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四章
別離と出会い その7
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「アリア…アリア……」
誰かが呼ぶ声がした。振り向くとそこには見知った姉の姿があった。姉といっても実の姉ではなく、彼女を十歳の時から拾い育ててくれた女性だった。
彼女は迷宮の探索を主とする女性冒険者だった。
彼女はアリアに向かって微笑むと、こういった。
「ここはフローズン・シャドウホールなのね。ここは『虫穴迷宮』と同じくらい危険ね」
なぜか力ない笑みを見せた。
その後に気づいた。
これは夢だ。
彼女は死んだのだ。
数年前自分の手の内で息絶えていた。
それを悟ったとき、アリアの意識が現世に呼び戻される感覚があった。
「…アリア…リア!」
意識が次第にはっきりしていくと同時に視界が戻り、自分を呼ぶ声は段々とハッキリしてきた。
声の主はランディだった。
アリアは倒れていて、しきりに彼は彼女に声をかけていた。
ぼんやりしたような面持ちでアリアは上半身を起こした。
今自分がどのような状況に置かれているのかを確認しようと辺りを見回した。
まずは状況を確認する。
これが生き残るためにまずしなければならないことだとは、自分の師であり、姉であった冒険者に叩きまれたことであった。
そして、自分が出来ることでもっとも有効なことは何かを判断するのだ。
そこは大きな草木か多い茂った場所だった。
一瞬、外に出てしまったのかと思ったが、そうではなかった。
どうやらまだここは迷宮の中らしい。
確かに部屋の一角には緑の豊かな臭いが漂い、自然の息吹が心地良く舞い踊っていた。
コケが地面を覆い、しっとりとした湿り気を感じさせる。その上に広がる低木たちは、茂りを極めているかのように葉を広げている。
しかし、天井がある。
やはりここもどういう仕組みなのか、灯りが点っており、良く辺りを見渡すことが出来た。
「この場所はまるで別世界だな」
同じように周囲を見渡して、ランディが言った。
さすがに周囲には小鳥たちが忙しくさえずり、風が葉を揺らしていくということはなかった。それでもこの植物たちは幻でも何でもなく、きちんと存在しているようだった。
「キョウとエリックの姿が見えないようだけど…?」
それをランディに訊ねると、彼は首を横に振るのみだった。
「ここはフローズン・シャドウホールの中なのかしら?」
「たぶんな…。確証はないけど…」
やや皮肉めいた声色である。
まあ、他の迷宮に飛ばされると言うこともないわけではないらしい。
迷宮というものは、とんでもない場所に転移される罠などがあることもある。
中には別の迷宮に飛ばされたなどという話もあるくらいで、中々に厄介な現象というものであった。
まあ、こういうときは助けを待つという手もあるが、助けなど来ようはずもない。
道に迷った冒険者に対して、捜索隊を向ける物好きなどはいない。
そもそもこういったことがあるために、『時空のコンパス』探しを国が依頼してきたのだろう。
冒険者という使い捨ての者たちであれば、こうして行方知れずになってもなんらの痛みがない。
王国の戦力たる騎士団を投入し、同じ目に遭ったら様々な問題が出ようというものだ。
「とりあえず、取り決め通り、『アドベンチャーズロッジ』に向かうか?」
「向かえればいいけど…」
やや力なく言いつつも、アリアは装備品を確認し、立ち上がる。
迷宮で迷子になったときは、とりあえず、グリーンヘイブンのアドベンチャーズロッジに向かうと事前に決めてあった。
「嫌なこと思い出したわ」
「『虫穴迷宮』のことか?」
ランディの聞き返しにアリアは返答はしない。
かの迷宮で、似たようなことがあった。
宿に戻らない仲間のことを心配し、アリアとその姉は彼らを探すべくして二人だけで迷宮に戻った。そして、そこでアリアは姉を失ったのだ。
その後、偶然通りがかった一行にアリアは助けられて、街に戻っていた。
ちなみに最初に行方知れずになった仲間たちはいまだに見つかっていなかった。
「だけど、これは難儀だな。そもそも戻れるのかだな」
「ここが何階のどこなのかも分からないし…それに…」
「空間が歪んでいるという話か?」
「やっぱり知っていたのね? その口調だと、当たりが付いたんでしょう?」
迷宮に潜る前にエリックと自分を置いて、ランディが調べ物をしていたことを思い出していた。
「『時空のコンパス』っていうのは厄介ね。なんだか、この仕事降りたくなってきたわ」
心にもないことを言ってやった。まあ、極限の状態を和ませようとして出る冗談のようなものだった。
「『時空のコンパス』…?」
怪訝そうな表情でランディは反応した。
「なんだいそりゃあ?」
立ち止まってランディが言う。
その彼の行動と顔色に違和感を覚える。
何かがおかしい。
彼は先ほど、時空が歪んでいるという認識を示した。
てっきり調べ物をして『時空のコンパス』の存在に気づいているのかと思っていた。
アリアはじっとランディの顔色をうかがっていた。
誰かが呼ぶ声がした。振り向くとそこには見知った姉の姿があった。姉といっても実の姉ではなく、彼女を十歳の時から拾い育ててくれた女性だった。
彼女は迷宮の探索を主とする女性冒険者だった。
彼女はアリアに向かって微笑むと、こういった。
「ここはフローズン・シャドウホールなのね。ここは『虫穴迷宮』と同じくらい危険ね」
なぜか力ない笑みを見せた。
その後に気づいた。
これは夢だ。
彼女は死んだのだ。
数年前自分の手の内で息絶えていた。
それを悟ったとき、アリアの意識が現世に呼び戻される感覚があった。
「…アリア…リア!」
意識が次第にはっきりしていくと同時に視界が戻り、自分を呼ぶ声は段々とハッキリしてきた。
声の主はランディだった。
アリアは倒れていて、しきりに彼は彼女に声をかけていた。
ぼんやりしたような面持ちでアリアは上半身を起こした。
今自分がどのような状況に置かれているのかを確認しようと辺りを見回した。
まずは状況を確認する。
これが生き残るためにまずしなければならないことだとは、自分の師であり、姉であった冒険者に叩きまれたことであった。
そして、自分が出来ることでもっとも有効なことは何かを判断するのだ。
そこは大きな草木か多い茂った場所だった。
一瞬、外に出てしまったのかと思ったが、そうではなかった。
どうやらまだここは迷宮の中らしい。
確かに部屋の一角には緑の豊かな臭いが漂い、自然の息吹が心地良く舞い踊っていた。
コケが地面を覆い、しっとりとした湿り気を感じさせる。その上に広がる低木たちは、茂りを極めているかのように葉を広げている。
しかし、天井がある。
やはりここもどういう仕組みなのか、灯りが点っており、良く辺りを見渡すことが出来た。
「この場所はまるで別世界だな」
同じように周囲を見渡して、ランディが言った。
さすがに周囲には小鳥たちが忙しくさえずり、風が葉を揺らしていくということはなかった。それでもこの植物たちは幻でも何でもなく、きちんと存在しているようだった。
「キョウとエリックの姿が見えないようだけど…?」
それをランディに訊ねると、彼は首を横に振るのみだった。
「ここはフローズン・シャドウホールの中なのかしら?」
「たぶんな…。確証はないけど…」
やや皮肉めいた声色である。
まあ、他の迷宮に飛ばされると言うこともないわけではないらしい。
迷宮というものは、とんでもない場所に転移される罠などがあることもある。
中には別の迷宮に飛ばされたなどという話もあるくらいで、中々に厄介な現象というものであった。
まあ、こういうときは助けを待つという手もあるが、助けなど来ようはずもない。
道に迷った冒険者に対して、捜索隊を向ける物好きなどはいない。
そもそもこういったことがあるために、『時空のコンパス』探しを国が依頼してきたのだろう。
冒険者という使い捨ての者たちであれば、こうして行方知れずになってもなんらの痛みがない。
王国の戦力たる騎士団を投入し、同じ目に遭ったら様々な問題が出ようというものだ。
「とりあえず、取り決め通り、『アドベンチャーズロッジ』に向かうか?」
「向かえればいいけど…」
やや力なく言いつつも、アリアは装備品を確認し、立ち上がる。
迷宮で迷子になったときは、とりあえず、グリーンヘイブンのアドベンチャーズロッジに向かうと事前に決めてあった。
「嫌なこと思い出したわ」
「『虫穴迷宮』のことか?」
ランディの聞き返しにアリアは返答はしない。
かの迷宮で、似たようなことがあった。
宿に戻らない仲間のことを心配し、アリアとその姉は彼らを探すべくして二人だけで迷宮に戻った。そして、そこでアリアは姉を失ったのだ。
その後、偶然通りがかった一行にアリアは助けられて、街に戻っていた。
ちなみに最初に行方知れずになった仲間たちはいまだに見つかっていなかった。
「だけど、これは難儀だな。そもそも戻れるのかだな」
「ここが何階のどこなのかも分からないし…それに…」
「空間が歪んでいるという話か?」
「やっぱり知っていたのね? その口調だと、当たりが付いたんでしょう?」
迷宮に潜る前にエリックと自分を置いて、ランディが調べ物をしていたことを思い出していた。
「『時空のコンパス』っていうのは厄介ね。なんだか、この仕事降りたくなってきたわ」
心にもないことを言ってやった。まあ、極限の状態を和ませようとして出る冗談のようなものだった。
「『時空のコンパス』…?」
怪訝そうな表情でランディは反応した。
「なんだいそりゃあ?」
立ち止まってランディが言う。
その彼の行動と顔色に違和感を覚える。
何かがおかしい。
彼は先ほど、時空が歪んでいるという認識を示した。
てっきり調べ物をして『時空のコンパス』の存在に気づいているのかと思っていた。
アリアはじっとランディの顔色をうかがっていた。
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