何気なしにアリアに問うた。
常識的に考えれば、まずは目標となる迷宮ダンジョンの情報収集となる。当たり前すぎることを聞かれてランディがやや訝しそうな表情をしていた。
まあ、彼は騎士である。冒険者ではない。
ゆえに冒険にあたって何をするかということは分かりにくいのだろう。
「情報収集よ。私に冒険者の心構えを教えてくれた人が言ってたわ。まずは情報。そして、情報。とにかく情報をどれだけ集めることが出来るかは、自分が生きて帰ってこれるかどうかに深く関わってくるのよ、と…」
「まあ、問題はどこから集めるかだな」
ランディがやや億劫そうに述べた。
確かに彼の言うとおり、なじみの街だと知り合いや情報を持っていそうな人物に心当たりがあるが、初めての街だとそうもいかないものだ。
そして、もう一つ課題がある。
「でも情報を集めるというのは分かったが、なんの情報から当たるんだ?」
「そこなのよね…」
一つの課題とは今エリックが言ったとおりである。
ただ漠然と情報を集めても中々大事なものは集まらないものだ。
「リュセットちゃんが言ってた『ハンターツイスター』の情報から行くのかい?」
リュセットというのはパウゼッタ商会のあの猫に似た娘のことである。
彼女は商売柄、『穴』の情報には詳しく、近頃、そういった生物が出現するという情報を与えてくれた。
「ハンターツイスターに関しては、それほど問題ではないわ。むしろ、迷宮ダンジョンの内部の構造の話のほうが必要ね」
魔物に関してはこちらも色々な対処法を確立している。その魔物が出るという情報があればそれ以上は特に必要はない。あとは準備を怠らなければ良いのだ。
情報としては、むしろ、罠や地理的なもののほうが欲しいほどだ。
罠や迷子で死んでしまっては元も子もない。
迷宮ダンジョンとの付き合いかたはここまでの経験でアリアもランディもある程度は分かっているつもりだ。
「おい、おねーちゃん!」
不意に聞き慣れない声が飛んできた。
アリアは一瞬、驚いたような表情の後、声の出発点に向き直る。
そこには一人の男性がいた。手には酒杯を握りしめていた。外見は汚れた布をまとった小柄な体躯。肩にかけっぱなしの荷物からは彼が冒険者か旅人であることがうかがえた。髪はやや長く、不精ひげを生やし、酒が回っているのかやや赤ら顔であった。
「あの迷宮ダンジョンは今やめたほうがいいよ! えらく危険だ。なんだか妙な事件が起きるらしいからな」
その酔っ払いの一言にその場にいた三人は思わず顔を見合わせる。
一瞬凍り付いた場の向こう側では、彼女たちのための料理が運ばれてこようとしていた。
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