傀儡妃は幼馴染の王太子をひたすら愛する

田鶴

文字の大きさ
5 / 72
第1章 疑似兄妹

4.貧民街

しおりを挟む
 アントンはルイトポルトを発奮させるため、クレーベ王国の闇をもっと見せようと決意した。そのために貧民街を視察しようと提案したが、貧民街は高貴な者が安全に視察できる場所ではないため、もちろん公式な視察ではない。アントンの子飼いの騎士1名とアントン、ルイトポルトの3人で貧民に身をやつして貧民街を見学するのである。

 貧民のような恰好をする以上、剣や銃をあからさまに腰にぶら下げて行くわけにはいかない。それぞれ短剣をズボンの中に、拳銃をカバンの中に忍ばせ、シャツの下には目立たない厚さの防弾チョッキを着こんでいくことになった。ルイトポルトはまだ12歳だが、パトリツィアの護衛騎士ゲオルグに負けて以来、剣や射撃の訓練に熱をあげており、優秀な成績を修めている。

 決行の日は、アントンと志を同じくする家庭教師の授業をルイトポルトが受けるふりをして従騎士の変装をして王宮を出て行った。平民街にあるアントンの協力者の家で貧民に変装し、徒歩で貧民街へ向かう。その間に、3人は注意事項をもう一度確認した。

「この家を出たら殿下に敬称は使わず、ヤンと呼びます。私達が殿下の両側か前後を歩きますが、殿下はその間から出ないようにして下さい。住民に見られてもすぐに目をそらすように。滞在時間は長くできません。危険を感じたらすぐに戻ります」

 これ以降、ヤンというのがルイトポルトのお忍びの時の名前となった。

 貧民街に近づくにつれて、ごみと排泄物の混じった悪臭が強くなり、物乞いや行き倒れらしき人々が増えてきた。外壁と屋根を板や布で作った小さなバラック小屋が汚い道の両側に所狭しと建っている。いくら3人が貧民らしき恰好をしていても、ルイトポルトのそこはかとなく感じられる高貴な雰囲気と主人を守ろうとする2人の殺気で住民にはすぐによそ者とわかってしまい、3人はバラック小屋の前でブラブラしている住民にじっと見られて居心地が悪くなった。

 そのまま道なりに行くと、バラック小屋がはみ出して道が狭くなっている場所に出くわし、道の両側に溜まっているごみと排泄物を避けるため、3人の隊列が少し乱れた。その隙に小さな影がルイトポルトにアタックしようとし、騎士が素早くその腕をひねりあげた。

「いてぇ! 離せっ! レディに何しやがるっ!」

 小さな影は、汚い頭陀袋に頭と手足用に穴を開けたような物を被り、脂汚れでベタベタした黒いざんばら髪に薄汚れた顔とヒョロヒョロした手足をしていて一見、少年のように見えた。ルイトポルトよりも2、3歳程年下の子供のように見えたが、貧民街の子供は栄養状態が悪いので、一概には何とも言えない。

「お前、女だったのか!」
「失礼だな!」

 騎士が驚くと、少女は憤慨した。

「いいから、もう放してやろう――これ、やるよ。俺達が見えなくなってから開けるんだぞ」

 ルイトポルトはカバンから小さな包みを出すと、少女の薄汚れた手の上に置き、両手でくるんで包みを握らせた。

「え? いいの?」
「ああ。でも見せびらかすんじゃないぞ」
「ありがとう!」

 少女はさっきと打って変わって綻ぶような笑顔になった。わざとらしく煤で汚したルイトポルトの顔を彼女が覗き込むと、黒い瞳とルイトポルトの透き通るような青い瞳の視線が合った。

「お前、お姫サマを救う王子サマみたいだよ!」
「これっぽちで大袈裟だよ。それに『お姫様』は自意識過剰じゃないか?」
「失礼だな! こんなに汚れた王子もいないよっ!」
「ヤン、行こう」

 アントンは『無礼者!』と叫びたくなったが、辛うじて我慢した。でも話が長くなって住民の注目を浴びたくないので、2人の話を遮った。

 3人はすぐに踵を翻して貧民街の出口の方向へ去って行った。少女は道の真ん中でその背中をじっと見ていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

幼馴染と夫の衝撃告白に号泣「僕たちは愛し合っている」王子兄弟の関係に私の入る隙間がない!

佐藤 美奈
恋愛
「僕たちは愛し合っているんだ!」 突然、夫に言われた。アメリアは第一子を出産したばかりなのに……。 アメリア公爵令嬢はレオナルド王太子と結婚して、アメリアは王太子妃になった。 アメリアの幼馴染のウィリアム。アメリアの夫はレオナルド。二人は兄弟王子。 二人は、仲が良い兄弟だと思っていたけど予想以上だった。二人の親密さに、私は入る隙間がなさそうだと思っていたら本当になかったなんて……。

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

夫「お前は価値がない女だ。太った姿を見るだけで吐き気がする」若い彼女と再婚するから妻に出て行け!

佐藤 美奈
恋愛
華やかな舞踏会から帰宅した公爵夫人ジェシカは、幼馴染の夫ハリーから突然の宣告を受ける。 「お前は価値のない女だ。太った姿を見るだけで不快だ!」 冷酷な言葉は、長年連れ添った夫の口から発せられたとは思えないほど鋭く、ジェシカの胸に突き刺さる。 さらにハリーは、若い恋人ローラとの再婚を一方的に告げ、ジェシカに屋敷から出ていくよう迫る。 優しかった夫の変貌に、ジェシカは言葉を失い、ただ立ち尽くす。

「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。 「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」 ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。

最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。 幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。 一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。 ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。

私を大切にしなかった貴方が、なぜ今さら許されると思ったの?

佐藤 美奈
恋愛
財力に乏しい貴族の家柄の娘エリザベート・フェルナンドは、ハリントン伯爵家の嫡男ヴィクトルとの婚約に胸をときめかせていた。 母シャーロット・フェルナンドの微笑みに祝福を感じながらも、その奥に隠された思惑を理解することはできなかった。 やがて訪れるフェルナンド家とハリントン家の正式な顔合わせの席。その場で起こる残酷な出来事を、エリザベートはまだ知る由もなかった。 魔法とファンタジーの要素が少し漂う日常の中で、周りはほのぼのとした雰囲気に包まれていた。 腹が立つ相手はみんなざまぁ! 上流階級の名家が没落。皇帝、皇后、イケメン皇太子、生意気な態度の皇女に仕返しだ! 貧乏な男爵家の力を思い知れ!  真の姿はクロイツベルク陛下、神聖なる至高の存在。

婚約した幼馴染の彼と妹がベッドで寝てた。婚約破棄は嫌だと泣き叫んで復縁をしつこく迫る。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のオリビアは幼馴染と婚約して限りない喜びに満ちていました。相手はアルフィ皇太子殿下です。二人は心から幸福を感じている。 しかし、オリビアが聖女に選ばれてから会える時間が減っていく。それに対してアルフィは不満でした。オリビアも彼といる時間を大切にしたいと言う思いでしたが、心にすれ違いを生じてしまう。 そんな時、オリビアは過密スケジュールで約束していたデートを直前で取り消してしまい、アルフィと喧嘩になる。気を取り直して再びアルフィに謝りに行きますが……

彼女よりも幼馴染を溺愛して優先の彼と結婚するか悩む

佐藤 美奈
恋愛
公爵家の広大な庭園。その奥まった一角に佇む白いガゼボで、私はひとり思い悩んでいた。 私の名はニーナ・フォン・ローゼンベルク。名門ローゼンベルク家の令嬢として、若き騎士アンドレ・フォン・ヴァルシュタインとの婚約がすでに決まっている。けれど、その婚約に心からの喜びを感じることができずにいた。 理由はただ一つ。彼の幼馴染であるキャンディ・フォン・リエーヌ子爵令嬢の存在。 アンドレは、彼女がすべてであるかのように振る舞い、いついかなる時も彼女の望みを最優先にする。婚約者である私の気持ちなど、まるで見えていないかのように。 そして、アンドレはようやく自分の至らなさに気づくこととなった。 失われたニーナの心を取り戻すため、彼は様々なイベントであらゆる方法を試みることを決意する。その思いは、ただ一つ、彼女の笑顔を再び見ることに他ならなかった。

処理中です...