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六章

アリアと名付けられた少女とアリアと名付けられた女性 その3

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まっすぐには突っ込まなかった。
まるで、あさっての方向にぴょんぴょんと虫かなにかのように飛びながらもキョウは確実に間合いを詰めていく。
光撃の杖イルミナ・ウィスプ》からは光球だけではなく、放射状に伸びる光も放たれた。
しかし、それらのセリアの攻撃をことごとくキョウは避けていた。
なぜか彼は素手である。
体術に自身があるのか、それともなんらかの作戦があるのか、彼は曲刀をあの地面に刺したまま、無手勝流で差し迫っていった。
その腕が伸びる。
セリアの首の辺りを狙っていた。
しかし、寸前で身をよじってセリアはその攻撃を逃れた。
そんなにすばしっこい娘だとは感じたことがなかった。
むしろ、運動能力なんかないに等しいのではと思えるほどにだ。
中身が変わると身体能力を変わるのかも知れない。
アリアはそんなことを思いつつ、キョウの動きを見据えていた。
先ほどから彼は執拗にセリアの首の辺りを狙って手を伸ばしていた。
「…そうか! キョウはあの首飾りを狙っているのね!」
恐らくはあれがクロノスフィアの本体なのだ。
あの首飾りがあることで、セリアは本来の人格を封じられているのだろう。
キョウはあの首飾りをなんとかセリアの身体から引きはがそうとしているのだ。
「ちっ!」
キョウは舌打ちした。
意外にセリアが素早く、足さばきも身体さばきもお上手なのが気にくわないのかも知れない。
彼は足下の石をつま先で蹴り上げて、セリアの顔面を狙った。
セリアは仰け反るようにしてその石ころを避ける。
だが、がら空きになった胴体をキョウにしたたかに殴られた。
「うわっ…!」
腹部に拳がめり込んだのを見てアリアが痛々しそうな表情をして見せた。
身体が知り合いのものだとかそういうことは考えない型の人間なのだろう。
よく言えば躊躇がなく、悪く言えば容赦がない。
さすがにこれはクロノスフィアにも効くのか、セリアはその場にうずくまる。
キョウはその機を逃さず、セリアの首飾りに手を掛けようとした。
突然の光の奔流だった。
目を開けていられないくらいの光量が杖から発せられた。
アリアも彼女を抱えているエリックも顔を背けた。
「くそったれっ!」
上品ではないキョウの声が辺りに響いた。
光はしばらくして止んだ。
時間はどのくらいが経過しただろう。
ぼんやりと徐々に景色が見えてくる。
かなりの時間がかかったようにも一瞬であったようにも感じた。
あれだけ苦しそうにしてうずくまっていたセリアはいつのまにかキョウと距離を取っていた。
そして、手で印を結び、静かに目を閉じていた。
「キョウ! 彼女が…! クロノスフィアが印を結んだぞ!」
突如、エリックが大きな声で叫んでいた。
「来るぞ! 『時空のコンパス』が! エリーック!」
まだ視界がぼやけているのか、キョウは目をつむっていた。
エリックになにかの含みを持たせた言葉を投げかけていた。
エリックは今し方まで大事な品物のように扱っていたアリアの支えを解くと、自らの得物である長剣ロングソードを手に取った。
光撃の杖イルミナ・ウィスプ》とは異なる異質の光がセリアの手と手の間の空間から発せられる。
まるで紫電のようなそれはそのまま中に放たれると、いきなり大きくなった。
空間が揺らぎ、迷宮ダンジョンの天井から何かが降ってきた。
「あれは…? 柱?」
アリアは思わずその光景に見とれていた。
今の今までなにもなかった場所にその石柱は現れていた。
古代の意匠なのか文様がうがたれた柱には何かが埋まっている。
それは磁石だ。
手のひらに収まるほどの磁石が柱の中央に埋め込まれていた。
「うおおおっ!」
エリックが獣のような咆哮を上げた。
あの優男然とした彼が上げるとは到底思えないような叫び声だった。
彼は長剣ロングソードの先端をその石柱の磁石に叩きつけていた。
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