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三章
深きより忍び寄るものたち その5
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アリアはウィップを手にしながら眉をひそめた。
彼女の目は闇に包まれた通路の先を探りながらも不満そうな光を宿している。
手には地図。他の冒険者から買ったものだ。
しかしながら、精度が悪い。
なんだか最初のほうは良かったが、段々と奥に行くにつれてでたらめな内容になっている。
ゆえに彼女は自分が騙されたのではないかと思い始めていた。
そのためイライラが募っているのである。
「なんなのこの地図! ローズ銀貨30枚もしたのよ!」
甲高い声でアリアが叫ぶ。
ランディは慣れっこなのか、そんな彼女の言葉は無視している。
「…とりあえず、生きて帰ったら、その売りつけたやつ捕まえて張り倒すという目標が出来たわけだ」
行きつけの飯屋で一ヶ月はそこそこの昼食が楽しめる額だ。
まあ、経費はある程度なら依頼主が負担してくれるだろう。もっともこうして騙されたり、価値のないものに対して経費を認めるかは交渉次第ではあるが。
「ん…?」
松明を手にしていたランディが何かを発見していた。
程なくして三人はそれが死体であることに気づいた。
損傷はひどい。
朽ちているのもそうだが、恐らく何らかの獣にやられたのかといった感じだった。
目を凝らして見る。
「狩人か? 冒険者ではなさそうだな?」
冒険者にしては武装が貧弱である。
まず防具という防具を着けていないし、シルバートーンの森で活動する狩人のような格好といったほうが良かった。
むろん、防具を後続の冒険者や《深きより忍び寄るものたち》に奪われた可能性もある。
しかしながら、頭から被った頭衣や長上着などの特徴は冒険者にしては違和感を覚えるものだった。
「なんで、狩人がこんなところで死んでいるんだい?」
「…これが上で聞いた『迷宮内で起きている奇妙な事件かも知れない』」
ランディはそう言うと、その死体を詳しく調べ出し始めた。何らかの手がかりが得られるのではないかと思っての行動である。
アリアはその光景に唖然とし、口元を手で抑えていた。
苦手だった。
死体がである。
特に凄惨な死に方をしているものはいつまで経っても慣れない。
吐いてしまうことも度々だった。
冒険者としては慣れなければならないことではあるが、ある時を境にこういったものが苦手になっていた。
そんな彼女の様子をランディは一瞥した。
彼はその事情を知っているので、それ以上はなにも言わなかった。
ランディは死体の懐をまさぐる。そして、一枚の羊皮紙を見つけていた。
ランディは目を細めてその羊皮紙に目を通す。「ん?」という小さなうなり声を上げた。
「なんだこれは?」
その彼の怪訝そうな言葉にエリックとアリアも羊皮紙に視線を向けた。
羊皮紙には文字が書かれている。申し訳程度のそれ以外に一つ大きな文様が中央に描かれていて、右下には印が押してある。
「これは許可証だ」
「許可証?」
「ああ。辺境の集落で使用される許可証だな。この中央の大きな文様がその証だ。都市部のものと違って、辺境の村落ではこうした文様でそれを示すことがある。主な理由は識字率の問題だ」
「で、なんの許可証なの?」
「狩りのためのものだ。昔、北部の辺境に赴任したときに似たようなものを見たことがある。恐らく、狩人としての活動許可証だ。狩った獲物を組合に卸すために使用したり、まあ、簡単な身分証代わりにも使われたりする」
「さすがはお役所勤め。俺たち二人じゃ完全に首傾げて終わりだったな」
アリアに同意を求めたが、彼女は難しい顔で何かを考えている。
「…でもどうして、そんな辺境で見るような許可証をこのフローズン・シャドウホールに転がっている死体が持っているの?」
「…さあな。思い出の品物とかだったんじゃないのか?」
ランディが本当にそう思っているのかは分からないような態度で言った。
まあ、可能性としてはなくはない。この死体がどこかの狩人出身の冒険者で、ただなんとなく持っていたかったから持っていただけかも知れない。
「それかもしかしたら、何らかの理由で、この場所に飛ばされてきたかも知れない」
そのランディの言葉は、先ほど彼自身が言ったことよりも滑稽無糖な話であると言えた。しかし、エリックもアリアも真剣だった。笑うことなどは一切なかった。否定もしなかった。
「もしかしたらだけど、地図が違うのも…」
エリックがそれを言いかけたときだった。
突然、闇の中から不気味な音が響き渡る。
エリックの足下に飛んできたそれは一本の曲刀だった。
聞こえた不気味な音は刃物の風切り音であった。
曲刀が回転しながら、闇を切り裂き、そして、迷宮の石畳の隙間に突き刺さっていた。
「だれだ! こんなに器用な真似しやがるのは!?」
ランディが吠える。
その刃渡りはアリアの腕よりも長い。
もし当たれば一撃で命を奪うには十分だった。
悪戯ではすまされない。
「おー、避けた避けた。やっぱり俺が言ったとおりの練度だな!」
なにやら嬉しそうな声が聞こえた。
闇の中からのっそりとその人影は現れた。
長髪、細身だが、肩幅は広い。そして、重装備ではないが、防寒のために着る毛皮を身につけていた。
歳はランディと同じくらいだろうか。
彼が現れると同時に周囲のあちこちに灯りがぽつぽつと現れた。
狩人の死体に気を取られていたが、この部屋は案外広かったようだ。そのことに今さらながらにアリアたちは気づかされた。
「《深きから忍び寄るものたち》…!」
突如現れた彼らを見たアリアは苦々しくその言葉を吐いていた。
彼女の目は闇に包まれた通路の先を探りながらも不満そうな光を宿している。
手には地図。他の冒険者から買ったものだ。
しかしながら、精度が悪い。
なんだか最初のほうは良かったが、段々と奥に行くにつれてでたらめな内容になっている。
ゆえに彼女は自分が騙されたのではないかと思い始めていた。
そのためイライラが募っているのである。
「なんなのこの地図! ローズ銀貨30枚もしたのよ!」
甲高い声でアリアが叫ぶ。
ランディは慣れっこなのか、そんな彼女の言葉は無視している。
「…とりあえず、生きて帰ったら、その売りつけたやつ捕まえて張り倒すという目標が出来たわけだ」
行きつけの飯屋で一ヶ月はそこそこの昼食が楽しめる額だ。
まあ、経費はある程度なら依頼主が負担してくれるだろう。もっともこうして騙されたり、価値のないものに対して経費を認めるかは交渉次第ではあるが。
「ん…?」
松明を手にしていたランディが何かを発見していた。
程なくして三人はそれが死体であることに気づいた。
損傷はひどい。
朽ちているのもそうだが、恐らく何らかの獣にやられたのかといった感じだった。
目を凝らして見る。
「狩人か? 冒険者ではなさそうだな?」
冒険者にしては武装が貧弱である。
まず防具という防具を着けていないし、シルバートーンの森で活動する狩人のような格好といったほうが良かった。
むろん、防具を後続の冒険者や《深きより忍び寄るものたち》に奪われた可能性もある。
しかしながら、頭から被った頭衣や長上着などの特徴は冒険者にしては違和感を覚えるものだった。
「なんで、狩人がこんなところで死んでいるんだい?」
「…これが上で聞いた『迷宮内で起きている奇妙な事件かも知れない』」
ランディはそう言うと、その死体を詳しく調べ出し始めた。何らかの手がかりが得られるのではないかと思っての行動である。
アリアはその光景に唖然とし、口元を手で抑えていた。
苦手だった。
死体がである。
特に凄惨な死に方をしているものはいつまで経っても慣れない。
吐いてしまうことも度々だった。
冒険者としては慣れなければならないことではあるが、ある時を境にこういったものが苦手になっていた。
そんな彼女の様子をランディは一瞥した。
彼はその事情を知っているので、それ以上はなにも言わなかった。
ランディは死体の懐をまさぐる。そして、一枚の羊皮紙を見つけていた。
ランディは目を細めてその羊皮紙に目を通す。「ん?」という小さなうなり声を上げた。
「なんだこれは?」
その彼の怪訝そうな言葉にエリックとアリアも羊皮紙に視線を向けた。
羊皮紙には文字が書かれている。申し訳程度のそれ以外に一つ大きな文様が中央に描かれていて、右下には印が押してある。
「これは許可証だ」
「許可証?」
「ああ。辺境の集落で使用される許可証だな。この中央の大きな文様がその証だ。都市部のものと違って、辺境の村落ではこうした文様でそれを示すことがある。主な理由は識字率の問題だ」
「で、なんの許可証なの?」
「狩りのためのものだ。昔、北部の辺境に赴任したときに似たようなものを見たことがある。恐らく、狩人としての活動許可証だ。狩った獲物を組合に卸すために使用したり、まあ、簡単な身分証代わりにも使われたりする」
「さすがはお役所勤め。俺たち二人じゃ完全に首傾げて終わりだったな」
アリアに同意を求めたが、彼女は難しい顔で何かを考えている。
「…でもどうして、そんな辺境で見るような許可証をこのフローズン・シャドウホールに転がっている死体が持っているの?」
「…さあな。思い出の品物とかだったんじゃないのか?」
ランディが本当にそう思っているのかは分からないような態度で言った。
まあ、可能性としてはなくはない。この死体がどこかの狩人出身の冒険者で、ただなんとなく持っていたかったから持っていただけかも知れない。
「それかもしかしたら、何らかの理由で、この場所に飛ばされてきたかも知れない」
そのランディの言葉は、先ほど彼自身が言ったことよりも滑稽無糖な話であると言えた。しかし、エリックもアリアも真剣だった。笑うことなどは一切なかった。否定もしなかった。
「もしかしたらだけど、地図が違うのも…」
エリックがそれを言いかけたときだった。
突然、闇の中から不気味な音が響き渡る。
エリックの足下に飛んできたそれは一本の曲刀だった。
聞こえた不気味な音は刃物の風切り音であった。
曲刀が回転しながら、闇を切り裂き、そして、迷宮の石畳の隙間に突き刺さっていた。
「だれだ! こんなに器用な真似しやがるのは!?」
ランディが吠える。
その刃渡りはアリアの腕よりも長い。
もし当たれば一撃で命を奪うには十分だった。
悪戯ではすまされない。
「おー、避けた避けた。やっぱり俺が言ったとおりの練度だな!」
なにやら嬉しそうな声が聞こえた。
闇の中からのっそりとその人影は現れた。
長髪、細身だが、肩幅は広い。そして、重装備ではないが、防寒のために着る毛皮を身につけていた。
歳はランディと同じくらいだろうか。
彼が現れると同時に周囲のあちこちに灯りがぽつぽつと現れた。
狩人の死体に気を取られていたが、この部屋は案外広かったようだ。そのことに今さらながらにアリアたちは気づかされた。
「《深きから忍び寄るものたち》…!」
突如現れた彼らを見たアリアは苦々しくその言葉を吐いていた。
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