フローズン・シャドウホールの狂気

バナナチップボーイ

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四章

別離と出会い その4

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辺りは魔物の死骸が蔓延し、崩れた建物の残骸が背景を彩っていた。
ここはかの悪名高き迷宮「フローズン・シャドウホール」の地下三階に当たる。
彼らの周囲に広がる雰囲気はほの暗さに満ち、薄明かりが壁面を舐めている。たった今、三人の冒険者が討伐した魔物の死骸が広がり、その血痕が今も床に染み込んでいた。
彼ら三人はそこそこ名うての冒険者であった。
このフローズン・シャドウホールはその広大さと探索者たちの補給の関係から、まだ地下四階までしか到達したものはいないとされている。
もっとも生還したものがいないだけで、まだ深くまで潜って命を落としたものはいると思われる。
だが、水も食料も持ち込める限界があるため、何かしらの画期的な方法で兵站を確保できなければ、これ以上の探索は難しいだろうと言われていた。
この狂気の人食いダンジョンで、地下三階まで潜っていけるというのは中々のものであると言えた。
「あー…もう! 最低だよ!」
魔物たちの死骸の真ん中で甲高い声を上げたのは一行パーティー先導リーダーであり、紅一点のアミーラだった。
今年で23歳になった割には童顔で、少女にも見える彼女がだだをこねるようにしてダンジョンの地べたにあぐらを掻いて座っていた。
非常に不平不満そうである。
まあ、仕方がない。
彼女の気持ちは仲間であるディランとレイガンも同様である。
二人は身長と得物こそ違うが、共に30を越える中々に経験豊富な戦士である。
その二人が一行の姫であるアミーラの態度を見て、自身らもまた困ったような顔つきで顔を合わせた。
「アミーラ…とにかくここを離れるぞ」
身長が高い方の戦士、レイガンが言う。彼は手にした槍で魔物の死骸の一部をどけながら、アミーラに促した。
「分かってるわよ! でもどっちに行くっていうの!?」
アミーラは性急そうな声で言うっていた。
もうなんだか訳が分からないのだ。
つまりのところ、彼女たちは立ち往生していた。
地下三階まで来たのはいいものの、帰り道が分からなくなった。
というか、ダンジョンの構造が変化している。
来た道を戻っても見慣れた場所に出ることはなかった。
もう水も食料も残りはわずかだった。
「なんとか、他の冒険者に会うことが出来ればな…」
苦々しそうにディランが言う。舌打ちしながら手にしていた段平ブロードソードを鞘に収めていた。
彼の言うとおり、他の冒険者に道を聞くなり、食料や水を分けてもらうなりが出来れば、ずいぶんと事情が変わる。
しかし、数日前から出会うのは魔物ばかりである。
いかに深い場所にいるとは言え、一組も冒険者や《深きから忍び寄るものたちディープストーカー》などと出会わないのは色々とおかしかった。
「はぁ…」
ため息をついた。ついにその場に寝転がるアミーラ。
暗い天井が見える。それはまるで底の見えない深い谷のようにも見えた。
そして、今の自分たちはその深い谷底に飛び込んでしまったかのようだった。
地下三階なんてやめておけば良かったかも知れない。
最初は順調だった。
地下一階で水を補給し、そこからは一切水場と出会っていない。
いい加減、喉が渇いてきたが、残り少ない水を粗末には出来ない。
本当は浴びるほど水を飲みたい。
そして、それは彼女だけではない。
自分たちは死ぬのだろうか。
いくた同じような状況で死んでいった者たちの話を聞いた。それらしい死体もいくつか見たことがある。
ついに自分たちがその仲間入りをするのだろうか。
こうして真っ暗な天井を見ていると、そんな考えばかりが溢れるように浮かんできた。
「おい…!」
いい加減苛立ったディランの声がした。
アミーラは上半身を起こして、身体に付いた埃を払った。まあ、もっとも身体は埃と土と魔物の体液まみれだ。今さら感があるが、なんとなくだった。
「いきましょう。とりあえず…」
彼女が言うと、二人も足並みをそろえた。
もうどうにでもなれだ。
こうなったら死体になるまでは歩き続けて戦い続けてやる。
むしろ、このまま地下四階に向かうのもいいかもしれない。
「もう少し、素敵な男性と知り合いになりたかったなー」
「なにを言っている?」
やや堅物なディランが言う。
「それなら、『肉の宮殿』で俺も腹一杯、飯食っとくんだった。また…食える…かな?」
レイガンが精一杯の笑みを作りなにがらおどけてみせる。
『肉の宮殿』とはグリーンヘイブンにある飯屋の名前だ。肉の盛り合わせが人気で、値段もそれほど高くなかった。
「ああ、食えるさ…」
そうディランが答えるが、その表情は力ない。
二人の会話を横目で聞いてアミーラは焦りを覚えた。あと三日分の食料しかない。美味く食べても食べられそうな魔物を食べてもそこからどれだけ持つか。
果たして自分たちは生きて日の光を浴びることが出来るだろうか。
不安と緊張の張り詰めた自分たちの運命の中を彼らは進むしかない。
その向こうに明るい明日があると信じて…。
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