吸血秘書と探偵事務所

かみこっぷ

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雪女と狼男

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(ま、――――ずッ!?)

身に迫る凶爪に対し相一がとった行動は、スマホを操作しコード3の光鎖から身を守るためのコード2の結界を呼び出す術式に切り替えるというものだった。

ガッギィィイイイ!! と、金属バットを思い切り壁に叩きつけた様な音が狭い事務所内に鳴り響く。

立方体を厚くそのまま上下に伸ばしたような形状の結界は、狼男の爪から相一の身を守った。が、その衝撃は完全に防ぐ事ができず砲弾の様な勢いで弾き飛ばされる事となった。業務用デスクを巻き込みながら壁に激突し、ようやくその動きを止める。

「所長!?」

「探偵さん!」

「……大丈夫、……ですか!?」

璃亜達の悲痛な叫びが遥か遠くから聞こえる。実際にはすぐ近くに駆けつけているのだが今の相一には届かない。

「へぇ、中々器用で芸達者じゃねぇか。あの一瞬で武器を切り替え俺の爪撃を防ぎきる結界を貼るなんてよ」

意外な手応えに少し驚いた様子を見せる狼男だが、それはどちらかと言うと嬉しい誤算に出会った時のそれに見える。その時、部屋の温度が急激に下がった。

「――――ッ!?」

銀月は狼の妖怪だ。自慢の毛皮は物理攻撃のダメージを軽減するだけでなく、寒さにも強い耐性を持っている。そんな彼が、無意識の内に身震いしていた。

(これは……、)

冷たく、凍りつく様な殺気が周囲を埋め尽くしていく。

「……お前か。――――雪女ッ!!」

凍てつく殺気を向けられ、狼男の表情が好戦的な笑みに塗りつぶされる。

「吸血鬼が目当てとか、アンタが吸血鬼に並ぶ力を持つ人狼とか、今が夏で普段の半分以下の力しか出せないとか、そんな事はもう、……どうでもいい」

その右手には、透明な氷で作られた鋭い剣が握られている。

「アンタは、アタシの目の前で相一を傷つけた。……だからアタシはアンタを殺す。一切の妥協も、容赦もしない。アンタの細胞の全てが死ぬまで、凍らせ、砕き、切り刻む。……これは、そういう戦いよ」

「はは、ただの雪女かと思ったが蓋を開けてみれば随分な化け物だった、ってかぁ!?」

氷柱の発する妖力の混ざった冷気に銀月から初めて余裕が消える。

「璃亜、みんなを事務所の外に連れ出して。……多分、加減できないから」

「…………氷柱さん。…………お気をつけて」

璃亜と詩織が意識のはっきりしない相一に肩を貸し、出口へと向かう。

その後ろを付いていく千里が振り返り、不安そうな顔を向ける。

「……氷柱ちゃん」

「心配すんなちびっ子。うちの最大戦力が起動するまでの時間稼ぎよ」

最後の一人が事務所から去ったの確認し、氷柱は改めて狼男に向き直る。

「わざわざ待っててくれたの? 意外と律儀じゃない」

「気にすんな、第一希望は吸血鬼だが闘って手強い相手ならなんでもいいさ」

両腕をだらりと下げ挑発的な笑みを浮かべる銀月。

「だからまあ、準備運動ぐらにはなってくれよ? ――雪女ァ!!」

ドンッ! と、銀月が床を蹴る。撃ちだされた砲弾の様に氷柱に突撃する狼男。そこに作戦や読み合いといった些末な物は存在しない。正面から突っ込んで叩き潰す、それが彼の戦闘スタイルだった。真冬の様な気温になりつつあるこの部屋において、さらに冷たい声が透き通る。

「――――凍りなさい」

氷柱が何かの照準を合わせるように、手にした剣の切っ先を狼男に向ける。

同時に。

ガグン! と、突然銀月の動きが止まる。まるで……両足を地面に縫い付けられたかのように。彼の両足は氷を介して事務所の床と一体化していた。

「まだわかんねぇか? お前のその脆い氷じゃ俺を縛り付ける事……は、…………っ!?」

溝にはまった足を持ち上げる程度の気持ちで、といってもそれだけで大の大人の十人ぐらいなら吊り下げられる力はるが……、それでも氷の足枷を引きちぎる事はできなかった。

(く、砕けねぇ!? さっきよりも強度が上がってやがる!!)

「アンタの言うとおり、この季節にアタシ達雪女が人狼なんていう筋肉馬鹿とやりあうなんて無茶な話だけど……」

それなら、と雪女が言葉を続ける。

「話は簡単よ。この部屋の温度を真冬と同等かそれ以下にまで下げてやればいい、そうすれば限定的とは言え全力に近い力を発揮する事ができるって訳。ま、そのために結構力を割いちゃってるから、本末転倒的な所はあるけど、……この状況でアンタとまともに相対しようと思えばコレぐらいしないと駄目っぽいし」

それはつまり、雪女が苦手なこの夏に人狼という存在と対等に渡り合おうとするならばそれ程の無理をしなければいけない。そこまでしなければ戦闘という形にすらならない、それ程の力量差が二人の間には有るということだ。

だが、今なら違う。

現在、事務所内の気温は10℃以下。肌寒い、では済まされない真冬の山奥並の気温だ。並の人間なら当然、寒さに不慣れな妖怪でも身体機能に不調をきたすレベルの物だ。

そして、寒ければ寒い程チカラが増すのが雪女という妖怪である。

氷柱の背後に、右手の剣と同じものが大量に生み出されていく。それらの切っ先は全て身動きのできない銀月に向けられていた。

「…………おいおい、何だそりゃ。――――人間剣山でも作るつもりか?」

「安心しなさい、すぐに何も感じなくなるわ、――――すぐにね」

氷柱が氷剣を掲げ、そして振り下ろす。

ギャリン! という音と共に無数の氷剣が一斉に射出される。

その弾幕は地面に縫い付けられた狼男を一瞬で飲み込み、その鋭く冷たい刃で切り刻んでいく。氷剣による豪雨は約一分間にも及び、ようやく事務所内に静寂が戻ってきた頃にはその原型が崩れかけていた。狼男がいた位置には、瓦礫の山に何十という数の氷剣が突き立っている。

「やった、かしら?」

氷柱が手にしていた氷剣がパキンと砕け散る。それは彼女の力が底をついた事を意味していた。元々、事務所内の気温を劇的に低下させ人狼と渡り合えるだけの状況を創りだすのにその力の大半を使用し、その上でさらに全開に近い出力での攻撃、例えるなら50メートル走のためのウォーミングアップでフルマラソンを完走するようなものだ。

そんな状態で長く戦闘を続けられる訳がない。現に氷柱は肩で息をしており、その顔は桁外れの疲労でゆがんでいる。

(……それでも、……何とかなった)

狼男に多少なり油断があったのも事実だろう。真夏の雪女など大した力は無いものだという考えがあっても仕方ない、実際並の雪女なら部屋の気温を下げる事はできてもその上であれだけの物量攻撃が可能な個体はそう多くない。

それだけ白山氷柱という雪女が桁外れの妖力を秘めている、という事でもあるのだが。

(部屋の気温も戻ってきたし、外で待たせてるあいつらを呼んで……っ!?)

事務所の隅で何かが動く気配と瓦礫の崩れる音がした。ギョッとした氷柱が音の方へ視線を向ける。

そこには――――。
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