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第40話 急須

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 蓮左衛門がかまちのそばにあった薪を拾い上げ、灰が舞ってしまわぬよう気をつけ、そっと囲炉裏の底に置く。

「さて、火はどうやって点けるかな...」

 普段の生活上で囲炉裏を使用しているのなら、付近に火点け道具の一つでもあって然るべきなのだが、部屋中を見回しても見当たらない。

「つまらぬことで頼るのは気がひけるでござるが、お銀、此処は貴殿にお願いするでござる」

「『つまる』ことでも遠慮はして欲しいのだけれど、部屋が冷えておるゆえさっさと火を起こしちゃおうかねぇ...火遁!」

「ボッ!!」

 お銀がまるで魔法使いが軽く杖を振って魔法を放つが如き所作で火を起こした。

 今は暦でいうところの五月。
 日中はポカポカ陽気で過ごしやすいが、朝と夜は空気が冷たく感じる季節柄なのである。

 冷たく暗い部屋に火が灯されると、部屋の空気が一気に温まったような錯覚さえ覚えるだろう。

「急須と湯呑み、それに茶っ葉も見つけて気やしたでぇ」

 茶飲み道具の一式を乗せたお盆を両手に抱えた九兵衛が、得意げな顔をして運び床の上に置いた。

 お茶を嗜む際に急須を使う方法は、江戸時代初期に中国から日本に伝わり、文人の間で流行していたらしい。

 堕仙女の真如が「文化人」に当てはまるかどうかはさてとして、人気(ひとけ)が皆無な山奥の一軒家に住んでおきながら、客人があることを想定した数の湯呑みがあることは疑問の残るところである。




 
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