25 / 72
雪女と狼男
しおりを挟む(ま、――――ずッ!?)
身に迫る凶爪に対し相一がとった行動は、スマホを操作しコード3の光鎖から身を守るためのコード2の結界を呼び出す術式に切り替えるというものだった。
ガッギィィイイイ!! と、金属バットを思い切り壁に叩きつけた様な音が狭い事務所内に鳴り響く。
立方体を厚くそのまま上下に伸ばしたような形状の結界は、狼男の爪から相一の身を守った。が、その衝撃は完全に防ぐ事ができず砲弾の様な勢いで弾き飛ばされる事となった。業務用デスクを巻き込みながら壁に激突し、ようやくその動きを止める。
「所長!?」
「探偵さん!」
「……大丈夫、……ですか!?」
璃亜達の悲痛な叫びが遥か遠くから聞こえる。実際にはすぐ近くに駆けつけているのだが今の相一には届かない。
「へぇ、中々器用で芸達者じゃねぇか。あの一瞬で武器を切り替え俺の爪撃を防ぎきる結界を貼るなんてよ」
意外な手応えに少し驚いた様子を見せる狼男だが、それはどちらかと言うと嬉しい誤算に出会った時のそれに見える。その時、部屋の温度が急激に下がった。
「――――ッ!?」
銀月は狼の妖怪だ。自慢の毛皮は物理攻撃のダメージを軽減するだけでなく、寒さにも強い耐性を持っている。そんな彼が、無意識の内に身震いしていた。
(これは……、)
冷たく、凍りつく様な殺気が周囲を埋め尽くしていく。
「……お前か。――――雪女ッ!!」
凍てつく殺気を向けられ、狼男の表情が好戦的な笑みに塗りつぶされる。
「吸血鬼が目当てとか、アンタが吸血鬼に並ぶ力を持つ人狼とか、今が夏で普段の半分以下の力しか出せないとか、そんな事はもう、……どうでもいい」
その右手には、透明な氷で作られた鋭い剣が握られている。
「アンタは、アタシの目の前で相一を傷つけた。……だからアタシはアンタを殺す。一切の妥協も、容赦もしない。アンタの細胞の全てが死ぬまで、凍らせ、砕き、切り刻む。……これは、そういう戦いよ」
「はは、ただの雪女かと思ったが蓋を開けてみれば随分な化け物だった、ってかぁ!?」
氷柱の発する妖力の混ざった冷気に銀月から初めて余裕が消える。
「璃亜、みんなを事務所の外に連れ出して。……多分、加減できないから」
「…………氷柱さん。…………お気をつけて」
璃亜と詩織が意識のはっきりしない相一に肩を貸し、出口へと向かう。
その後ろを付いていく千里が振り返り、不安そうな顔を向ける。
「……氷柱ちゃん」
「心配すんなちびっ子。うちの最大戦力が起動するまでの時間稼ぎよ」
最後の一人が事務所から去ったの確認し、氷柱は改めて狼男に向き直る。
「わざわざ待っててくれたの? 意外と律儀じゃない」
「気にすんな、第一希望は吸血鬼だが闘って手強い相手ならなんでもいいさ」
両腕をだらりと下げ挑発的な笑みを浮かべる銀月。
「だからまあ、準備運動ぐらにはなってくれよ? ――雪女ァ!!」
ドンッ! と、銀月が床を蹴る。撃ちだされた砲弾の様に氷柱に突撃する狼男。そこに作戦や読み合いといった些末な物は存在しない。正面から突っ込んで叩き潰す、それが彼の戦闘スタイルだった。真冬の様な気温になりつつあるこの部屋において、さらに冷たい声が透き通る。
「――――凍りなさい」
氷柱が何かの照準を合わせるように、手にした剣の切っ先を狼男に向ける。
同時に。
ガグン! と、突然銀月の動きが止まる。まるで……両足を地面に縫い付けられたかのように。彼の両足は氷を介して事務所の床と一体化していた。
「まだわかんねぇか? お前のその脆い氷じゃ俺を縛り付ける事……は、…………っ!?」
溝にはまった足を持ち上げる程度の気持ちで、といってもそれだけで大の大人の十人ぐらいなら吊り下げられる力はるが……、それでも氷の足枷を引きちぎる事はできなかった。
(く、砕けねぇ!? さっきよりも強度が上がってやがる!!)
「アンタの言うとおり、この季節にアタシ達雪女が人狼なんていう筋肉馬鹿とやりあうなんて無茶な話だけど……」
それなら、と雪女が言葉を続ける。
「話は簡単よ。この部屋の温度を真冬と同等かそれ以下にまで下げてやればいい、そうすれば限定的とは言え全力に近い力を発揮する事ができるって訳。ま、そのために結構力を割いちゃってるから、本末転倒的な所はあるけど、……この状況でアンタとまともに相対しようと思えばコレぐらいしないと駄目っぽいし」
それはつまり、雪女が苦手なこの夏に人狼という存在と対等に渡り合おうとするならばそれ程の無理をしなければいけない。そこまでしなければ戦闘という形にすらならない、それ程の力量差が二人の間には有るということだ。
だが、今なら違う。
現在、事務所内の気温は10℃以下。肌寒い、では済まされない真冬の山奥並の気温だ。並の人間なら当然、寒さに不慣れな妖怪でも身体機能に不調をきたすレベルの物だ。
そして、寒ければ寒い程チカラが増すのが雪女という妖怪である。
氷柱の背後に、右手の剣と同じものが大量に生み出されていく。それらの切っ先は全て身動きのできない銀月に向けられていた。
「…………おいおい、何だそりゃ。――――人間剣山でも作るつもりか?」
「安心しなさい、すぐに何も感じなくなるわ、――――すぐにね」
氷柱が氷剣を掲げ、そして振り下ろす。
ギャリン! という音と共に無数の氷剣が一斉に射出される。
その弾幕は地面に縫い付けられた狼男を一瞬で飲み込み、その鋭く冷たい刃で切り刻んでいく。氷剣による豪雨は約一分間にも及び、ようやく事務所内に静寂が戻ってきた頃にはその原型が崩れかけていた。狼男がいた位置には、瓦礫の山に何十という数の氷剣が突き立っている。
「やった、かしら?」
氷柱が手にしていた氷剣がパキンと砕け散る。それは彼女の力が底をついた事を意味していた。元々、事務所内の気温を劇的に低下させ人狼と渡り合えるだけの状況を創りだすのにその力の大半を使用し、その上でさらに全開に近い出力での攻撃、例えるなら50メートル走のためのウォーミングアップでフルマラソンを完走するようなものだ。
そんな状態で長く戦闘を続けられる訳がない。現に氷柱は肩で息をしており、その顔は桁外れの疲労でゆがんでいる。
(……それでも、……何とかなった)
狼男に多少なり油断があったのも事実だろう。真夏の雪女など大した力は無いものだという考えがあっても仕方ない、実際並の雪女なら部屋の気温を下げる事はできてもその上であれだけの物量攻撃が可能な個体はそう多くない。
それだけ白山氷柱という雪女が桁外れの妖力を秘めている、という事でもあるのだが。
(部屋の気温も戻ってきたし、外で待たせてるあいつらを呼んで……っ!?)
事務所の隅で何かが動く気配と瓦礫の崩れる音がした。ギョッとした氷柱が音の方へ視線を向ける。
そこには――――。
0
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
はい!喜んで!
みおな
恋愛
伯爵令嬢のシリルは、婚約者から婚約破棄を告げられる。
時を同じくして、侯爵令嬢のリエルも、婚約者から婚約破棄を告げられる。
彼女たちはにっこりと微笑んで答えた。
「はい。喜んで」
で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる