信じていた愛はどこに

田鶴

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21.突撃取材

 詩織と重苦しい再会を果たした翌朝、亜美が目覚めると、隣にはいつものように優しく微笑んだ俊介がいて、おはようのキスをしてくれた。なのに俊介が浮気をしているなんて、亜美にはとてもじゃないけど、信じられない。

「亜美、おはよう。朝食はどうする? 昨日、お義父とうさんからせめて休日の食事ぐらいは一緒にしたいって言われたんだけど……」

「冗談じゃないわ。がいる限り、私はお父さんと一緒に食事なんてしたくない。今朝も2人で食べようよ。あ、でもヨーグルトも果物も買ってなかった! 卵もない! トーストとコーヒーだけだ……ごめんね」

「謝らないで。もちろん大丈夫だから」

「ごめんね、駄目妻で……」

「何言ってるの。僕は亜美と結婚できて幸せだよ」

 優しい夫がぎゅっと抱きしめてキスしてくれて亜美は幸せを感じた。

 家政婦の森川敦子が久保家に戻って来た後、亜美は2世帯住宅の子世帯部分で俊介と2人だけで食事している。平日の朝食は、トーストとコーヒー、それにストックがあればヨーグルトか果物。俊介も料理はできないが、茹で卵や目玉焼き、サラダぐらいはできるので、週末は俊介が朝食を作ってくれる。通いの家政婦を頼む時に2交代制にして朝食作りから頼もうかと亜美は俊介に提案したが、彼は人見知りの亜美に配慮して日中だけ通いの家政婦1人に来てもらう今の形式になった。

「ねえ、亜美、聞いてもいい? どうして森川さんをそんなに敵視するの?」

「うん、昔ちょっと色々あってね……」

「そっか」

「ごめんね」

「ううん、いつか話せる時に聞かせてくれればいいよ。じゃあ、もうそろそろ起きようか」

 亜美が話したくないと思っていることを俊介は無理に聞こうとしない。だから亜美は、父と敦子のかつての不倫関係を俊介に打ち明けたことはなかった。でもそれは夫が信用できないからではなく、一家の恥だと思っているからだ。でも信用されていないのではと俊介に思われそうで、亜美は不安になった。

「ねえ、今日は休みだから時間あるでしょ? 今、話してもいいかな?」

「時間はあるけど、本当にいいの?」

「うん、俊には聞いて欲しい。でもドン引きされるかも。我が家の黒歴史なの」

「何だとしてもドン引きなんてしないよ」

 俊介は優しくそう言って亜美を抱きしめた。亜美は、俊介の腕の中で彼の香りを嗅いで心が安らいでいき、話し始める勇気が出た。しかし、話すうちに安らいだ気持ちは吹き飛び、亜美は語りながらいつの間にか泣いていた――母が必死で闘病していた間に父親が浮気していたと中学1年生の時に知った時の衝撃、父の浮気を知らないまま亡くなった母への想い、目撃してしまった父親と家政婦の情事のおぞましさ……俊介は泣きじゃくる亜美の肩を抱きながら、彼女の話を真剣に聞いていた。

 それから2週間ほど経ったある日、亜美が外出のために自宅の門から出ると、週刊誌の記者らしき男性に突撃された。

「久保浩社長の娘さんでいらっしゃいますか?」

「ええ、そうですけど、どちら様ですか?」

「週刊奥様直撃の三浦と申します。お父様の愛人スキャンダルに関してどうお考えですか?」

「愛人?!」

「ええ、家政婦の女性と長年愛人関係にあるとか……」

 亜美は記者の言葉を遮って言い切った。

「そんなことありえません! 迷惑ですから、私の家族にも家政婦にも一切取材はお断りします!」

「気が変わりましたら、こちらまでご連絡下さい!」

 記者が無理矢理手渡してきた名刺をクシャクシャに握りしめたまま、亜美は息を切らせながら大通りまで走った。そこで通りがかりのタクシーを拾って目的地で用事を済ませると、近くの書店へ向かい、週刊誌コーナーで『週刊奥様直撃』のようにスキャンダルに特化している雑誌の中身を一通りざっと確認した。だが、どの雑誌にも浩のスキャンダルは載っておらず、亜美は安心した。

 亜美は帰宅すると、帰り支度をしていた自分世帯の家政婦を呼び止めた。

「お疲れ様。あの、ちょっといい? 時間は取らせないから」
「ええ、もちろんですが、何でしょう?」
「もしかしたらマスコミが突撃取材してくるかもしれないけど、知らぬ存ぜぬで通して無視して下さいね」
「かしこまりました」

 この家政婦は口が少なくていらないことを聞いてこない。亜美は彼女のそんなところを気に入っていた。

 その夜、帰宅した俊介に亜美は突撃取材を受けたことを話し、皺くちゃになった三浦記者の名刺を渡した。

 浩と敦子の肉体関係は、20年近く前にスキャンダルになりそうになって亜美の祖父がもみ消し工作をしたぐらいだから、今も覚えている人がどのぐらいいるか分からないが、当時知っていた人もいた。だけど亜美が俊介に最近話したこのタイミングで週刊誌がそんな古い話を蒸し返すのは、なぜなのか。亜美は、愛する夫を信じたかったが、妙に胸騒ぎがした。

「ねえ、俊、お父さんとあの人の関係を誰か他の人に話した?」

「……話すわけないだろう? 記事にされちゃったら、亜美の心の傷を抉るようなものなのにそんなことしないよ」

「そうだよね。ごめんなさい、疑って。俊がそんなことするわけないのに」

「ねえ、亜美、他に誰がこの話を知ってるの?」

 俊介は真剣な表情で亜美に聞いた。その様子は本当に心配しているようで、亜美は心のモヤモヤが晴れていくように感じた。

「お祖父じいちゃんとお祖母ばあちゃんはもう亡くなっているけど、元家政婦さんはまだ存命で覚えていると思う。でも彼女はそんなことをペラペラ話す人じゃない。後は当時、週刊誌で記事になりそうだったらしいから、その編集部にいた人は知っているだろうね。記事を差し止めるのに関わった、当時の我が家と出版社の弁護士先生とか、いつも使う興信所の所員とかも……考えてみると結構いるね。でもこんな古い話が今更スキャンダルになるって、普通考えるかな? それともやっぱりお父さんはとまだ付き合っているのかも……やだ、やだ!」

「いや、お義父とうさんは森川さんと節度ある態度で接していると思うよ」

「俊がそう言うならそうなのかな? それじゃあ、お父さんを退任させたいライバル勢力がリークしたと思う? 今、会社でお父さんの立場はどうなってるの?」

「うん……正直言ってお義父さんには苦しい状況かな。業績がずっとよくないから、前からあった世襲批判と上場圧力が強まっている。世襲にあまり抵抗がない勢力も次期専務として君の又従兄の井上君を推す派閥と僕を推す派閥と2つに別れてるよ」

「そっか……じゃあ、きっとお父さんのライバルがやったのね」

「でもお義父さんのことだ。こんな困難は切り抜けるよ」

「うん、そうだね。ごめんね、疑ったりして。俊がそんなひどいことするわけないのに」

「ああ。僕は亜美を傷つけたりしないよ」

 亜美は、愛する夫の腕の中で猜疑心が消えて心が穏やかになっていくのを感じていた。
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