カガスタ!~元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト~

中務 善菜

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第六章:役割

幕間36:見定める未来

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 稽古が始まって一時間は経ったか。ダンスの基礎練習ってのは地味なもんで、体の動かし方を覚えたりストレッチだったり……いきなり派手に踊るようなことはないと思ってたが、こんなもんなんだろうか。

 こういう、ある種の芸事には馴染みがなかったからか少し新鮮だ。他の面子を見ても、似たような反応をしている。エリオットはこんな退屈なことでも楽しそうな顔だった。

「――おし、そろそろ休憩するか」

 ミランダの声で、俺たちは体を休める。基礎的な動きを繰り返し、体に覚えさせる。意識下での動きを、無意識に落とし込む。こんなのを五日間も徹底的に叩き込まれる? 考えただけで気が狂いそうだった。

「……ま、最低限ではあるな」

「ほ、ほんとですか?」

 褒められたと思っただろう、エリオットの表情が明るくなる。正直なところボロクソに罵倒されるのを覚悟していたから、意外ではあった。表情から察するに、アレンやギルも俺と同じ気持ちらしい。

 ――ところが、ミランダの表情は険しい。

「褒めたと思ったか? 最低限、って言ったろ。思ってたほどひどくはなかった、その程度だ」

「そう、ですか……」

「これからこれから。一緒に頑張ろうな、エリオット」

 俯くエリオットの背中を撫でるアレン。こいつ、本当に人をよく見ている。視野が広く、気配りが出来ている。大人びているとは前から思っていたが、それはまだ基礎練習に過ぎないからか?

 ミランダが本意気で稽古をつけるなら、余裕なんてなくなるはず。そのとき、問われるはずだ。俺たちの真ん中に立って、誰よりも目立つ場所に立てる資質があるかどうか。

 リオの目が正しいかどうかはいずれわかる。信じてはみたいが、如何せん信じきれない自分もいる。アイドルがどんな存在なのか、わからないから。

「で、いまの時点で確認しておきたいことが一つある」

 その声に全員が引き締まる。いったいなんの話か、息を飲む。ミランダは深い息を一つ、俺たちを一瞥して告げた。

「お前らはどんなアイドルになりたいんだ?」

 ミランダの問いかけに押し黙る俺たち。リオはなんて言っていたか。必死に思い返すが、答えに辿り着けない。なんて答えるのが正解か――

「イアン」

「は、あ?」

「“お前が”どんなアイドルになりたいか、って訊いてんだよ。模範解答なんざ要らねぇ」

 首を絞められる。そう予感させるような顔に背筋が凍った。顔だけじゃない、彼女の言葉にも肝を冷やした。

 俺が、どんなアイドルになりたいか。アイドルのイアン・メイナード、その在り方を問われている。他の誰に指図されるでもなく、俺自身が導き出さなきゃならない。

 ――自分で、選ぶ?

 考えただけでぞっとする。俺の在り方を俺が決める? 選ぶ権利を与えられたことなんて、生まれてから一度もなかった。俺の人生は他人に手綱を握られていた。

 リオだってその一人。だからもし、あいつが手を放してどこかへ行ってしまったら? あるいは、俺に一人で歩くよう言ったら?

 どうやって生きてきゃいいんだ。選ぶって、どうすりゃいいんだ。焦燥感が胸を掻き毟る。焦りが呼吸を乱したところで、ギルが手を挙げた。

「――夢見せられるようなアイドルになりたいっすね」

 なんとも抽象的な目標。ミランダは面白そうに口の端を上げる。

「夢を見せる、ねえ。具体的には?」

「“スイート・トリック”から話題を掻っ攫うような、最高のエンタメを提供できるアイドルが理想っすね」

「おまっ……!」

 俺たち全員の顔から血の気が引いた。ミランダ相手に商売敵宣言してなんになる? 下手すりゃトレーナーを降りると言いかねないってのにこの馬鹿は!

 ミランダを一瞥すると、邪悪とも言えるような笑みを浮かべていた。ギルに歩み寄ったかと思えば、胸倉を掴んで引き寄せる。十代の奴らの顔が一瞬で青ざめた。俺がなんとかしなけりゃ――!

「ハッハハハハハハ! 面白いこと言うじゃねぇか! ええ!? ズブの素人があたしらを超えるってか!?」

「そのうちに、っすけどね。帝国随一のエンターテイナーは俺たちだって言わしてやりますよ」

「上等だ、やれるもんならやってみな! 徹底的にしごき倒してやるよ、途中で根を上げて逃げんじゃねぇぞ!?」

「勿論。ここにいる奴ら、全員そのつもりっすよ。な?」

 ギルの呼びかけに目を伏せる仲間たち。自信がないんだとは思う。俺だって同じだ。“スイート・トリック”を超えるほどのエンターテイナー? 想像ができない。世界中に認知された存在を上書きする? 俺たちが?

 依然、イメージは出来ない。簡単には宣言できない。

 俺は仲間を見る。アーサーは俯いたまま。ネイトも無言、オルフェも沈黙を貫いている。明確な目的を持つアレンとエリオットでさえ口を噤んでいた。

 ――なら、俺のやることは一つ。

「当然、そのつもりだ」

 最年長がびびってどうする。俺が一番格好良くなけりゃ示しがつかねぇだろう。仲間は俺を見る。俯くな、前を向け。ミランダを――その向こうを見据えろ。

 ようやく思い出した。俺たちは、帝国に新しい風を吹かせる未知のエンターテイナー。“スイート・トリック”が為し得なかったことを為すために集まったんだ。こいつらが折れないよう、支えてやらなければならない。

 ミランダの視線が怖い。だが、絶対に逸らさない。引っ張っていくのは柄じゃない。だからせめて柱になろう。俺がいるから大丈夫、そう思ってもらえるように。

 暫し睨み合う。そうして――

「オレもです」

 アレンが続く。明確な目的を持っているこいつが乗れば、一番の理解者であるはずのアーサーにも火が点く。

日和ひよっているような状況でもない、か……」

「本気の果てに得られるものを、私も知りたいです」

 ネイトに手抜きという文字はない。言葉通り、本気で挑んだ先にあるものに触れたいはずだ。そうすればエリオットも声を上げる。

「ぼくも、頑張ります。頑張って、一人前にならないといけないんです」

「僕一人が傍観者ではいられないね。最後まで付き合うよ」

 オルフェも続く。七人の意志は固まった。リオに報いるために――と考えているのは俺だけだろうが、本気でやり抜く決意を示せた。

 ミランダはまた笑みを浮かべる。侮っている、それは伝わった。

 生憎、ここに“いい子”はいない。アレンもエリオットもただの“いい子”じゃない。目的を果たす、そのためなら死線すら超えられる意志がある。リオだって見抜いているはずだ。

「――覚悟しとけよ。死んだ方がマシだと思わせてやる」

 脅しにも似たその言葉に、怯える奴はいなかった。
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