夢中の少女 第一章

流川おるたな

文字の大きさ
2 / 28

アイツが変わってしまった日

しおりを挟む
 アイツはこの六畳の狭い居間で、たまに仕事で外に出ている時以外は、いつもテレビや新聞を読みながら酒を呑んではくだを巻いていた。

 僕はそれを見るのも聞くのも嫌で嫌で仕方が無くて、隣の寝室でずっと一人で遊んでいた。

 時折、襖を開けては「お前は遊んでばかりで幸せだな!」などと、幼児に言うには到底相応しく無い言葉で怒鳴り散らし、殴ったり蹴ったりして来る。これが延々と繰り返される毎日。

 こんな父親を恐れない幼児などこの世には居ないだろう。

 どうしようもない父親だったが、恐らく最初からそうだった訳でも無かったような気がする...

 なぜなら僕には、笑っているアイツに肩車をしてもらい、隣には笑顔の母が居て、三人で河原の道を歩いた記憶があるからだ。

 母のことは朧げであまり覚えていないけれど、優しくて温かな人だったと想う。

 僕が5歳の時までここで一緒に生活していた母は肝臓癌で亡くなったらしい。
      
 母が入院していている病院に、アイツと一緒に車に乗って何度も訪れた記憶がある。いま想えば、病気で身体を起こすのもきつかったはずなのに、いつも笑顔を見せてくれていた気がする。

 当時の僕は人の死というものを、幼いから当然と言えば当然なのだが、全く理解することが出来なかった。

 だから「お母さんは何処に行ったの?」、「いつになったら帰って来るの?」などと、毎日のようにアイツに質問を浴びせかけていたのだが、ある日を境に質問をすることは無くなる。
 アイツが「お母さんが死んで辛いのはお前だけじゃ無いんだ!」と言って僕を本気で殴ったからだ。それからだったのかも知れない。幸せだったはずの親子の関係性はガタガタと崩れ、狂気の日々に変わってしまったのは...

 アイツが変わってしまったのは僕の所為でもあったが、母の死が重大な原因であったことは間違いない。
 だから暴力を振るわれる度に、布団に包まり泣き腫らしては「なんで死んだんだよお母さん!」と心の中で何度も叫んでいた。
 母だって病気になりたくてなった訳ではなく、死にたくて死んだ訳でもないのに...

 だが、理由は何であれ、アイツが幼い僕に長いあいだ振るった暴力は絶対に許されないし許さない。絶対にだ!

 過去を思い出していた僕は、ふと我に帰る。今はいつなんだ?

 部屋の中には薄っすらと記憶に残っている当時の古いテレビやテーブル、棚などの備品があった。
 タバコのヤニで汚れた壁に大きなカレンダーが掛けてあるのを見つけ、近寄って確かめる。

 カレンダーには西暦XXXX年11月の記載があり、日付の20日は赤いマジックで囲まれ、「最後の日」と書かれていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...