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第20話「誓いの訪問」
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午前の陽がやわらかく降り注ぐ中庭を、フィオーレ・アメリアは緊張の面持ちで見つめていた。
手には、今朝選んだお気に入りのレースハンカチ。けれど、それを何度も指で折り畳んでは開いてを繰り返している。
「……落ち着かないわね、私。」
呟いた瞬間、扉の外から静かな足音が聞こえた。
「お嬢様、ヴェルシウス団長がいらっしゃいました。」
「……ありがとう、クラリス。」
胸が大きく跳ねる。
ついに——彼が、正式な婚約の申し入れに来てくれたのだ。
応接室には既に、アメリア伯爵と夫人が揃っていた。
椅子に腰をかけている父は、いつもより重厚な黒の上着を身につけ、威厳ある姿勢を保っている。
母は穏やかな微笑みを浮かべながらも、どこか娘の恋の行方を見守るような静かな眼差しを向けていた。
扉がノックされ、執事がそっと開く。
「王太子付き近衛騎士団長、レオナード・ヴェルシウス様でございます。」
ゆっくりと現れたのは、黒の礼服を纏い、髪をきちんと整えたレオナードだった。
フィオーレは思わず息を飲んだ。
いつもの冷静で強い雰囲気に加え、どこか緊張がにじむような真摯な空気が漂っている。
「初めまして、アメリア伯爵閣下。お時間をいただき、感謝いたします。」
レオナードは深く一礼した。
「……礼儀正しいな。さすが騎士団を率いる男だ。」
父は腕を組みながら、しばらくレオナードを見つめていた。
「今日は、何の用件でうちを訪ねてきたのか。伺おう。」
レオナードは背筋を正し、視線を真っ直ぐ父へと向けた。
「閣下——私は、フィオーレ・アメリア嬢との婚約を、正式に申し込みたく参りました。」
その瞬間、室内の空気がぴんと張りつめた。
フィオーレは、息をするのも忘れそうになった。
けれど、レオナードの声は一点の迷いもなかった。
「彼女とは、舞踏会を通じて心を通わせ、互いの想いを確認いたしました。私には騎士団長という立場がありますが、それでもなお——彼女の隣に立ちたいと、強く願っております。」
「ふむ……。」
父は目を細め、机の上に指を軽くとんとんと打ち付けた。
「君のことは、噂でよく耳にしている。剣の腕は一流、忠誠心も厚く、王太子殿下からの信頼も厚いと。」
「過分なお言葉です。」
「だが——」
父の声が少し低くなる。
「私の娘に相応しいかどうかは、それとは別の話だ。」
レオナードの瞳が、わずかに鋭さを増す。
しかしその視線には、まっすぐな強さが宿っていた。
「承知しております。だからこそ、こうして正面から申し上げたかったのです。」
父はゆっくりと椅子から立ち上がった。
そして、フィオーレへ視線を移す。
「お前の気持ちはどうだ?」
その問いに、フィオーレは一歩前へ出て、しっかりと父を見つめた。
「……わたしは、レオナード様と共に歩みたいと思っています。彼の隣に立ち、支え合って生きていきたいのです。」
その瞳に、一切の迷いはなかった。
しばらくの沈黙ののち——
父はふっと目を細めた。
「なるほど。……ならば、私からは何も言うまい。」
「お父様……!」
「だが一つだけ、ヴェルシウス団長。」
「はい。」
「娘を泣かせたら、君といえど容赦はしない。」
レオナードは、驚きも戸惑いも見せず、静かに頷いた。
「その覚悟は、常に胸にございます。」
その言葉に、父は満足げにうなずいた。
母がそっと口を開く。
「ふたりとも、本当に良かったわね。」
フィオーレは思わず、隣にいるレオナードを見つめた。
彼は、いつものように多くを語らない。
けれどその目は、確かに言っていた。
——「これからも、あなたの傍にいる」と。
握られた手の温もりが、心の奥まで染み込んでいく。
こうして、ふたりの未来が一歩、現実になった日。
それは、春の光が一層まぶしく見える、かけがえのない始まりだった。
手には、今朝選んだお気に入りのレースハンカチ。けれど、それを何度も指で折り畳んでは開いてを繰り返している。
「……落ち着かないわね、私。」
呟いた瞬間、扉の外から静かな足音が聞こえた。
「お嬢様、ヴェルシウス団長がいらっしゃいました。」
「……ありがとう、クラリス。」
胸が大きく跳ねる。
ついに——彼が、正式な婚約の申し入れに来てくれたのだ。
応接室には既に、アメリア伯爵と夫人が揃っていた。
椅子に腰をかけている父は、いつもより重厚な黒の上着を身につけ、威厳ある姿勢を保っている。
母は穏やかな微笑みを浮かべながらも、どこか娘の恋の行方を見守るような静かな眼差しを向けていた。
扉がノックされ、執事がそっと開く。
「王太子付き近衛騎士団長、レオナード・ヴェルシウス様でございます。」
ゆっくりと現れたのは、黒の礼服を纏い、髪をきちんと整えたレオナードだった。
フィオーレは思わず息を飲んだ。
いつもの冷静で強い雰囲気に加え、どこか緊張がにじむような真摯な空気が漂っている。
「初めまして、アメリア伯爵閣下。お時間をいただき、感謝いたします。」
レオナードは深く一礼した。
「……礼儀正しいな。さすが騎士団を率いる男だ。」
父は腕を組みながら、しばらくレオナードを見つめていた。
「今日は、何の用件でうちを訪ねてきたのか。伺おう。」
レオナードは背筋を正し、視線を真っ直ぐ父へと向けた。
「閣下——私は、フィオーレ・アメリア嬢との婚約を、正式に申し込みたく参りました。」
その瞬間、室内の空気がぴんと張りつめた。
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けれど、レオナードの声は一点の迷いもなかった。
「彼女とは、舞踏会を通じて心を通わせ、互いの想いを確認いたしました。私には騎士団長という立場がありますが、それでもなお——彼女の隣に立ちたいと、強く願っております。」
「ふむ……。」
父は目を細め、机の上に指を軽くとんとんと打ち付けた。
「君のことは、噂でよく耳にしている。剣の腕は一流、忠誠心も厚く、王太子殿下からの信頼も厚いと。」
「過分なお言葉です。」
「だが——」
父の声が少し低くなる。
「私の娘に相応しいかどうかは、それとは別の話だ。」
レオナードの瞳が、わずかに鋭さを増す。
しかしその視線には、まっすぐな強さが宿っていた。
「承知しております。だからこそ、こうして正面から申し上げたかったのです。」
父はゆっくりと椅子から立ち上がった。
そして、フィオーレへ視線を移す。
「お前の気持ちはどうだ?」
その問いに、フィオーレは一歩前へ出て、しっかりと父を見つめた。
「……わたしは、レオナード様と共に歩みたいと思っています。彼の隣に立ち、支え合って生きていきたいのです。」
その瞳に、一切の迷いはなかった。
しばらくの沈黙ののち——
父はふっと目を細めた。
「なるほど。……ならば、私からは何も言うまい。」
「お父様……!」
「だが一つだけ、ヴェルシウス団長。」
「はい。」
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「その覚悟は、常に胸にございます。」
その言葉に、父は満足げにうなずいた。
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フィオーレは思わず、隣にいるレオナードを見つめた。
彼は、いつものように多くを語らない。
けれどその目は、確かに言っていた。
——「これからも、あなたの傍にいる」と。
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こうして、ふたりの未来が一歩、現実になった日。
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