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第三章:正々堂々

26:夜を明かすは三度まで

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「ただいま戻りました!」

 力強く告げる私に驚いたか、ケネット家の面々は目を見開く。アレンくんから話は聞いていただろう、バーバラさんが心配そうな面持ちで駆け寄ってきた。

「リオちゃん、大丈夫だったのかい? 城に連れてかれたんだって?」

「はい、特に何事もありませんでした。……それでですね、これから宰相閣下から承った仕事に着手しますので部屋に籠ります。大した仕事ではありませんが、部屋には決して入らぬようよろしくお願い致します……」

 恩返しに来た鶴のような言葉を告げて、部屋に駆け込む。ただならぬ気配が漂っていただろうか、特に探られることもなかった。私はベッドに飛び込み、掛け布団を頭から被る。

 さあ、仕事の時間だ。私は社畜、一晩くらい眠らなくたって問題ない。明日には終わらせてやる。

「――スタートアップ。“ミカエリア 騎士団”」

 騎士団の情報がヒットするが、ほとんどが現在の――カイン陛下とイアンさんが組織したアンジェ騎士団のものだ。この検索ワードでは足りない。ならばどうする? 歴史を遡れば誰かしらがまとめているだろう、加えて再検索。

 するとどうだ、やはり騎士団の系譜が見つかった。アベル元陛下の指揮下にあったというフィンマ騎士団は好戦的な者が数多く在籍しており、戦闘力という一点においてはどの国をも凌駕していたという。

 しかしやり方の荒さから国民にはあまり支持を得られなかったようだ。騎士個々人の粗暴さもあり、民間人とのトラブルも絶えなかったという。

 その後、アベル元陛下が不審死を遂げ、カイン陛下が即位。それと同時に、身元も経歴も不明のイアンさんが宰相の役職に就いた。イアンさんがそれまでなにをしていたか、誰も知らないのだろうか。陛下とイアンさんの関係性は? それすらわからない。

 ――けど、私は手掛かりを持っているはずだ。

 鞄の中を漁り、日記を取り出す。これを書き始めたのが穹歴一七〇三年から、四年前だ。この頃の私は両親と共に旅をしていたようだ。当時、どうやら十二歳。つまり私はいま、十六歳。

 え、私、十六歳なの? 若っ! 花も恥じらうお年頃なの!? ごめんなさい、歴戦の営業で! 初々しさの欠片もないですね!

 待って、誰に謝ってるの? 落ち着いて、いまそれは大事じゃない。日記をめくっていくが、それと思しき記述は見当たらない。そもそも結構な量だ、探し出すのは難しいかもしれない。

 ……と思ったけど、私には“データベース”がある。私の日記だってこの世界に記されたものだ、絶対ヒットする。

「“イアン 旅”」

 名前だけなら山ほどヒットすると考え、絞るために“旅”を追加した。日記を見る限り、旅先でのことは細かく書き記していた。旅先でイアンさんと出会えたなら絶対記録している。

 しかし、ヒットした情報はどこかのイアンさんが旅の思い出を記した日記だけだった。“リオ”の日記は引っかからなかったようだ。

 どうしてだ? 過去に出会ったとき、イアンさんは名乗らなかったのか? なんにせよ、彼のことは一旦置いておくべきか。いますべきは反乱分子の首謀者と居所を突き止めることだ。目的をはき違えるな、私。

 フィンマ騎士団が解体される直前の団員名簿も検索してみる。するとどうだ、名前がずらりと出てくるではないか。騎士団内部の情報すら探れるのだ、私の方がよっぽど警戒に値するような……悪用しないから大丈夫か。

 その頃の騎士団長はモーガン・オズボーンという人物だったようだ。人間ではなくリザードマンという種族らしい。リザードマン、トカゲ男。この間ぶつかった人を思い出すなぁ。怖かったなぁ。

 なんて想いながら調べていくと、身分証のようなものもあることを知った。モーガン氏のもある。見てみると――

「あのトカゲさんだった……!」

 先日因縁をつけてきたトカゲさん、どうやら彼がフィンマ騎士団の団長だったようだ。騎士様って高潔な印象があったけれど、なるほど、あの気性の荒さならば納得だ。あれは本来の気質なのか、職を失ったことで自暴自棄になっていたのか、どちらかは判断がつかない。

 でも、彼は騎士団に連行されていったはずでは? イアンさんに聞けばなにかしら教えてくれるかもしれない。いや待て、なんか頼りたくない。啖呵切っちゃったんだから私の手でやれるところまでやりたい。

「エリオットくんのためだ。頑張れ、リオ!」

 己を鼓舞するのは得意だ、体に無関心になればいい。為すべきことを為す、それだけを考えていればいい。そうしたらいつの間にか太陽は沈んでいるし、そのうち昇っている。お友達が終電から“データベース”に変わっただけだ。ケセラセラ。

 =====

「おーい……リオ……? 生きてる……?」

 扉の向こうから控えめな声がする。アレンくんだ。心配してくれたのかな、やっぱり優しい子だ。

 結構集中してたのかな、じゃなきゃこんな声出さないか。安心させるために顔だけは見せておこう。ベッドから出ようとして、ぐらり――無抵抗なままうつ伏せに倒れてしまった。

 大きな音を立ててしまったからか、アレンくんが扉を蹴破るほどの勢いで入ってくる。

「リオ!? 大丈夫!? って絶対大丈夫じゃない!」

「アレンくん……おはよう……おはよう? あれ、いま何時……?」

「何時もなにも部屋に籠ってから三日経ってるよ!? 春明の二十日だよ!? 三日間ずっと仕事してたの!? ご飯も食べてないでしょ!? 飲み物も飲んでないんじゃないの!?」

「……はぇ? 三日間?」

 あれ、そんなに仕事してた? しかも飲まず食わず? なんだ、やるじゃん、私。まだまだ現役だね。全然誇れないし嬉しくない。

 でも粗方目途はついた。後はこれを書面にまとめて……あれ、ちょっと待って。微かに記憶がある。ペン走らせてた気がする。

「アレンくん……枕元に、メモある……?」

「メモ? ……え、これ? え? すごい書きこんでる……リオ、いったいなんの仕事……」

「ああ、よかった……ちゃんとメモしてた……仕事してた、偉いぞ、私……」

 安心感からか、急に眠気が来てしまった。霞んでいく視界にぼんやりと光が見える。ああ、まだ日中だ……なら大丈夫だ、三徹くらいなら夕飯時には起きられる……。

 お父さん、お母さん。私、一仕事終えました。おやすみなさい……。
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