フローズン・シャドウホールの狂気

バナナチップボーイ

文字の大きさ
45 / 48
七章

終結 その1

しおりを挟む
エドワード・フィッジェラルド・リバーヘイブン伯爵の屋敷はそこそこの広さがある。
長い長い廊下を歩くエリックの表情は底知れぬほど複雑なものがあった。
何しろ、今回の事件の過程と顛末を彼はリバーヘイブン伯に話さなくてはならないのだが、中々に複雑な内容とあって、果たしてどういう形で理解されるかである。
そのことを考えてしまうと、これは朗報なのか、それともあまり喜ばしくない報告なのかが自分には分からなかった。
ここにいたる前にリバーヘイブンからアリアと共に戻ってきたエリックはまずは国王であるオズワルド・シルバートーン三世に拝謁した。
そして、彼が求めていた『時空のコンパス』を提出し、ことのあらましを報告した。
もっともそれはすべてを話したわけではなかった。
まず、クロノスフィアのことは話さなかったし、キョウたちのこともセリアのことも省いてある。
ただ、フローズン・シャドウホールの地下で、『時空のコンパス』らしきものを発見したという報告のみであった。
アリアたちが差し出した品物は、キョウがエリックに手渡したものである。
すでに力を失ってしまっている『時空のコンパス』であったが、とりあえずの任務は達成と言うことになっていた。
アリアとはそこで別れ、そして、今エリックはもう一人の依頼主であるエドワードの屋敷に来ていたのだった。
長い廊下の果てにある応接室に通された。
豪華な調度品などはなく、屋敷の面積からすると、こじんまりとした部屋であったが、顔をつきあわせて話すには丁度良い部屋であろう。
すでに待ち構えていたリバーヘイブン伯に一礼をすると、エリックはあの悪夢の迷宮ダンジョン内でのことを報告するのだった。

      ◆◇◆

悪夢のような迷宮ダンジョンから脱出し、アリアは『穴』近くのわずかな小高い場所にいた。
ここに立つと、遠くにリバーヘイブンの街が見えた。
今し方、キョウたちと共にランディの弔いを済ませたのだ。
ランディの亡骸をキョウは背負い、セリアはエリックが一足先にリバーヘイブンの宿屋に運んでいった。
キョウは仲間たちと地上で再会し、彼等に命じて道具を調達すると、ランディの墓を作った。
それは墓標代わりに彼が愛用していた細身剣レイピアを突き立て、手頃な大きさと形の石を墓標代わりにした簡素なものだった。
石には短剣で「彼は王女と仲間を守って天寿を全うす」という言葉が掘られていた。
そんな一仕事を終えて、アリアはキョウがその場所から街を眺めていることに気づいて近づいていたのだった。
「アリアか…」
気配だけで分かるものなのかも知れない。
キョウはアリアが近づくとその名前を呼んだ。
いまだ腰に両手を当てて街の方を見ていた。
「あの…」
「ん…?」
「いや、お礼を言おうと思って。ランディのことありがとう…」
アリアは仲間の弔いをしてくれたことに感謝した。
何しろ彼は大の大人の身体を背負って、結構な距離を歩いたのだ。自身もボロボロであったはずなのにである。
「…まあ、仲間ってのは尊いものだからな。もっと身体のでかいやつを背負ってどこだったかな? どっかの迷宮ダンジョンから脱出したこともある。あんなものはなんでもないさ」
強がっているのかどうなのかまったく分からない。つくづく不思議な人だと思うのだ。
「…なあ、アリア。ちょいと頼みがある」
「頼み? またやらせてとかいうならお断りだけど…」
「それはもう良いだろうに…よほど、根に持ってんな、さては…」
「それでなによ。頼みって」
「ああ。ア…セリアのことだ」
そう言ってキョウは向き直った。
「あの子をしばらく預かってくれないか? お前さんなら安心できる。養育費は…俺がその内なんとかする!」
ちょっとだけ必死になる辺り、わずかばかりの可愛げがあるとアリアは思ってしまった。
「いいわよ…」
まあ、即答と言っても良い応対である。キョウはパッと表情を輝かせてアリアの両でを取って「ありがとう!」を繰り返した。
セリアのことは、そもそも最初からそうするつもりでいたのだ。
かつて自分もセリアという名前の女性に助けられて、ここまでいっぱしの冒険者にしてもらったのだ。
今度は自分の番が来たという程度にしか思っていなかった。
それにしてもキョウはどうしてそんなにセリアのことになると、必死なのだろうか。
「あの子との関係の話…やっぱり聞かないほうが良いのよね。きっと…」
アリアがなんだか諦めたような面持ちで言ってやると、キョウは少しだけ真剣で暗い顔つきになった。
「…すまないな。そう割り切ってもらえると助かる。まあ、話しても良いが、中々面倒くさい話だ」
「本当にあなたって変な人ね…」
今度は困ったようにアリアは言う。嘆息混じりだった。
「でも、あの子が気づいたらきちんと一回は話をしてあげてね。なんだか、それが良いような気がするから…」
「分かった…」
「で、お願いはこれだけでいいのかしら?」
アリアが念を押すと「あっ!」とキョウは声を上げた。まるで、忘れていたことを思い出したかのような反応だった。
「もう一つある?」
「なによ?」
「アリア」
改めてかしこまった態度になったキョウはさらにこう続けた。
「金を貸してくれ!」
手を合わせて神様に祈るかのようにしてキョウはアリアに頼んでいた。
「…あんたって本当にバカね…!」
本当に困ったかのようにアリアは言うのだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

処理中です...