女装令嬢奮闘記

小鳥 あめ

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仮面の男

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 なんか凄く怪しい人が来た!そう思い僕は思わず腰に手を当てる、しかし残念な事に今回は愛刀を持ってきていなかった。取りあえず逃げの体制を取りながらも。

「何かわたくしに御用がおありですか?」と聞いてみる。

すると男は嬉しそうに一歩前に進み、僕に大輪の薔薇の花を差し出してきた。

「君はこの先の控室に行くのだろう?その時にこの薔薇を今日一番美しかった歌姫に渡してきてほしい。」

 はて、美しい歌姫とは?

 思わず首を傾げる僕に無理やり花束を押し付けると、青年は軽やかに背を向ける。

 そして去り際に金色の仮面を外し、こちらに優雅に一礼をした。彼の瞳は菫色をしていてとても綺麗に輝いていた。

「どうかジャノメにその花を渡してくれ、あいつをどうしても愛してしまう哀れな男の頼みだ。」
その名前に僕は飛び上がる。

「お師匠様にですか!」
僕がそういえば男は目をパチリと瞬かせ、ハッハッハと豪快に笑う。

「まさかあいつに弟子が居たとはな。またジャノメも成長しているという事か、それでは尚更私だけが立ち止まっている訳には行かんな。」

少し寂しそうに言って、男は颯爽と部屋を出て行った。

僕は花を抱え少しの間呆然と立ちつくした後、我に返り速足でジャノメの元へと向かった。


「おっ、お師匠様!大変ですわ!」

 僕が慌てて控室に入ると、当の本人はソファーにぐでんと横になっていた。綺麗な衣装も脱がないままであったので、所々皺になっている。

もう、ものぐさなんだから!いつもならしっかりしてくださいませ!と声を上げるところだが、生憎それどころでは無かったので、むくりと上半身を起こし目を擦るジャノメに、大きな花束を押し付けた。

「えっ、なあにこの薔薇。」

首を傾げるジャノメに僕は先ほどあった男に言われたことをそのまま伝えた。するとジャノメは突然顔を真っ赤に染めて、薔薇に顔を埋めた。

「うっそー!あの人ったら、どうして今更こんなことするのよ。未練が断ち切れないじゃない。」

 ジャノメの声は震えて、今にも泣きそうだった。

「あの、お師匠様。先ほどの方は?」
「あのひとは、あたしの昔の男よ。この国で二番目に偉くて、将来王様になるかもしれない人。」

って第一王子だー⁉

どうしよう一瞬不審者だと思っちゃった、どうか不敬罪で捕まりませんように!おろおろしている僕を後目にジャノメは勢いよく立ち上がると、薔薇を机に置き歩き出した。
「何処に行くのですか?」
「もちろん、偏屈爺さんの所よ。この不安定な時期に第一王子が城を出るなんてあってはいけないの!それなのにここに来たって事は、何か重要な事態が発生したということだもの。とっちめて吐かせないといけないわ。」

むっすりとした顔で速足になるジャノメに、置いて行かれないように僕も続く。

こんなに素敵な薔薇を送ってくるくらいだから、きっと第一王子にとってジャノメは掛け替えのない存在だったのだろう。

 僕は王子が優しい声で告げた、美しい歌姫と言うことばを思い出せずにはいられなかった。


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