公爵子息に気に入られて貴族令嬢になったけど姑の嫌がらせで婚約破棄されました。傷心の私を癒してくれるのは幼馴染だけです

エルトリア

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34 美術展、開幕

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 美術展当日――
 アーカンシェル国立美術館の新展示棟は、都市内外から多くの人々が詰めかけていた。
 人々はリーリエが手がけた看板を指さしながら、新展示棟へとゆっくりと進んでいく。その道程にも、美術大学の学生らによる彫刻などの立体美術作品が展示され、訪れた人々の目を大いに楽しませている。それらは今回の美術展では審査の対象ではなかったが、スポンサーやパトロンらの興味を惹き、芸術都市としてのアーカンシェルの魅力を存分に発揮しているように思われた。

 新展示棟の内部には、出展者別に分けられた区画に幾つもの導線が張られている。街頭映像盤や新聞を通じ、事前に告知された絵画の数々の前で人々は立ち止まり、心ゆくまで鑑賞していた。

 スポンサーやパトロンらは、それぞれの絵に対する評価に相当する投票を行いながら全ての作品を順に回る。投票には三輪の白い花が用いられ、係員の持つ蓋付きの箱の中に厳かに入れられていく。その後ろに取材の記者らが続き、長い列を成していた。
 かねてからの注目もあり、多くの人だかりが出来ているのは、先日公爵家の新たな婚約者としてその名が浮上したアンナが描いた『湖畔の貴婦人』であり、公爵令息アルフレッドへの愛を誓う絵として、特に記者らは念入りな取材を行っている。
 複数人から構成されるアンナのパトロンには、公爵夫人エリザベートも名を連ねていることが、記者らの注目度をさらに高めていた。

「アンナのこの絵は、本当に繊細で、まるで飴細工を見ているような気分にさせられます。この白い日傘を持つ華奢な手、湖畔のボートを見守る視線と表情……これらの全てが、ここに佇む貴婦人の内情を如実に表していると、私は思いますわ」

 記者からの質問に、エリザベートが饒舌に語っている。アンナの『湖畔の貴婦人』は、アーカンシェルの北、リゾートエリアの中にある公爵家の私有地の一画を描いており、そこに浮かぶボートにはアルフレッドが、佇む貴婦人はアンナの自画像であると目されていた。

「本当に素晴らしい。上品で繊細な表現は、アンナの腕が確かであることの裏付けでもあります。この絵こそ、皇家に相応しい気品を兼ね備えた唯一無二の作品ですわ」

「まあ、お義母さま……」

 エリザベートの褒め言葉にアンナは頬を染め、恥じらうように目を伏せる。慎ましやかな物言いとは裏腹に、その口許は歓喜に綻び、自らへの自信とこの美術展の勝利を確信しているようでもあった。

「……評価は平等に行われます。もっとも、皇家の評価はより強く反映されますがね」

 集まった人々の輪の中から、ぽつりとした呟きのような声が漏れた。小さな声ではあったが、その声は良く通り、誰が発した言葉なのかを探るようにその場の人々は首を巡らせた。

「……ええ、そうでしょうとも……」

 エリザベートが咳払いをし、誰にともなく述べる。その顔には隠しきれない苛立ちが浮かび、口許は引き攣ったように歪んでいた。





 リーリエの作品は、展示棟の最も奥に設けられた区画に展示されていた。
 展示棟の手前が貴族たちの作品、奥が一般市民らの作品というように区画が恣意的に分けられているのは、貴族たちが身内や贔屓の作品だけを見に訪れ、一般市民の作品には目もくれないという傾向が強いことを反映したものだったが、この日は違った。

 リーリエの絵を一目見ようと、多くの人が奥のブースに集まっている。
リーリエの絵が最奥に飾られることになったのは、その作品の大きさが理由だったが、いざそこに作品が設置されると、建物との見事な調和を見せ、抜群の存在感を見る者に強く印象づけた。

 新展示棟の真っ白な壁をキャンバスに見立てて描かれたリーリエの『空』は、塗装用従機を使って描かれた出展作品の中で最大の作品だ。その大きさもさることながら、壁画を意識せざるを得ないような筆致の迫力のあるその絵は、だが、繊細さと美しさという不思議な二面性を秘めていた。
 高い天井の向こうにある天窓から差し込む僅かな光が、リーリエの絵を微かに照らすたび、動くはずのない絵が刻一刻と移り変わっていく。移ろいゆく空のように、同じものなどないような錯覚を感じさせるその絵の前で、人々は立ち止まり、絵に近づいたり遠ざかったりしながら、思い思いに『空』を楽しんでいる。

「……このまま、ここの壁画にしてもいいくらい、ぴったりだよね」

「見るたびに印象が変わる……。見ていて飽きる気がしないな」

 緊張した面持ちのリーリエの両側に立ったアスカとエドガーが、声をひそめて囁く。二人の感想にリーリエは少しだけ緊張を緩めて微笑んだが、その顔は近づいてくる人物のシルエットに気づいて強ばった。

「……アルフレッド……」

 婚約破棄を言い渡されたあの日以来の、生身のアルフレッドが近づいてくる。絵から離れ、鑑賞者の遙か後方に佇んでいたリーリエは、咄嗟に動き、アスカとエドガーの陰に隠れた。

「……気づきっこないよ」

「ああ」

 リーリエの行動の理由に気づいたアスカが半歩前に出てリーリエを庇う。エドガーは、アルフレッドを険しい顔で見据えたまま頷いた。
 二人の言う通り、アルフレッドはリーリエには気づかず、絵の前へとまっすぐに進んでいく。アルフレッドに気づいた人々が進路を譲り、彼の周りには小さな人垣が出来た。

「…………」

 アルフレッドはリーリエの絵の真正面で歩を止め、その『空』を仰いだ。その顔はリーリエからは見えなかったが、集中した様子で時間をかけて絵を鑑賞しているその背は、リーリエが知る彼の背よりも幾分か小さくなったように感じられた。
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