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五章

冷たい影の穴の中で…。 その3

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「これを預かってくれないか?」
そう言われてキョウから差し出されたものを握りしめながらエリックは彼と二人で地上を目指していた。
その預かったものとは綺麗な宝石だった。惜しむらくは欠けている。いや、欠けていると言うよりは破片のような代物だった。
キョウから先ほどその品物を渡された。
「これは…?」と訊ね返したところ、キョウは「飴だ」と言い放った。
そして、「しゃぶれ」と言われたので、エリックはしゃぶったが、味はしない。
味がしないどころかそれはあめ玉ではなく、やはりただの宝石か何かのようだった。
軽く抗議したが、「相変わらず、シルバートーンの騎士は真面目だな。お前さんほどに軽口が多くても、その骨の髄は変わらないな」と笑いながら言った。
そして、恨めしそうな表情をしているエリックに向かって、キョウはこう言ったのだ。
「そのちんけな代物に見えるものは、実はとても大事なものだ。いいか? 絶対になくさないでくれ。そして、お前はなんとしてでも生き残って、それを『時空のコンパス』と共に王に届けるんだ」
彼はそれだけを伝えると、くるりと踵を返した。
今はこうしてエリックを伴って地上を目指していた。
さすがにキョウはこのフローズン・シャドウホールの中には精通している。
すぐに自分たちがいた場所が比較的浅い場所だということを突き止めると、狭い裏道のような場所を通り抜け、その場所へとやってきた。
「あ…!」
短い声をエリックは上げた。
その場所は見覚えがある。
そこそこの広さがある場所で、土が露出している。
時折、水滴が落ちて、地面に横たわるハンターツイスターの残骸に落ちて、鈍い音を立てていた。
「やはり、ここに出たな!」
キョウがふっとした笑みを口元に浮かべる。なんだか、得意そうな様子だ。
間違いなく、そこはあのキョウの仲間の《深きから忍び寄るものたちディープストーカー》たちがハンターツイスターに襲われた場所であり、キョウたちとの邂逅を果たした場所だった。
信じられない気持ちでエリックは辺りを見回した。
まさか返ってこれるとは思わなかった。
迷宮で迷ったら、ほぼ生還できないと心得るべし。
それが冒険者たちの鉄の認識でもあったからだ。
万に一つにも無事でいられると思ってはいけない。しかし、その万に一つの奇跡的な確率を引いたことをエリックは悟った。
「よしここであいつらを待つ!」
キョウは大きなハンターツイスターの残骸に腰掛けると、その曲刀を残骸に刺して言ってのけた。
「宿に…外には出ないのですか?」
「出ない!」
頑なな表情でキョウは言っていた。
なにを考えているのだろう。
自分たちはアリアと取り交わした約束で、迷宮ではぐれた場合は地上を目指すこと。そして、グリーンヘイブンにあるアドベンチャーズロッジに向かうこととしていた。
「ここであなたの仲間を待つんですか?」
「いや、アリアたちを待つ」
「ですが、彼女たちはもうすでにグリーンヘイブンに戻っているかも知れません」
「いや、あいつらはまだここにいる!」
やはり頑なだ。いったいどこから彼の自信は来るのだろうか。
「もしよろしければ、キョウ、彼女たちがここにまだいるという理由はなんでしょうか? 教えていただけますか?」
「俺の勘だ…!」
自信ありげに、そして、なんらぶれることなく彼は真顔でそれだけを言ってのけるのだった。
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