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第22話「晩餐会の扉の前で」
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春の陽が、王都の石畳をやわらかく照らしていた。
アメリア伯爵家の屋敷に届いた一通の招待状が、その日からフィオーレの心をざわつかせていた。
金の封蝋に刻まれた王家の紋章。
差出人は——王妃陛下。
内容は、次の満月の夜に王宮にて開かれる晩餐会へのご招待。そしてその末尾には、こう記されていた。
『近衛騎士団団長、レオナード・ヴェルシウス様のご婚約者、アメリア伯爵令嬢におかれましても、ご同席を賜りたく存じます』
「……ついに、王族からの正式な“お披露目”なのね。」
フィオーレは手紙を静かに胸元に置いたまま、しばらく呼吸を整えるように目を閉じた。
あれから数日。
噂の嵐は少しずつ落ち着きを見せていたが、代わりに向けられる視線はさらに重く鋭くなっていた。
「“騎士団長の婚約者”としての振る舞いを問われるのは、きっとこれからが本番なのね……。」
窓の外に広がる青空に、フィオーレはそっと視線を投げかけた。
怖くないと言えば嘘になる。
けれど、以前の自分とは違う。
レオナードに支えられ、自分自身で立つ覚悟を持つことができたのだから。
そして——晩餐会当日。
王宮の正門前には、馬車が次々と到着し、煌びやかな衣装に身を包んだ貴族たちが列をなしていた。
フィオーレは、ミスティブルーのロングドレスに身を包んでいた。細かなビーズとレースが胸元から裾にかけて流れるように飾られており、見る者の視線を自然と引きつける。
髪は高く結い上げ、真珠の飾りをひとつだけ添えている。
「……綺麗だ。」
横に立つレオナードの一言が、緊張に縛られていた胸をほんの少し緩めた。
「ありがとうございます。でも……足が少し震えています。」
正直に呟いた彼女に、レオナードは言葉ではなく、彼女の手をそっと取って、軽く握り返した。
「俺が隣にいる。」
その一言に、フィオーレは小さくうなずいた。
王宮の扉が開かれ、晩餐会の会場へと案内される。
黄金のシャンデリアが高く掲げられ、壁には王家の紋章。磨き上げられた大理石の床に、ドレスと軍服が映える。
「……息が、詰まりそう。」
思わず漏れたその声に、レオナードが隣で肩を寄せる。
「安心しろ。君が笑っているだけで、ここにいる誰もが静かになる。」
「冗談でしょう……?」
「本気だ。」
その言葉に、フィオーレの頬がわずかに染まった。
そして、主賓席の奥に立つ王妃が、ふたりの姿に気づいて微笑む。
「ヴェルシウス団長、そして……アメリア嬢。ようこそいらっしゃいました。」
「陛下、本日はご招待いただき、光栄の至りです。」
レオナードが深く頭を下げる。
フィオーレも続けて、胸元に手を添えて一礼した。
「アメリア嬢、お噂は耳にしておりました。ようやくお目にかかれて嬉しい限りです。……とても、お似合いですね。」
「おそれいります。」
王妃の優しい口調に、わずかに張りつめていた空気が緩む。
しばらくして、晩餐が始まった。
豪華な食事と共に、貴族たちのあいだには静かな探り合いのような視線が飛び交う。
フィオーレのもとへも、次々と人々が挨拶に訪れた。
「レオナード様のご婚約者とは……さすがに気品がございます。」
「これからの騎士団の行く末にも、きっとよい影響をお与えになるでしょう。」
「おふたりの噂、聞いております。うふふ、うらやましい限りですわ。」
その言葉一つひとつが、まるで試すようだった。
声のトーン、言葉の端々。どこかに本音と建前の駆け引きが見える。
けれど、フィオーレはただ微笑を崩さなかった。
深呼吸の仕方を、立ち方を、レオナードから教わったとおりに保つ。
(今だけじゃない。この先もきっと、何度もこういう場がある)
そう自分に言い聞かせながら、ふと振り返ったそのとき——
目が合った。
向こうの列席席に、リシェル・カーヴィルの姿があった。
アイボリーのドレスに身を包み、静かにワイングラスを持ち上げていた。
彼女の瞳が、ほんの一瞬、フィオーレを見据える。
挑むでもなく、軽蔑するでもない。
ただ、まるで“認めるかどうかを判断する”かのような眼差し。
(私は……)
その目に怯えることはなかった。
レオナードが隣にいる。
そして、自分は彼の隣に立つと誓った。
宴の終わりに差しかかり、フィオーレはそっと彼に囁いた。
「……今日は、笑い続けるのがこんなに大変だなんて、初めて知りました。」
「十分すぎるほど、よくやっていた。」
「そう見えたなら……それで十分です。」
ふたりは並んで歩く。
まるで、これから続く未来のように。
王宮の扉を出るころには、夜空に星が瞬きはじめていた。
フィオーレは、その夜空を見上げながら、心に誓う。
——この手を離さない。どんな世界であっても、彼となら歩いていける。
その隣で、レオナードもまた、彼女の指先にそっと触れた。
ふたりの物語は、いま確かに“未来”を紡ぎ始めている。
アメリア伯爵家の屋敷に届いた一通の招待状が、その日からフィオーレの心をざわつかせていた。
金の封蝋に刻まれた王家の紋章。
差出人は——王妃陛下。
内容は、次の満月の夜に王宮にて開かれる晩餐会へのご招待。そしてその末尾には、こう記されていた。
『近衛騎士団団長、レオナード・ヴェルシウス様のご婚約者、アメリア伯爵令嬢におかれましても、ご同席を賜りたく存じます』
「……ついに、王族からの正式な“お披露目”なのね。」
フィオーレは手紙を静かに胸元に置いたまま、しばらく呼吸を整えるように目を閉じた。
あれから数日。
噂の嵐は少しずつ落ち着きを見せていたが、代わりに向けられる視線はさらに重く鋭くなっていた。
「“騎士団長の婚約者”としての振る舞いを問われるのは、きっとこれからが本番なのね……。」
窓の外に広がる青空に、フィオーレはそっと視線を投げかけた。
怖くないと言えば嘘になる。
けれど、以前の自分とは違う。
レオナードに支えられ、自分自身で立つ覚悟を持つことができたのだから。
そして——晩餐会当日。
王宮の正門前には、馬車が次々と到着し、煌びやかな衣装に身を包んだ貴族たちが列をなしていた。
フィオーレは、ミスティブルーのロングドレスに身を包んでいた。細かなビーズとレースが胸元から裾にかけて流れるように飾られており、見る者の視線を自然と引きつける。
髪は高く結い上げ、真珠の飾りをひとつだけ添えている。
「……綺麗だ。」
横に立つレオナードの一言が、緊張に縛られていた胸をほんの少し緩めた。
「ありがとうございます。でも……足が少し震えています。」
正直に呟いた彼女に、レオナードは言葉ではなく、彼女の手をそっと取って、軽く握り返した。
「俺が隣にいる。」
その一言に、フィオーレは小さくうなずいた。
王宮の扉が開かれ、晩餐会の会場へと案内される。
黄金のシャンデリアが高く掲げられ、壁には王家の紋章。磨き上げられた大理石の床に、ドレスと軍服が映える。
「……息が、詰まりそう。」
思わず漏れたその声に、レオナードが隣で肩を寄せる。
「安心しろ。君が笑っているだけで、ここにいる誰もが静かになる。」
「冗談でしょう……?」
「本気だ。」
その言葉に、フィオーレの頬がわずかに染まった。
そして、主賓席の奥に立つ王妃が、ふたりの姿に気づいて微笑む。
「ヴェルシウス団長、そして……アメリア嬢。ようこそいらっしゃいました。」
「陛下、本日はご招待いただき、光栄の至りです。」
レオナードが深く頭を下げる。
フィオーレも続けて、胸元に手を添えて一礼した。
「アメリア嬢、お噂は耳にしておりました。ようやくお目にかかれて嬉しい限りです。……とても、お似合いですね。」
「おそれいります。」
王妃の優しい口調に、わずかに張りつめていた空気が緩む。
しばらくして、晩餐が始まった。
豪華な食事と共に、貴族たちのあいだには静かな探り合いのような視線が飛び交う。
フィオーレのもとへも、次々と人々が挨拶に訪れた。
「レオナード様のご婚約者とは……さすがに気品がございます。」
「これからの騎士団の行く末にも、きっとよい影響をお与えになるでしょう。」
「おふたりの噂、聞いております。うふふ、うらやましい限りですわ。」
その言葉一つひとつが、まるで試すようだった。
声のトーン、言葉の端々。どこかに本音と建前の駆け引きが見える。
けれど、フィオーレはただ微笑を崩さなかった。
深呼吸の仕方を、立ち方を、レオナードから教わったとおりに保つ。
(今だけじゃない。この先もきっと、何度もこういう場がある)
そう自分に言い聞かせながら、ふと振り返ったそのとき——
目が合った。
向こうの列席席に、リシェル・カーヴィルの姿があった。
アイボリーのドレスに身を包み、静かにワイングラスを持ち上げていた。
彼女の瞳が、ほんの一瞬、フィオーレを見据える。
挑むでもなく、軽蔑するでもない。
ただ、まるで“認めるかどうかを判断する”かのような眼差し。
(私は……)
その目に怯えることはなかった。
レオナードが隣にいる。
そして、自分は彼の隣に立つと誓った。
宴の終わりに差しかかり、フィオーレはそっと彼に囁いた。
「……今日は、笑い続けるのがこんなに大変だなんて、初めて知りました。」
「十分すぎるほど、よくやっていた。」
「そう見えたなら……それで十分です。」
ふたりは並んで歩く。
まるで、これから続く未来のように。
王宮の扉を出るころには、夜空に星が瞬きはじめていた。
フィオーレは、その夜空を見上げながら、心に誓う。
——この手を離さない。どんな世界であっても、彼となら歩いていける。
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