前世では地味なOLだった私が、異世界転生したので今度こそ恋愛して結婚して見せます

プロローグ「星降る舞踏会」

　華やかな音楽が響く。社交界の中心、壮麗な宮殿の広間は、煌めくシャンデリアと貴族たちのきらびやかな衣装に彩られ、幻想的な光景を作り上げていた。
　フィオーレ・アメリアは、広間の入り口に立ち尽くしていた。
　
　初めての社交界デビュー。この日のために、彼女は幼いころから準備をしてきた。華やかな場にふさわしい振る舞い、優雅な笑顔、誰もが称賛するような立ち居振る舞い——そのすべてを完璧にこなすために努力を重ねてきた。
　しかし、今——期待と緊張が入り混じり、心臓が早鐘のように打っていた。

「落ち着いて……今日は大切な一日。」
　
　フィオーレはそっとドレスの裾を整えた。淡いブルーのドレスには繊細な刺繍が施され、ピンクの瞳と美しいパステルブルーの髪が際立つ。周囲の貴族たちは彼女に視線を向け、囁き声が聞こえた。

「なんて美しい令嬢だ……。」

「伯爵家の娘だろう？評判通りの気品だ。」
　
　その言葉に、彼女は静かに微笑んだ。
　
　
　前世の私ならば、こんな場に立つことすら想像できなかった。だが、今世は違う。私は努力してきた。この場にふさわしい自分になれるように。
　緊張を紛らわせようと視線を動かした、その瞬間。
　
　漆黒の短髪、深いネイビーの瞳。整った顔立ちに宿る厳格な表情。
　広間の向こうに、彼は立っていた。
　騎士団長、レオナード・ヴェルシウス。
　
　まるで周囲の喧騒が遠ざかるような感覚。彼の視線がまっすぐこちらへ向けられ、フィオーレは息をのんだ。
　
　綺麗な瞳。
　
　なぜか、それ以外のことが考えられなくなった。会話すら交わしていないのに、心臓が早鐘のように打ち始める。
　彼はただそこに立っているだけ。それなのに、目を逸らせない。
　
　そして、レオナードも同じように、フィオーレを見つめ続けていた。
　その瞳の奥には、驚きが混じっていた。
　まるで、彼もまた、何かに気付いたような顔をしている。

「レオナード様？」
　
　誰かの声が広間に響いた瞬間、フィオーレは現実へと引き戻される。レオナードが誰かと話す声が聞こえる。しかし、彼は一瞬の躊躇の後、ゆっくりと歩み寄ってきた。

「初めまして、フィオーレ・アメリア嬢。」
　
　低く響く声。規則正しく歩く姿は、堂々とした騎士そのものだった。

「こちらこそ……お目にかかれて光栄です。」
　
　自分でも驚くほど、声がかすれていた。言葉を交わしただけで、心が揺れる。こんな感情、前世では経験したことがなかった。
　

　広間の音楽が変わり、次の舞曲が始まる。周囲の貴族たちは次々とパートナーを選び、優雅に踊り始める。その流れの中で、レオナードは何のためらいもなく手を差し出した。

「踊りませんか？」
　
　思わず見つめる。彼の表情は変わらないが、その瞳の奥に確かな何かが宿っていた。
　
　これは、社交の礼儀なのだろうか。だが、それだけではないような気がする。
　フィオーレは、ゆっくりと彼の手を取った。
　
　その瞬間、心の奥で何かが弾けた——。
　
　これは運命なのかもしれない。
　
　胸の奥で何かが弾けた瞬間、私はふと過去を思い出した。
　
　私の幼少期の努力は、この瞬間のためだったのかもしれない。
　幼いころから、社交界にふさわしい振る舞いを身に付けるために鍛錬を積んできた。優雅に踊るために何度も練習した。知識を深めるために本を読み、言葉遣いを学び、どんな場でも堂々とふるまえるようにした。
　
　すべては、この瞬間のため。
　
　私は迷うことなく、レオナード・ヴェルシウスの手を握り返した。
　その瞬間、彼の瞳がわずかに揺れた。

「よろしくお願いいたします、レオナード様。」
　
　静かに言葉を紡ぐ。内心の緊張を悟られぬよう、堂々とした態度を保つ。
　音楽が流れ始め、広間の中央へと導かれる。その中で、私ははっきりと実感する。
　これはただの舞踏ではない。
　
　これから始まる、私の人生そのものだ。