カガスタ!~元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト~

中務 善菜

文字の大きさ
2 / 123
序章:逸る社畜、異世界へ

2:霊魂案内所 不慮の事故課

しおりを挟む
「もしもし、もしもーし……」

 ぺち、ぺち、と。控えめに頬を叩く感触に気づいた。重たいまぶたをゆっくり開けると優しい光がお出迎え。照明……だろうか? 病院に運ばれた? いやいや、完全に死んでたよ。ここはどこ?

 状況を確認するために、瞬きで目を慣らす。ぼんやりとしていた視界が鮮明になっていった。私は机を挟んで男性と対面している。相手はスーツ、眼鏡をかけた気の弱そうな男性だった。私の意識が戻ったことに安堵したのか、胸を撫で下ろしている。

「よかった、目を覚ましていただけましたか。ああ、これで上司にどやされずに済む……」

「お疲れ様です。えっと、どちら様でしょうか……?」

 上司、という単語が出てきたということは、この人も企業勤め? なんだか少し同情する。面倒な上司には目をつけられたくないですよね、胸中お察しします。

 私の問いかけに、男性は慌てたように服を探る。名刺を探しているのだろう、やはり会社員のようだ。お勤めはどの会社だろう。日を改めてまた会いたい。菓子折り持参で、感謝を伝える必要がある。

 などと考えていると、男性は内ポケットから一枚の紙を差し出した。探していたのは案の定、名刺のようだ。

「申し遅れました。私、霊魂案内所、不慮の事故課のミチクサです。よろしくお願い致します」

「ご丁寧にどうも。私、舞楽まいらく株式会社、営業の牧野理央まきのりおと申します。よろしくお願い致します」

 なにはともあれ、社会人は挨拶が大切。私も名刺を取り出し、ミチクサと名乗った男性に渡す。名刺交換が済んだところで、辺りを見回す。なんとなく役所に似た構造に思える。幾つか窓口? のようなものがあり、そこではまた別な人が職員と話をしていた。事故現場でないことは確実。ミチクサさんは公務員なのだろうか。安泰ですね。

 ――そうだ、私は交通事故に遭ったのだ。

 思い返すと震えが止まらなくなりそうなので、撥ねられたという事実だけを認める。そしてミチクサさんの名刺を改めて見直す。霊魂案内所、不慮の事故課。なるほど、やはり私はこの世を去ってしまったらしい。この場においては、この世があの世か。状況を飲み込めていないのか、頭も上手く働いていないようだ。

 ぼんやりと虚空を眺めていると、ミチクサさんが話を切り出そうとしていた。きっと三途の川を渡る手続きについて、説明がしたいのだろう。セブンスビートのライブに行けないことが悔やまれる。いったいどうして信号無視なんて馬鹿なことをしてしまったのか、社会人として恥ずかしい。

「牧野様、あなたは不慮の事故により命を落としてしまったようで……お悔やみ申し上げます。僭越ながら、私が担当者としてあなたの魂を然るべき場所へ案内させていただきます。よろしいでしょうか?」

「はい、よろしくお願いします。さて、この後、私はどうすればよろしいでしょうか? 三途の川の手続きは私もこれが初めてで……ご教授いただければと思います」

「……サンズノカワ?」

 ミチクサさんはぽかんと、頭上に疑問符を浮かべた。この人、まさか死人の案内を生業としていながら、三途の川を知らない? それとも三途の川は管轄外なのだろうか。だとしたら、死後の魂はいったいどこへ導かれるというのか。私の常識とは少し異なるようだ。考えてみたら死後の手続きなんて現世に伝わるはずがない、当たり前である。ひとまずはミチクサの指示を待つとする。

「サンズノカワなる場所への案内はマニュアルにはございませんでしたが……申し訳ございません。不慮の事故課の者は強い後悔を持って亡くなってしまった魂を担当させていただいております。牧野様もそのようでしたので……」

「そうなんですよ! セブンスビートのファーストライブを前日に控えてたのに! なんで私は信号無視なんて……! 愚か、愚かとしか言いようがない! あーもう私の大馬鹿者! 死んでしまえ! もう死んでますね! あっはっはっはっは!」

 傍目にも強い後悔だと思われていたらしい。アイドルの追っかけを恥ずかしいと思ったことはないが、仲間内で話題に出るならともかく初対面の人にそこまで見透かされていると体が痒くなってくる。肉体は既に死んでいるのだろうが、なんとなく痒い。

「牧野様の経歴書を拝見させていただきましたが……高等学校卒業後、単身で上京したそうですね。勤め先はいわゆるブラック企業……八時出社の二十三時退社、帰りはいつも終電とのことですね。なんと言いましょうか、お疲れ様です」

「慣れましたよ、これでも十周年間近でしたから」

「あまり好ましくない慣れですね……それでは本題です。不慮の事故課は報われない魂を保護し、異なる世界で二度目の人生を送るための支援をさせていただいております」

「異なる世界?」

「ええ、地球とは異なる星です。人間以外にも多種多様な種族が生を営む世界ですよ」

 随分と空想的なセカンドライフを提示されている。アニメやゲームの中でしか知らないような世界。男の子ならば心が躍るのかもしれないが、生憎私はそうではない。少しばかり肩を落とすと、ミチクサさんは苦笑した。

「やはり女性と男性では反応が違いますね。男性ならば喜んで転生されるのですが……」

「申し訳ございませんが、私はアイドルの追っかけをやっていた身ですので……ファンタジー世界にあまり関心がないんですよね」

「謝ることではございませんよ。人には人の趣味嗜好、ですので……大変心苦しいのですが、牧野様をそちらにご案内させていただくのが私の仕事でして……」

 どこか後ろめたい様子のミチクサさん。なるほど、彼が私をその世界に案内するのは、言ってしまえばノルマ。達成できなければ上司にどやされてしまうだろう。同じ社会人――同じではないかもしれないが、労働者として気持ちは痛いほどわかる。

 しかし、アイドルのいない世界で再スタートを切ったとして。私は満足のいく人生を送れるのだろうか。ミチクサさんは救えても、私自身は救われない。どうしたものか。素直に頷けない自分がいた。

 渋る私に焦りだしたのか、ミチクサさんは「そうだ!」と上ずった声をあげた。

「アイドルのいる世界をご所望でしたら、ご自身の手でプロデュースしてみてはいかがでしょうか!?」

「……私が?」

「ええ! 牧野様が思い描く、理想のアイドルを、異世界で発掘するんです! あなたの欲求も満たせる、あわよくばファンがついて資金源にもなり得る! 生活に困らないとは思いますが、いかがでしょうか……!?」

 必死のミチクサさん。断るのも気が引けてきたが、落ち着いて考える。

 アイドルをプロデュース。私はプロデューサー。あるいはマネージャー。私が教育できる。私が見たいアイドルを育てられる。私にしか表現できないアイドル像を見つけられる。アイドルを、作り上げる――アイドルのいない退屈な世界に、私は“星”を生み出せる。

「――大有りですね?」

「そ、それでは……!」

「はい――私、異世界で最高のアイドルをプロデュースしてみせます!」

「やったあああああ! ありがとうございます、ありがとうございます!」

 私の手を掴み、頭を下げる。声は震えており、泣いているのだと理解した。懐かしいなあ、私も初めて契約取れた日は、なんだか嬉しくて泣けてきちゃった。環境が環境だったから、それ以外の理由で泣くことの方が遥かに多かったけど。

 お父さん、お母さん。私、プロデューサーになります。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。 気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。 「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」 「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」 最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク! 本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった! 「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」 そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく! 神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ! ◆ガチャ転生×最強×スローライフ! 無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

リストラされた42歳、確率の向こう側へ。~なぜか俺の選択肢がすべて正解になる件~

RIU
ファンタジー
「君には今月いっぱいで席を空けてもらいたい」 42歳、独身、社畜。会社のために尽くしてきた柏木誠は、理不尽な理由でリストラされた。 絶望の中、雨の神社で野良猫を助けた彼は、不思議な光と共に【確率固定】という異能――「無意識に正解を選び続ける豪運」を手に入れる。 試しに買った宝くじは10億円当選。 復讐心に燃える元上司を袖にし、元天才投資家の美女をパートナーに迎えた柏木は、その豪運で現代社会を無双していく。 「俺の選択に間違いはない。なぜなら、確率の方が俺に合わせるからだ」 枯れたおじさんが資産と余裕を手に入れ、美女たちに頼られながら、第2の人生を謳歌する痛快サクセスストーリー!

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  お気に入り・感想、宜しくお願いします。

処理中です...