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第18話「波紋と、微笑みの裏側」
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春の舞踏会から数日が経ち、貴族たちの社交の場にはある噂が広がっていた。
——フィオーレ・アメリアと、王太子付き近衛騎士団長レオナード・ヴェルシウスが、婚約したらしい。
誰もが驚き、そしてざわついた。
なにしろ、レオナードは女性との浮いた話が一切なかった“氷の団長”。その彼が、舞踏会で穏やかに微笑み、フィオーレの手を取っていたというのだから、その噂は瞬く間に広がっていった。
その日。
フィオーレは、母に同行して王都の社交茶会に招かれていた。
広々とした庭園に並べられたテーブル。その中心で微笑むのは、カーヴィル侯爵令嬢——リシェル。
栗色のゆるやかな巻き髪、アイボリーのドレスに金糸のアクセント。立ち居振る舞いのすべてが洗練されている。
「アメリア嬢。先日の舞踏会では、あなた、とても輝いていらしたわ。」
「……ありがとうございます。」
フィオーレはにこやかに返すも、心の奥では少しだけ警戒していた。
リシェル・カーヴィル——その名は、幼いころから“完璧な令嬢”と呼ばれてきた存在。噂では、王太子家との縁談の候補としても名前が挙がっていたらしい。
「それにしても……レオナード様と婚約されたとか。とても素敵な方だものね。」
その言葉に、周囲の空気がわずかにざわつく。
「噂ばかりが先に広がってしまって……まだ正式に発表されているわけではありません。」
フィオーレは微笑みながら、慎重に言葉を選んだ。
けれど、リシェルはふんわりと笑う。
「まあ、そうね。でも、あれほどの方があれほど優しい目をされていたなら……ふふ、察するものよ。」
その笑みに、フィオーレは少しだけ目を伏せた。
そして——
「フィオーレ!」
明るい声に振り向けば、活気ある足音と共に、青年がひとり駆けてきた。
柔らかな栗色の髪と明るい笑顔。少年の面影を残すその顔に、見覚えがあった。
「……セシル?」
「やっぱり、君だ!わあ、久しぶりだね!」
フィオーレは、思わず笑みをこぼした。
——幼馴染、セシル・ラングレー男爵の息子。以前はおてんばな自分に振り回されていた、少し年下の弟のような存在。
「ラングレー様とは……ご面識が?」
リシェルが興味深げに尋ねる。
「ええ、子どもの頃からの幼馴染なんです。」
「へえ……まあ、それは親しげになるわけね。」
リシェルの目がほんの一瞬、わずかに揺れたのを、フィオーレは見逃さなかった。
おそらく——自分の立場、関係性、心の動き。すべてを静かに“観察”している。
(婚約……と噂される立場になったことで、こんなふうに見られるようになるんだ)
覚悟はしていた。けれど、こうして現実を突きつけられると、胸の奥がざらりとする。
「フィオーレ嬢?」
そのとき、セシルの声がすぐ隣で響いた。
「何かあった?……大丈夫?」
「ううん、何でもないわ。」
彼のまっすぐな目が、幼い頃と変わらず優しかった。
でも、その優しさに甘えてはいけない。
——レオナード様が差し出した手。それは、ただの気まぐれなんかじゃなかった。
リシェル、セシル、そして社交界の目。
これから波が押し寄せてくることは、もう分かっている。
それでも——
(わたしは、あの人の隣にいたい)
フィオーレは、静かに息を吐いた。
噂がどうであれ、自分の心はもう決まっている。
——フィオーレ・アメリアと、王太子付き近衛騎士団長レオナード・ヴェルシウスが、婚約したらしい。
誰もが驚き、そしてざわついた。
なにしろ、レオナードは女性との浮いた話が一切なかった“氷の団長”。その彼が、舞踏会で穏やかに微笑み、フィオーレの手を取っていたというのだから、その噂は瞬く間に広がっていった。
その日。
フィオーレは、母に同行して王都の社交茶会に招かれていた。
広々とした庭園に並べられたテーブル。その中心で微笑むのは、カーヴィル侯爵令嬢——リシェル。
栗色のゆるやかな巻き髪、アイボリーのドレスに金糸のアクセント。立ち居振る舞いのすべてが洗練されている。
「アメリア嬢。先日の舞踏会では、あなた、とても輝いていらしたわ。」
「……ありがとうございます。」
フィオーレはにこやかに返すも、心の奥では少しだけ警戒していた。
リシェル・カーヴィル——その名は、幼いころから“完璧な令嬢”と呼ばれてきた存在。噂では、王太子家との縁談の候補としても名前が挙がっていたらしい。
「それにしても……レオナード様と婚約されたとか。とても素敵な方だものね。」
その言葉に、周囲の空気がわずかにざわつく。
「噂ばかりが先に広がってしまって……まだ正式に発表されているわけではありません。」
フィオーレは微笑みながら、慎重に言葉を選んだ。
けれど、リシェルはふんわりと笑う。
「まあ、そうね。でも、あれほどの方があれほど優しい目をされていたなら……ふふ、察するものよ。」
その笑みに、フィオーレは少しだけ目を伏せた。
そして——
「フィオーレ!」
明るい声に振り向けば、活気ある足音と共に、青年がひとり駆けてきた。
柔らかな栗色の髪と明るい笑顔。少年の面影を残すその顔に、見覚えがあった。
「……セシル?」
「やっぱり、君だ!わあ、久しぶりだね!」
フィオーレは、思わず笑みをこぼした。
——幼馴染、セシル・ラングレー男爵の息子。以前はおてんばな自分に振り回されていた、少し年下の弟のような存在。
「ラングレー様とは……ご面識が?」
リシェルが興味深げに尋ねる。
「ええ、子どもの頃からの幼馴染なんです。」
「へえ……まあ、それは親しげになるわけね。」
リシェルの目がほんの一瞬、わずかに揺れたのを、フィオーレは見逃さなかった。
おそらく——自分の立場、関係性、心の動き。すべてを静かに“観察”している。
(婚約……と噂される立場になったことで、こんなふうに見られるようになるんだ)
覚悟はしていた。けれど、こうして現実を突きつけられると、胸の奥がざらりとする。
「フィオーレ嬢?」
そのとき、セシルの声がすぐ隣で響いた。
「何かあった?……大丈夫?」
「ううん、何でもないわ。」
彼のまっすぐな目が、幼い頃と変わらず優しかった。
でも、その優しさに甘えてはいけない。
——レオナード様が差し出した手。それは、ただの気まぐれなんかじゃなかった。
リシェル、セシル、そして社交界の目。
これから波が押し寄せてくることは、もう分かっている。
それでも——
(わたしは、あの人の隣にいたい)
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噂がどうであれ、自分の心はもう決まっている。
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