傀儡妃は幼馴染の王太子をひたすら愛する

田鶴

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第3章 激動の王国

61.もう1つの真実の愛

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 ペトラが義兄ヨルクと関係を持ったのは1度きりだったが、アントンとはその後、何度も関係を持った。その頃にはクーデター後の政情不安で例の避妊薬が入手しづらくなり、事後に飲まなかった事もあった。でも10年以上飲んでいた避妊薬は副作用として大抵不妊になるので、ペトラは楽観視していた。

 ところが、吐き気が何日も続いたため、町医者にかかって妊娠が判明した。ヨルクと性交した後は生理が来たし、その後はクーデター成功で調査対象者と関係を持つ必要もなくなったので、心当たりがあるのはアントンだけだった。

 ペトラはこれを逃したらもう子供を持てないかもしれないと思ったので、アントンには言わずに産むつもりだった。アントンに辞意を伝えたところ、引き留められたが決意は固く、ヨルクにも内緒で王都を去る用意を進めていた。

 アントンのマンダーシャイド伯爵家の敷地内には、彼が個人的に雇っている影専用の住宅があり、ペトラもヨルクもそこに住んでいた。

 夜が更けてほとんどの人が眠った頃、ペトラは最低限の荷物をまとめて影専用の住宅を出た。すると突然背後から肩を掴まれてペトラは驚いた。何の気配も感じさせずに近づけるのは影しかいない。振り返ったらヨルクだったので、ペトラはほっとしたが、彼が厳しい表情をしているのには訝しんだ。

「なんだ、義兄さんか。驚かせないでよ」
「こんな夜更けに荷物を持ってどこにいくつもりだ?」
「アントン様に辞めるって話したの」
「だからって夜に出て行く必要はないだろう?」
「いつだっていいじゃない」
「駄目だ!」

 ヨルクはペトラをいきなり抱き締めた。ペトラは急に体を締め付けられて少し収まっていた悪阻がまたぶり返した。

「うっ! 義兄さん、は、離して! 吐いちゃう!」
「どうしたんだ?!」

 ペトラが吐いている間、ヨルクは彼女の背中をひたすら擦った。吐き気がやっと収まってペトラが立ち上がると、ヨルクはおずおずと口を開いた。

「なぁ、ペトラ。お前……違ってたら悪いんだけど……妊娠しているんじゃないか?」
「だったらどうだって言うの? 私は産むわよ。10年以上も避妊薬飲んでいたのに私の所に来てくれたのよ。これを逃したらもう子供を持つ事なんてできないかもしれない。やっと家族を持てるのよ」
「その家族の中に俺は入ってないんだね……」
「あ……ごめん……私が言ったのは血の繋がったって意味で……義兄さんは血の繋がりはないけど、もちろん家族だよ。貧民街で義兄さんがいなかったら、私は今、生きていなかったと思う」
「これからも家族として一緒に……子供も一緒に3人で暮らさないか」
「それってプロポーズ?」
「あ、いや、その……そうだよ。ロマンチックじゃなくてごめん」
「義兄さんともヤっちゃったけど、義兄さんは兄として好きだよ。だから結婚は考えられない」
「今はそれでもいい。一緒に暮らさないか? 今すぐじゃなくていいから、一緒に住む中で俺の事もゆっくり考えてくれればいいよ」
「でも……この子は義兄さんの子供じゃないよ」
「分かってる。アントン様の子だろう? アントン様には言ったのか?」
「言わないよ。奥様に申し訳ないし、アントン様を愛している訳でもないから」
「そうか。でもお前は殿下――いや、陛下の事が好きだっただろう? それはもういいのか?」
「うん。初恋だったとは思うけど、もうそんな気持ちはないよ。それに陛下の目にはパトリツィア様しか映ってないし、私みたいな身分の低い穢れた女に好かれても迷惑でしょ」
「お前は穢れてないよ」

 ヨルクはペトラをそっと抱き寄せ、額にキスをした。

「俺と一緒にここを出よう。この子はお前と俺の子だ」
「でも……」
「じゃなきゃ、身重でここを辞めてどうやって生きていくんだ? それにお前が1人で子供を産むなんて心配で俺はどうにかなりそうなんだ。頼む、俺を助けてくれると思って一緒に行こう」

 ヨルクはペトラの両腕を掴み、頭を下げた。

「……結婚してもすぐには義兄さんを男として見れないよ」
「それでもいい! 頼む!」
「私、ずっと避妊薬を飲んでいたから、義兄さんの子供を産んであげられないかもしれないよ」
「それでもいい。今のお腹の子が俺達の子だ。頼む!」

 ペトラはヨルクの申し出を受け入れ、翌日のヨルクとアントンの面談の後に一緒にマンダーシャイド伯爵家の影の家を出て行く事にした。

 辞意を既に伝えたペトラ以外の部下の行き先について、アントンは全員と個人面談をしていた。アントンが平民になれば、彼らを雇い続けられないし、クーデターが成功した以上、王家の影と別に内密で諜報活動をする必要がなくなったからだ。もちろん諜報活動は、引き続き王家の影が行うから、部下達が希望するなら王家の影に移動してもらう事になった。アントンの下で動いていた占い婆さんや職業斡旋所のアレックスは、既にアントンの配下から離れ、王家の影所属になっている。

「ヨルク、本当に王家の影に行かないのか?」
「アントン様、人を騙すのは、もう沢山なんです。私は前王弟殿下の事、嫌いではありませんでした。あの方はちょっと浮世離れしていましたが、善人でした。その方を騙して……結局死なせてしまって……」

 ヨルクは嗚咽してしまって最後まで口にできなかった。

「何も殺さなくたって……よかったのに」
「何か誤解があるようだが、彼は盗賊に殺されたと報告されている」
「白々しい! 彼はもう何も持っていなかったでしょう?」
「彼は、極悪人の元宰相に協力して王位を簒奪しようとしていたんだ。その罪は重い」
「でもそれも踏まえて正式に去勢の上で生涯幽閉に決まったんじゃないですか!」
「彼は脱獄して他の囚人2人を拉致した」
「だからってこんな殺し方はないでしょう?! これでは陛下の禁止している私刑ですよ!」

 ヨルクはもう辞めると決意した以上、アントンの前で歯に衣着せぬ言葉を口に出すのを躊躇せず、アントンに食って掛かった。それにペトラの事でついとげとげしい態度が出てしまったのもあった。

「止めたまえ。とにかく君の希望は分かった。でも君程の実力者がもったいないな。騎士団への転職はどうだ?」
「それも結構です。それとペトラは私と結婚して一緒に行きます。子供もできました」
「そ、そうか。おめでとう」

 ヨルクは返事もせずに面談の場から去り、その日のうちにペトラと共にマンダーシャイド伯爵家を出て行った。

 7ヶ月後、クレーベ王国の王都から離れた小さな町で女の子が産声を上げた。夫婦はその子以外に子供を授からなかったが、末永く家族3人仲良く幸せに暮らした。
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