プロメテウスの神託

流川おるたな

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序章

10話目 動揺

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 環奈の素性についてはこれくらいにして、次に70歳を超えた元フランスの三つ星レストランシェフだった黒川についてだが、彼に関しては環奈や休暇中で不在の暮井冬春とは当然違った経緯がある。
 年齢的には屋敷に住む四人の中では最年長であり人生経験もそれなり多くあるけれど、確かに三年ほど前までこと戦闘の経験に限って言えば、天才で引き篭もりの主人である桐生要と同等で零に等しかった。しかし桐生要の計画の先を考えた暮井冬春からの強い勧めもあり、実践経験豊富な冬春から戦闘訓練を直接受けることとなった。元FBI捜査官の容赦のない厳しい訓練は過酷であったが、持ち前の根性と集中力で何とかこなし、終わり頃には細マッチョで料理人の優秀なコマンドー執事の完成である。
 戦闘訓練を受けるまでなら経験することはさほど難しくはない(そうでもない気もするが)。しかし命を奪う行為を経験することがなかなかもって容易でないことは明白であろう。
 「殺し屋」という超特殊な稼業を持つ両親から生まれ、思春期に早々と「人殺し」なる悍ましいものを経験済みである環奈とは異なり、極一般的な国民である黒川が「人殺し」を経験したのは実のところ今回が初めてであった。
 だが訓練の過程で「殺しは経験しておいた方が良い」という冬春からの勧めもあり、流石に人間を対象にして経験することはなかったけれど、動物の命を奪う「野生動物を狩る」という経験は、リスなどの小動物や霊長類の猿や、日本においての最強野生動物の熊まで一通り狩ることに成功しており、こと銃の腕前に関しては、「やはり料理で一流を極めた男だな。何かを極めた者は分野が変わってもすこぶる覚えが早い」、などと冬春が手放しで褒めるほどの腕前にまでなっていたのである。

 しかし長年人としての道を真っ当に生きてきた黒川にとって、今回の「人殺し」という超特殊な経験には動揺を隠しきれず、若干上擦り震えた声で環奈に言う。

「...私もこれで...遂に環奈さんと冬春さんの仲間入りですね...まぁ先はさほど長くはないでしょうから後悔などはしておりませんが...」

 環奈がいつもと違う黒川の口調を察し、彼の表情を確認して先ほどとは打って変わった口調で声を細め応える。

「こちら側の世界にようこそぉ~...なんて言いたいところだけれど、宗ちゃんは殺人が目的で人を殺したわけじゃない。今回は自分とこの屋敷を守るお仕事をこなしただけでそう気にすることはないんじゃないかなぁ?それにまだ侵入者は残ってるんだし、この状況で動揺なんかしてると逆に殺されちゃうよぉ」
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