記憶の果て

樺太柳葉魚

文字の大きさ
上 下
1 / 2

記憶の果て

しおりを挟む
...最近、違和感を感じてる。
...まぁ理由は単純明快。私が記憶喪失だからだ。
原因は交通事故で、車に跳ねられたらしい。
...よく生きてたなって自分でも思うな。
そんで跳ねられた衝撃で記憶喪失と。
...アニメでありそうな展開だね。嫌いな展開じゃ
無いが、私自身がそういう目に遭うとは考えも
しなかったな...そりゃそっか。
まぁ何でこんなに動揺してないのかっていうと、
勿論自分自身では理解してないからだ。
そりゃあ自分で記憶喪失だってわかるわけが無い
だろう。自覚があったらそれはそれで怖い。
...でも、名前とか出身地だけ忘れてたら自覚する
のかもしれないのかな?まぁ私はそういう重要な
事は覚えてるので自覚が無かったんだろうな。
でも...記憶について調べられて、記憶喪失だと
言われた瞬間、何かが足りて無い気分になった。
何かはわからない。まぁ当然だ。
...この記憶の穴は埋めておきたいな。友達の誰か
に聞けばわかるかな?後で聞いてみよう。
...私友達少ないけど。

そんなこんなで退院。怪我は大体完治したので、
元気いっぱいで学校に向かう。...訂正、凄く怠い
が、無理矢理テンションを上げている。
まぁ久々の学校だし、友達と会うのも楽しみなの
だが...授業はあまり好きじゃない。嫌いじゃない
けどもね。そんな事を考えながら学校に向かって
いたら、後ろから走ってくるような音が...
白玖はくじゃ~ん!久しぶり~!」
「ちょっ!抱きつかないで恥ずかしい!」
こんな人目の多い場所で...と振り返ってみると、
久々だけど、見知った顔があった。
「でも久しぶりだね、佳奈かな。」
「って言っても私お見舞いに行ったけどね!」
「それもそうだけど、前まで毎日会ってたのに
 急に週2日になると久々って感じちゃうよ。」
「それはあるかもね!でも完治したんでしょ?」
「勿論!もう元気だよ~安心して。」
と言って笑ったのだが、佳奈は怒り気味だった。
「安心できたもんじゃなかったんだよ!わかる?
 毎日一緒に登校してたのに急に来なくなって
 学校で白玖が事故に遭ったって聞いた時の私の
 気持ち!本当ビックリしたんだよ!?」
「あはは...ごめんって!ほら、今は大丈夫だし。
 ね?生きてただけマシって事で!」
「もう!気をつけてよ?」
大分心配させてしまったみたいだ。後でゆっくり
話して謝ろう。
「それにしても...授業遅れちゃったなぁ...」
「そうだねぇ...私で良ければ教えてあげるよ?」
「...凄い、立場逆転だね。いつも私が佳奈に
 教えてあげる側なのに...」
「はっはっは!まさか私が教える側になる日が
 来ようとはね!良い気分だよ!」
「ちゃんと教えてよ?単位はしっかり取って
 おきたいんだから。」
「ど~しよっかなぁ~?」
「...今度から教えてあげないよ?」
「はぁい!喜んで教えまぁす!...はぁ、まぁ
 いつでも聞いてね?できるだけ答えるから。」
「ありがと!後でゆっくり教えてもらうね!」
あ、でもこれは今聞いておきたいな。
「そういえばさ、私これでも記憶喪失だからさ、
 何か私が忘れてるような事ってない?」
そう言った瞬間、佳奈の顔が明らかに暗くなって
いった。...聞かない方が良かったのかな?
「何か...良くない事なの?」
「いや...知っておくべきだと私は思うよ。」
「なら」
「でも、駄目って言われちゃったんだ。白玖の
 両親に言わないでくれって。」
「お母さんとお父さんが...?」
何でそんな事を?全く理解ができない...
「それは自分で思い出させるべきだって...」
「...そんな事できるとは限らないのに...」
「それだけ大切な事なんだよ...」
「...そっか。」
他人に頼って思い出すなって事か。私の両親は
あまり厳しくない、というか過保護なので、
ここまでするという事はそれ程の事なのだろう。
...時間はある。頑張って思い出そう。
この記憶の穴は、それ程大切なものだろうから。

...とはいえ授業には集中しないといけない。
特に私は短期間とはいえ、学校を休んでいたわけ
だから、必死に勉強して追いつかないと...
...集中できない。どうしても考えてしまう。
手がかりとか、きっかけが無い状況だから、
思い出すには良い場所とは言えないのだけど...
頭の隅に追いやっても、徐々に広がっては何度も
私の頭を飽和させる。
...でも、それが心地良かった気がした。
記憶の穴の底の何かが暖かかった気がした。
...早く思い出したいな。
そんな事を考えていたせいで、今日はろくに
勉強できなかった。...やばいかなぁ...

帰り道もずっと記憶の穴について考えていた。
考えている時は流れるように時間が過ぎていく
ので、気づいたら家の前にいた。
「...もう着いたんだ。家でゆっくり考えた方が
 いいかな。」
家に入る。といっても親がいるわけじゃない。
私は一人暮らしなのだ。昨日は退院祝いとかを
すると言われ、親の家で生活したのだが、
早めに一人暮らしの感覚に慣れたいという私の
考えで今日から再び一人暮らしだ。
ベットに飛び込む。
「あぁ~...落ち着くなぁ...」
やはりいつも生活している場所の安心感は最高
だなって。心地良過ぎて寝てしまいそう...
「駄目駄目!色々やんないと...」
という事で色々済ませた。主に家事だけども。

「ふぁぁぁ...久々だなぁ~」
さて、これでゆっくり考えれるだろう。
...と言っても、相変わらず手がかりとかは無い
わけで、考えは進まなかったけど。
「...いや、駄目だよね...」
一瞬お母さんかお父さんに聞けば良いじゃないか
なんて考えてしまった。何の為に佳奈にまで
言わせないようにしてるんだ。自力で思い出して
欲しいくらいの大切な事なんだろうな。
「はぁ...なんかモヤモヤするなぁ...」
今の状況じゃ何も思い浮かばない。これじゃ
意味ないかな。少し溜め息をつく。
「...寝ちゃうかぁ...」
少なくともここじゃ手がかりは見つからない。
...いや、どこで手がかりが見つかるかなんて
私にはわかりっこない。ならせめて、何か一つ
きっかけがあればいいのに...
そんなに上手くいくもんじゃないよね...
...時間がかかりそうだな。
ベットに潜り込んで、眠気を待つ事にした。
意外にも寝れたのは早かった。


「...朝、かぁ...」
時計を見る。5時半...結構早いなぁ。
パパッと学校の準備を済ませる。まだ6時だ。
「暇だなぁ...こんなに早く起きたの久々だな。」
...やっぱり考えてしまう。記憶の穴には何が
埋まるのだろうか。そもそもどう言う記憶なの
だろうか。人?物?場所?出来事?
それすらわかってない。進歩があまりに無い。
「...学校行こ。疲れてきたし。」
気分転換に学校というのもおかしな話だが、
何故か丁度いい気がした。佳奈と話せるしね。

「白玖!ねぇ白玖!」
「えっ?あぁごめん...ぼーっとしてた...」
「大丈夫?さっきからずっとその調子だよ?」
「大丈夫だよ、ちょっと考え事。」
それが何とは言わないでおいた...が、
「記憶の事だよね?」
「...やっぱわかっちゃう?」
「何年の付き合いだと思ってるの?」
「はは...相談してもいい?」
「勿論!ヒントくらいなら許されるよね!」
「ヒント...お願いしてもいい?」
「そうだね...う~ん...」
佳奈は考えてた。めっちゃ考えてた...が
「駄目だ...わかりやす過ぎるヒントしか出せない
 かも...もうちょっと考えさせて!」
「大丈夫だよ、そんな気にしないで。これは私の
 個人的な悩みだから、佳奈がそんなに考える
 必要ないから、大丈夫」
「そうだ!」
被せ気味に佳奈が叫んだ。...結構ビックリした。
「あの場所に行けばいいよ!あの森!」
「森?なんでそんな場所に?」
「あ~...いや...う~ん...ちょっとあるからさ!」
...多分そこに何があるかは言っちゃいけないん
だろうけど...言葉にできなかったんだろうな。
でも何かはあるのだろう。やっとの手がかりだ。
「ありがとう、助かった!何も手がかりも思い
 出すきっかけも無かったからさ。」
「そうだったんだ...ごめんね、上手く言えなくて
 ヒントもヒントになって無くて...」
「佳奈が気を負う事無いよ!私こそごめんね
 無茶言っちゃって...」
「そんな事...もうこの会話やめよっか。」
そう言って佳奈は微笑んだ。確かにこういう会話
は生産性が無い。私も微笑んで
「だね...楽しい事話そ!何かない?」
「そんな急には無いよ~!」
互いに笑い合って、互いに楽しくなって...
これ程良い関係を持てて良かったと、心の底から
思った。

自室。白い天井を見上げながらゆっくり考え事。
一筋の希望の光が差し込んできたので、昨日より
気楽なように感じる。明日、土曜日で学校も休みなので時間の余裕はある。今日は早く寝た方が
良いのかもしれないな...と、考えている間に
意識は薄れて、いつのまにか寝てしまった。


「......え?」
此処は...何だろうか。真っ白い空間。どこまでも
何も無い空間だ...全部がはっきり見えているのに
何も見えていないようで少し怖かった。
「これは...夢、だよね...」
それ以外考えられないが...あまりに唐突な夢で
動揺を隠しきれない。
「取り敢えず、ちょっと歩いてみるかな...」
何も無い空間で、何を目指すわけでもなく、
ただ歩く。何も理解しないまま。
何分歩いただろうか。疲れたというわけじゃない
けど、少し休む事にした。
「はぁ...何なんだろ...」
こんなに非現実的なのに、ここまでしっかり実感がある夢は初めてかもしれない...
夢なのに少し眠くなってきた...いっそ寝てしま
おうかと考えていたら...
私の後ろで、暖かい気配がした。
振り返る、が誰もいない。相変わらず何も無い
空間が続くだけだった。
「...何だろ...」
そんな事を呟いた瞬間、また後ろで気配。
振り返る暇は無かった。私の下に穴が空いた
からだ。夢から覚めるのだろうか。そんな事を
考えていたかもしれないが、それどころじゃ
なかった。落ちる寸前に、声をかけられた。
『思い出すな、そのまま忘れてくれ。お前が...
 お前が悲しむのを見たくないんだよ。だから
 もう、頭から消して普通に生きてくれ。』
その声は、決して冷たくはなかった。寧ろ...
優しさに満ち溢れていた声だったと思う。


「......覚えてる...」
夢から覚めたが、その夢を忘れてはいなかった。
所謂、明晰夢というやつなんだろうか。
自分でも驚く程、しっかり内容を覚えていた。
「...きっと、あの人なんだろうな...」
あの声。とても優しかったあの声。
記憶の穴の底から感じたあの暖かさと、どこか
同じものを感じたような気がする。
...いや、全く同じだった。あくまで予想だけど
かなり確信に近い。でも思い出せてない。
「...早く森に行こう!」
と、起き上がって出かける準備をしようとした
瞬間、スマホから通知音が鳴り響いた。LINEだ。
佳奈からのメッセージだった。
『できれば、夜に行って欲しい。そうじゃないと
 多分、思い出せない。』
「...なんで?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
いや...流石に予想もできない。いや、予想は
できるけど全部違う気がする。なんで?
夜...その理由を考えながら朝を過ごした。
でも...確信を得る事はできなかった。
「...夜に行くんだし、ちょっと寝ようかな。」
...案の定、寝れなかった。

佳奈と夜7時に待ち合わせる事にした。
私はその森がどの森かわからないので、案内して
貰うしかないからね。こればっかりは仕方ない。
頼らないとどうしようもないからね。
「あ、いたいた!白玖~!」
「し~っ!補導に見つかるでしょ!」
「まだ時間的に大丈夫だって。」
「でも見つかりたくないじゃん!」
「じゃあ早く森行こ!」
そういって私の手を掴んで佳奈は走り出す。
いや、ここ階段だから!
「危ないって!せめて早歩きで」
「でも!善は急げでしょ!」
「だけど!...もういいや!早く行こ!」
出来るだけ気をつけながら、階段を駆け降りる。
...危なかったけど、怪我は無かった。
「それで?どこの森に行くの?」
「覚えてるかな?ほら、あの蛍の森!」
「あぁ...だから夜ね...でも、何で?」
「行けばわかるかもだから、まだ言わない!」
「...わかった。」
走る。雲に少しだけ覆われた三日月が、私達を
ささやかに照らしてくれている。
その光は次第に薄れて、月明かりは殆ど無くなり
夜らしい暗さになった。...まだ目は暗さに慣れて
いない。それでも流石にここが森だという事は
わかっていた。
「ねぇ...この森のどこに行くの?」
「あとちょっとだから!もうすぐ着くよ!」
そう言われ、再び走る。ようやくこの暗さに目が
慣れてきたというところで、目的地に着いた
みたいだった。
「ここ!覚えてるかな?」
「......」
少しひらけた場所だった。でも、どこか暖かい
雰囲気があったように感じる。
覚えてる...確実に。ここは...確か良く来ていた場所
だった筈...だけど、覚えてはいるのに、言葉を
出せないでいた。頭の奥で何かが反応している
ような感じがした。
「白玖?」
「...覚えてる、覚えてるよ...」
「良かった!じゃあ」
「待って...ごめん、少し待って...」
それ以降佳奈は黙って待っていてくれた。
私は考えた。考えて、考えて、考えて...
「......あっ」
「ん?どうしたの?」
私が記憶を掴みかけた瞬間だった。
「蛍...」
「え?...あ、ホントだ!」
何処からかかなりの数の蛍が集まってきた。
それは幻想的で、再び顔を出した三日月より
光り輝いてるように見えた。
...そう感動していた直後。
「痛っ!あぁっ!」
「え!?どうしたの!?」
痛い...!頭の中から何かが引きずり出される
ような感じがする...それなのに、記憶の穴が
埋まっていく実感があった。
「大丈夫!?痛いの?」
「...大丈夫...多分耐えれる...」
ふと前をみると、蛍が更に増えているように
見えた。眩しいとすら感じる光だった。
「凄いね...こんなに光ってたっけ...?」
「えっ?いや、こんなには...」
「っ...!」
更に痛みが増してきた...これは記憶が蘇る予兆
なんだろうか...

『思い出すなって、言った筈だぞ?』

その一言で、全て思い出した。もう痛みは無い。
「っぁ...そう、だった...」
思い出してしまった。彼の声は、聞き慣れた声
で、安心できる声だった。そして...
もう、2度と聞ける筈のない声だった。
この場所は、『彼と』よく来ていた場所だった。
佳奈も明らかに動揺していたようだ。
「な、なんで貴方がここに...」
『さぁ?神様の悪戯か何かじゃない?』
「そんな軽々と言う事じゃないでしょう...」
その一言一言が私に響いた。
彼の名前は...そう。私の...恋人だ。
もう、全て思い出した。あの記憶の穴の底に
あった暖かさの正体も、記憶の穴にあった
あまりに悲惨な現実も。
「なんで...蒼...君は...」
必死に言葉を紡ぐ。既に涙は溢れていた。
それでも彼に言葉を伝える。

「何で君は、私を庇ったの...?」

蒼と一緒に学校から帰っていく最中、信号無視
をした車に私は跳ねられた。普通なら重症だ。
でも私が記憶喪失程度で済んだのは、蒼が私を
庇ってくれたからだった。そのおかげで
私は軽症だったんだ。けど、蒼は...
『だから言ったのに...思い出すなって。お前の
 そういう顔を見たくなかったのにな...』
「蒼が...私を庇わなければ良かったじゃん...」
『それじゃお前が死ぬだけだろ?どちらにしろ
 バッドエンドじゃどっちでも変わんないよ。』
それに、と蒼は言葉を続ける。
「体が勝手に動いたんだよ。防衛本能みたいな...
 こう、何かが言ったんだよ、守れ、ってな。』
「死んだら意味無いじゃん!結局守っても一緒に
 いられないんじゃ意味無いじゃん!」
『まぁ...な。』
涙は溢れて止まない。枯れない。あまりにも
辛かった。受け入れるのが怖かった。
「...もう、嫌だよ...ほんとに、思い出さなきゃ
 良かったな...」
『...でも、思い出してしまった。それを忘れる
 事はできないな。』
言葉を続けながら蒼は近づいてくる。
『じゃあ乗り越えてくれ。俺という存在の死を
 乗り越えて強くなれ。』
「そんな...急過ぎるよ...」
『...ごめんな。』
私の目の前まで来た蒼は私を抱きしめてくれた。
「ぁあ...っあ...」
感情が更に溢れ出る。...涙はまだ枯れない。
『俺だって...まだお前と過ごしたかったさ...
 楽しい生活を望んださ...幸せな未来を
 望んださ!だけど...』
見ると、蒼も泣いていた。溢れ出る涙は、きっと
今まで我慢してきた分なんだろう。
『だけど、神様はそうしてくれなかったみたいだ
 ...そういう運命にしてくれなかった。これなら
 充分恨んでもいいよな?』
私は頷く。こんな結末、あまりに酷いと、あまり
にも辛いと思ってしまう。
「なんで...こうなっちゃったかなぁ...」
『...なんでだろうな...』
神がいるんだったら、その人達へ少しだけ皮肉を
込めた言葉だった。
「嫌われてるなぁ...神に...運命に...」
『...そうかな?』
蒼は言葉を紡いだ。否定するような言葉だった。
『嫌われては、いないんじゃないか?』
「...なんで、そう思ったの?」
『だってさ...今までの運命のおかげでさ...
 君と、白玖と出逢えたんだから...』
...その言葉は、とても暖かかった。
「...ずるいよ...それは...」
『最後くらい、かっこつけさせてくれよ。』
「...かっこいいよ、蒼。」
『...ありがとな。』
彼は、とても輝いて見えた。私の事を愛して
くれた人。私が愛した人。
...眩しかった。とても。
「もう...会えないの?」
『あぁ...本当のお別れだ。』
「そっか...」
もう...会えない。声を聞けない。愛せない。
...いや、愛せるじゃないか。
「これからもずっと、愛してるよ...ずっと。
 君の事は絶対に忘れないから。」
『はは...良いのか?これから誰とも恋愛できなく
 なっちゃうぞ?』
「もう君以外愛せる気がしないしね。大丈夫。」
『...お前も、ずるいよなぁ...』
「お互い様でしょ?」
『似た者同士だな。』
そう言って私たちは笑い合う。最後の会話くらい
笑わないとね...
『...涙、出てるぞ?』
「蒼もだよ...」
お互い笑っていた。でも、心の奥の感情は正直で
悲しかったんだ。
...そうだ、これで最後なんだ。じゃあ...
私は、蒼に歩み寄っていった。
『...白玖?』
「これが、最後なんでしょ?」
なら...せめて、少しでも愛を伝えよう。
私は、彼の目の前に立って...

彼に、最初で最後のキスをした。

「...初めて...だったよね?」
『...あぁ、そうだな。ありがとな。』
恥ずかしかったけど...愛は伝わったよね?
『好きだよ...ずっと。』
「...この言葉の意味、知ってる?」
『ん?』
少し驚いた顔をする蒼。
『どの言葉?』
「I will never forget you」
...蒼は笑った。私も笑った。...笑えてるかな。
『わかるさ...一緒に言うか?』
「そう?じゃあ行くよ?せーの...」

『「あなたを決して忘れないよ」』
本当の、別れの言葉だ。
さよなら、とは言いたくなかった。

その直後、パァンと音が鳴り響き...
目の前にいた蒼はいなくなっていた。
その代わりに、光球が舞っていた。
「あぁ...蒼......」
私は泣き崩れた。もう、耐えきれなかった。
「また...会えるかなぁ...」
叶わない願いを呟いた。その瞬間だった。

 会えるかもね

そんな言葉が耳元で囁かれた気がした。
「......そっか。」
じゃあ、期待してるからね?蒼。


その後は普通に過ごすようにした。
学校に行って、佳奈と仲良く話したりして...
前より元気に話すようになったかも。
...周りに心配させないための見栄かもね。
あぁ、そうそう。毎日蛍の森に行くように
なったかな。ちょっと時間はかかるけど。
まぁ、蒼の為だもんね。そう考えれば、少し
元気が出るからね。

でも、なぁ...やっぱり寂しいよ...
見られてるのかな?わかんないけど...
蛍の森では、誰にも見られてないよね。
君の前なら、涙を見せても良いよね。

蛍の森から帰るときは、毎回こう言っている。

それじゃあね。蒼...

「また会おうね」
しおりを挟む

処理中です...