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第3章 激動の王国
65.内乱の芽
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即位したルイトポルトは、国内外の問題の対処で多忙を極めていた。それでもパトリツィアの行方を捜すのは諦めていなかった。妻との関係を改善したアントンは、思う所があったのか、パトリツィアの捜索に前ほど反対せず、ルイトポルトの再婚話も以前はあれ程しつこく言っていたのにぱったりとしなくなった。
前国王の死と前宰相一派の断罪から始まったクーデターは、周到な準備もあってあっさりと終わったが、その後の問題は山積みである。民主派と旧来の貴族の対立や取り潰された貴族の領地の配属、王国全体の経済的な疲弊、食糧不足などの問題がくすぶり続けている。
それにまして新国王ルイトポルトの下での新体制に打撃を与えたのが、旧ゲルデルン公国の独立運動の激化であった。旧ゲルデルン公国独立運動は以前からあって弾圧されてきたのだが、クーデターでクレーベ王国が混乱しているのを狙ったかのように地下に潜っていた独立運動活動家が活発に動き出した。
ゲルデルン公国だったゲルデルン地方は、クレーベ王国の西側の国境近くにあり、100年程前にクレーベ王国に併合された。現在はゲルデルン地方の半分を旧公国の支配者だった大公の子孫がゲルデルン公爵として治めている。
残りの半分はパトリツィアの実家ツェーリンゲン公爵領の飛び地だったが、当主のベネディクトがクーデターで失脚し、家が取り潰しになって新しい領主はまだ決まっていない。現在、この領地は、旧宰相一派の領地の処遇が決まるまで隣の領主のパンヴィッツ伯爵が領主代理を務めている。だがパンヴィッツ伯爵家の現在の当主は長い物に巻かれがちで面倒を嫌い、ゲルデルン公爵領との間で問題が起きても爵位が下である事もあってゲルデルン公爵の言いなりになりがちである。最重要な独立運動対策でのゲルデルン公爵との協力も、ゲルデルン公爵側に圧されるばかりで上手く対処できていない。
併合から100年経っても、クレーベ王国民と旧ゲルデルン公国民の融合が進んだとは言い難い。その上、併合後のゲルデルン公爵への領地割り当てに遺恨が残った。元ツェーリンゲン領は、旧ゲルデルン公国の穀倉であったのに対し、ゲルデルン公爵領の土地は痩せている。公国だった頃は、同じ公国内の富める地域が貧しい地域を支えたが、別々の貴族の領地になってからはそんな支えは期待できない。ゲルデルン公爵家もただ手をこまねいていただけでなく、何か特産品を作ろうと努力していたが、どれもぱっとせず、公爵とは名ばかりの貧しい地方貴族になり下がった。それでも領主一族と彼らを支える領民の自尊心は高かった。
だが愛国心だけでは生きていけないと考える現実的な人間は、領地が潤う不確かな希望の実現を待てず、ゲルデルン公爵領を捨てて元ツェーリンゲン領やクレーベ王国の別の地域に移住した。一方、愛国意識の高い人間は留まり、実利を求めて移住した旧ゲルデルン公国民と豊かな地域を取り上げたクレーベ王国への反発が高まった。
ルイトポルトとアントンは、ゲルデルン公爵の独立運動への関与を疑ったが、ゲルデルン公爵はもちろん否定し、王家の影の調査でも関与の証拠は見つからなかった。
都合の悪い事に、近隣諸国はクーデターで混乱を極めているクレーベ王国の隙を見逃さなかった。旧ゲルデルン公国独立運動の激化した頃、以前から緊迫した関係だった東隣のテック王国が国境近くに軍を集結させていると国境の砦から報告が入った。ただ、旧ゲルデルン公国の両領地や他の国境の砦にも兵を割かないといけない上、王都や国中の治安維持も重要であり、東の国境だけに兵を送る訳にはいかなかった。だがクーデター後、軍は弱体化しており、これら全ての場所に派兵できない。旧宰相派の騎士の多くを去勢して出家させた今、軍の覇権をめぐって権力闘争が起き、指揮系統が混乱しているのだ。
元々、軍は騎士団から派生したものだが、両者が別物となって久しい。実際に騎士として騎士団で働いていたのは下級貴族もしくは高位貴族でも次男、三男が主であるが、軍に所属する平民の兵士に比べれば圧倒的に少なかった。騎士団の大部分は大昔に軍に改組され、残る騎士団はクーデター前から王族を守る近衛騎士団と王都を守る第1騎士団しかない。なのに騎士の大量処分が軍に影響を及ぼしたのは、騎士爵を持つ者が軍で出世してきたからだ。
新しい立憲君主制では、ルイトポルトは派兵の有無や規模を独断できないが、ルイトポルトとアントンも議会で発言や提案の権利を持ち、ルイトポルトには拒否権もある。もっとも拒否権は万能ではなく、議員の二分の一以上がルイトポルトの拒否に異議を唱えれば、議会はルイトポルトの拒否を採決できる。三分の二以上がルイトポルトの拒否を否決したら、議会の決議内容が通る。しかもルイトポルトは同じ案件に2度と拒否権を発動できなくなるので、拒否権発動は慎重に決断しなければならない。
派兵規模と派兵先を審議する臨時議会の前にルイトポルトは、アントンと内密に相談した。
「アントン、東の砦からの増援要請を無視する訳にはいかないな。増援1000人を提案しようと思うが、どうだ?」
「1000人じゃ焼け石に水ですよ。向こうは1万人規模で国境の向こうから睨みを利かせているんです」
「でも東の国境に新たに1万人も送れないぞ。兵士の駐屯場所も食料も足りないし、王都にもある程度兵を残しておかないといけない。それに東の砦に増援を送ったら、他の3つの砦にも送らないといけなくなるし、ゲルデルン地方の独立運動の暴力行為に対しても増援が必要だ」
「いっその事、旧ゲルデルン地方なんて捨てて独立してもらえばいいんですよ。苦しい中、食料だって治安維持の軍だって送っているのに不満たらたらで、全く現実を分かっていない。独立したら全部引き上げるって本当に理解しているんでしょうね?」
そこまで話した所で扉がノックされた。人払いをしていたのに……と2人は訝った。
前国王の死と前宰相一派の断罪から始まったクーデターは、周到な準備もあってあっさりと終わったが、その後の問題は山積みである。民主派と旧来の貴族の対立や取り潰された貴族の領地の配属、王国全体の経済的な疲弊、食糧不足などの問題がくすぶり続けている。
それにまして新国王ルイトポルトの下での新体制に打撃を与えたのが、旧ゲルデルン公国の独立運動の激化であった。旧ゲルデルン公国独立運動は以前からあって弾圧されてきたのだが、クーデターでクレーベ王国が混乱しているのを狙ったかのように地下に潜っていた独立運動活動家が活発に動き出した。
ゲルデルン公国だったゲルデルン地方は、クレーベ王国の西側の国境近くにあり、100年程前にクレーベ王国に併合された。現在はゲルデルン地方の半分を旧公国の支配者だった大公の子孫がゲルデルン公爵として治めている。
残りの半分はパトリツィアの実家ツェーリンゲン公爵領の飛び地だったが、当主のベネディクトがクーデターで失脚し、家が取り潰しになって新しい領主はまだ決まっていない。現在、この領地は、旧宰相一派の領地の処遇が決まるまで隣の領主のパンヴィッツ伯爵が領主代理を務めている。だがパンヴィッツ伯爵家の現在の当主は長い物に巻かれがちで面倒を嫌い、ゲルデルン公爵領との間で問題が起きても爵位が下である事もあってゲルデルン公爵の言いなりになりがちである。最重要な独立運動対策でのゲルデルン公爵との協力も、ゲルデルン公爵側に圧されるばかりで上手く対処できていない。
併合から100年経っても、クレーベ王国民と旧ゲルデルン公国民の融合が進んだとは言い難い。その上、併合後のゲルデルン公爵への領地割り当てに遺恨が残った。元ツェーリンゲン領は、旧ゲルデルン公国の穀倉であったのに対し、ゲルデルン公爵領の土地は痩せている。公国だった頃は、同じ公国内の富める地域が貧しい地域を支えたが、別々の貴族の領地になってからはそんな支えは期待できない。ゲルデルン公爵家もただ手をこまねいていただけでなく、何か特産品を作ろうと努力していたが、どれもぱっとせず、公爵とは名ばかりの貧しい地方貴族になり下がった。それでも領主一族と彼らを支える領民の自尊心は高かった。
だが愛国心だけでは生きていけないと考える現実的な人間は、領地が潤う不確かな希望の実現を待てず、ゲルデルン公爵領を捨てて元ツェーリンゲン領やクレーベ王国の別の地域に移住した。一方、愛国意識の高い人間は留まり、実利を求めて移住した旧ゲルデルン公国民と豊かな地域を取り上げたクレーベ王国への反発が高まった。
ルイトポルトとアントンは、ゲルデルン公爵の独立運動への関与を疑ったが、ゲルデルン公爵はもちろん否定し、王家の影の調査でも関与の証拠は見つからなかった。
都合の悪い事に、近隣諸国はクーデターで混乱を極めているクレーベ王国の隙を見逃さなかった。旧ゲルデルン公国独立運動の激化した頃、以前から緊迫した関係だった東隣のテック王国が国境近くに軍を集結させていると国境の砦から報告が入った。ただ、旧ゲルデルン公国の両領地や他の国境の砦にも兵を割かないといけない上、王都や国中の治安維持も重要であり、東の国境だけに兵を送る訳にはいかなかった。だがクーデター後、軍は弱体化しており、これら全ての場所に派兵できない。旧宰相派の騎士の多くを去勢して出家させた今、軍の覇権をめぐって権力闘争が起き、指揮系統が混乱しているのだ。
元々、軍は騎士団から派生したものだが、両者が別物となって久しい。実際に騎士として騎士団で働いていたのは下級貴族もしくは高位貴族でも次男、三男が主であるが、軍に所属する平民の兵士に比べれば圧倒的に少なかった。騎士団の大部分は大昔に軍に改組され、残る騎士団はクーデター前から王族を守る近衛騎士団と王都を守る第1騎士団しかない。なのに騎士の大量処分が軍に影響を及ぼしたのは、騎士爵を持つ者が軍で出世してきたからだ。
新しい立憲君主制では、ルイトポルトは派兵の有無や規模を独断できないが、ルイトポルトとアントンも議会で発言や提案の権利を持ち、ルイトポルトには拒否権もある。もっとも拒否権は万能ではなく、議員の二分の一以上がルイトポルトの拒否に異議を唱えれば、議会はルイトポルトの拒否を採決できる。三分の二以上がルイトポルトの拒否を否決したら、議会の決議内容が通る。しかもルイトポルトは同じ案件に2度と拒否権を発動できなくなるので、拒否権発動は慎重に決断しなければならない。
派兵規模と派兵先を審議する臨時議会の前にルイトポルトは、アントンと内密に相談した。
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