異世界に飛ばされたけど趣味スキルをフル活用してなんとか生き抜いてます

かみこっぷ

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始まりは人それぞれで

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なんでなんでなんでなんでなんでなんでッ!?

なんでこんな事になった?? 俺が何したって言うんだよ!

いつも通り朝起きて、いつも通り学校行って、いつも通り授業受けて、いつも通り友達と馬鹿話して、いつも通り部活に出て、いつも通りの帰り道――――――だった筈なのに!!

なんで俺はこの大雨の中で傘も差さずに全力で走っているのか。

「…………はぁ…………はぁ…………ッ」

ジクリと痛む腕を押さえる。熱い、痛い、怖い、そんな感覚がパレットでぐちゃぐちゃに塗りつぶした絵の具の様に体中を埋め尽くしている。

生まれて初めてナイフで切られた。刃物で切られるとその瞬間は意外と痛みが無い事を知った。そしてその後、じわじわと傷口が熱を持ちその次に痛みがやってくるという事も。

「クソ、痛ぇ。血も出てるし早く病院にもいかないと」

ばしゃばしゃと水溜まりを勢いよく踏みつけながら土砂降りの夜の町を全力で駆ける。恐怖と全力ダッシュでまともに呼吸も出来ず、酸素の不足した体は俺の意思に反してその場に座り込んでしまう。

恐る恐る背後を振り返ってみるもののそこには消えかかった街灯と電柱が整然と並んでいるだけだった。

いくら夜の大雨で視界が悪いとはいえ道路の真ん中で座り込むのは『奴』に見つけてくれと言っている様なものだと思い、一番近くの電柱の陰へと這う様に移動する。

「あいつがニュースでやってた雨降り殺人鬼レイニーザリッパーか……っ」

雨降り殺人鬼レイニーザリッパーはここ数年日本中を騒がしている連続殺人鬼だ。

被害者は老若男女幅広く、場所も北は北海道から南は沖縄まで文字通り日本全国各地で犠牲者が出ている。手口は単純で鋭い刃物で全身をめった刺し、シンプルかつ明確に人の命を奪う行為に一切躊躇が見られないその凄惨な現場を見た警察関係者からかつて19世紀後半にイギリスで名を馳せた連続殺人鬼ジャックザリッパーになぞらえた呼び名を付けられる程の残虐性。そしてその呼び名のもう半分の由来、それは犯行が全て雨の日に行われているという点だ。

雨降り殺人鬼レイニーザリッパーを追う警察の人間が言うには雨の日に犯行を行うというのはある意味理に叶っており、凶器が全て刃物という点からもわかる通りあんな殺し方をしたのでは返り血の量も尋常じゃないものになるだろうということや雨の日であれば視界も悪く狙いの獲物に忍び寄る足音さえも雨音がかき消してくれる。そういう意味ではレイニーザリッパーが雨の日に好んで犯行に及ぶのは非常に合理的でありその点から犯人は高い知能を持ち狡猾な性格をしていると言われている。その一方で使い終わった凶器のナイフを現場に残していくこともあるなど詰めが甘く、きまぐれな行動が目立つとも言われている。

「冗談じゃねえ……。なんとかリッパーだかなんだか知らねえけどこんな所で殺されてたまるか……!」

少し休めたおかげで呼吸が落ち着いてきた。相変わらず足は震えたままだ、でもここにいつまでも隠れていられる訳でもない。

俺は自分の両脚を拳で殴りつけた。かなり強めに殴り過ぎたのかじんじんとした痛みが後をひく。でおおかげで、震えは止まった――――――これなら走れる。

電柱の陰から周囲を見渡し近くに人影がいない事を確認した俺は意を決してその場から飛び出した。

「とにかく少しでもここを離れて警察かなんかに電話を…………?」

こんな日に限って家に携帯を忘れてくるなんて。自分でも信じられないくらい間が悪いと思う。
いやそもそも、いつも通りの帰り道で連続殺人犯に出くわす事自体がこれ以上ないくらいにはついてないって話だけど。

そんな事を考えながら走る俺の目の前に一つの人影がふらりと現れた。

「…………っ?!」 

一瞬で喉が干上がる。急にブレーキをかけようとした脚がもつれて転びそうになる所をなんとか堪えた。

こちらに背を向けて立つその人物は右手に傘を、左手に革のカバンを下げたスーツ姿の男だった。

あいつじゃない、そう思うとほっとして気が抜けた。そしてそれが大きな間違いだったことにはすぐに気づいた。

「あの、助けてください――――ッ! あいつがレイニーザリッパーがこの辺りに…………」

言い終えるよりも早く、目の前の男の手から傘と鞄がばちゃりと水溜まりだらけの路上へ落ちる。異様な雰囲気に思わず後ずさりしてしまう。

そこから先はビデオのスロー再生の様に時間の流れが酷くゆっくりと感じた。

ゆっくりと、本当にゆっくりと男の膝から崩れ落ちていく。

ドシャァア、と男が倒れ込んだ地面の水がゆっくりと赤い色が滲んでいき辺り一面がどす黒い赤い液体で染まっていった。

そしてさっきまで男の姿で隠れていたその向こう、男を挟んで俺と対角線上の位置に一人の人間がたっていた。

「…………あ」

その人間は黒いレインコートで全身を覆いフードで顔を隠しており、レインコートの袖口から覗くのは赤黒い液体の滴る一本のナイフだった。

まずいまずいまずい! 頭の中で警鐘みたいなガンガン鳴り響いてる。一秒でも早くこの場を去らないとまずい、だというのに俺の躰は金縛りにあったかのようにまるで動かない。

指一本でも動かせばとても酷い事になる、そんな気がしてピクリとも身体を動かせない。

そこに――――――――

「今日はいい天気だな」

バクン、と冗談抜きで口から心臓が飛び出しそうになった。

何、何だ? 俺に話しかけたのか? 天気が、なんて? 良い天気って言った? 何が? この大雨が? 一瞬で俺の頭を疑問符が埋め尽くす。トークスキルに自信がある訳でもない俺には雨の日に出会った殺人鬼と交わす会話というのはハードルが高すぎる。

あ、とかう、とかを口の中でもごもごさせているとレイニーザリッパーはこの大雨で俺が聞き取れなかったと思ったのか、先ほどよりもやや大き目の声で全く同じ台詞で呼びかけてきた。

何て応えるのが正解なのか、全く見当もつかないがこのままだんまりを続けてもいい方に進む気もしない。無視されたと相手が機嫌を損ねたら少し先で倒れている男と同じ運命を辿るのは明白だ。

「ああ、そうだな……雨、振ってるもんな……」

無難で中身なんてない返答。本音を言えばこの大雨中いい天気だとのたまう感性に全力で突っ込んでいきたい所だがそんな事をすれば悪い方にあいつを刺激する可能性の方が高い。だから俺に出来る事はこうして相手を刺激しないように全身全霊で言葉を選びながら出来るだけ会話を続ける。一番いいのはこのまま会話の中で説得して命だけは見逃してもらう事それが難しければ誰かが通りかかるまで時間を稼ぐ、それが今の俺に出来る唯一の手だ。

「雨の日は良い。雨の雫が全てを洗い流してくれる気がする」

「お、俺も雨は嫌いじゃないぞ。静かな所で雨の降る音を聞いてると心が落ち着くというか癒される気がするし」

「どんな汚れも、穢れも、罪でさえこの雨に打たれていると綺麗に無くなる気がしてさ」

ああ、多分こいつは駄目な奴だ。関わり合いになったら絶対にいけないやつだ。

まあ、今更それが分かった所でもう手遅れみたいなものなんだけど。

「だから、雨の日に人を……襲うのか?」

「見ろよこれ。さっきまで血まみれだった俺の手もこの雨ですっかり綺麗なった。これってつまりこの雨が俺の手も罪もきれいさっぱり洗い流してくれたってことだろう」

そういってレインコートの袖から両手を出し俺に向けてひらひらと振っている。

「あんたは人を殺すのを罪だって言ったな。なら何でその人を殺した? 罪だと思っているならわざわざ人殺しなんてしなけりゃいい話じゃないのか」

「お前、趣味はある?」

「……バスケ。学校の部活でやってるやつ」

「それは誰かに命令されてやってるのか? それともやらなきゃいけない理由があるのか?」

「どっちも違う、俺がやりたくてやってるだけだ」

なんとなくこいつの言いたい事の予想がついた。

人として、この現代社会に生きる人間としてあり得ない、有ってはならない様なおぞましく忌まわしい考え。
「つまりそれだよ。お前の趣味がバスケなら『生き物を殺す』それ自体が俺にとってのバスケだよ」

狂ってる。人に対してこの言葉がこれほど当てはまるのもそうそうないと思うけど、こいつにはピッタリだ。

「いっぱい練習しただろう? どんなプレイが有効なのかたくさんも勉強しただろう? 俺もそうしてる。人間やっぱり趣味に時間と労力をかけるのが一番だからな」

この言葉だけ切りとれば自分の趣味に一生懸命打ち込んでいるだけの人間の様にも聞こえな。でもこいつはそうじゃない。

「……そうか。こっちからも一つ質問いいかな」

どうぞという様に掌を差し出してくる。

「あー、その俺のこともこれから……殺すのか」

「うーんどうするかな。ここら辺は地元だしあんまり騒ぎも大きくしたくない。それに、今日はもう満足したしこのまま帰ってもいいんだけどさ」

そうしてくれると助かる。それはもうマジで。だけど―――――――

「別に見た者全員皆殺しだーみたいなポリシーはないんだけどさ。これだけ話に付き合ってもらったんだし」

大きく息を吸い、止め、吐く。試合前に俺が良くやるルーチンみたいなものだ。

この恐怖は試合前の緊張だと思え。ここまで会話で時間を稼いだのは人が通るのただ待ってただけじゃない。両手足の具合を確かめる。動く、動ける。

「これも何かの縁だと思って、ここで殺されとかねえか」

フードの奥で瞳が妖しく光った気がした。

あいつが一歩、男の死体を踏み越えようとした瞬間、俺は死体とそれを作った張本人に背を向けて全速力で駆け出した。

「おぉう、流石現役バスケ部。瞬発力たか」

背後からあいつの声が聞こえる。

「でもまあ、こっちだって現役の殺人鬼だぜ。『追いかけて殺す』為の練習も勿論やってるんだよなぁ」

遠く背後でそんな言葉が聞こえてきた。

関係ねえ、これでも脚には自信がある方なんだ。さっきまではビビってまともに走れなかったけどもう恐怖にも慣れた。このまま全力で走れば追いつかれる前にどっか安全な場所に――――。

逃げ込める、そう考えていた俺の目の前を何かが横切った。

直後、ガキィンという音ともに目の前のコンクリート製の壁が炸裂した。

そこには一本のナイフが突き刺さっており、その時飛び散った小さな破片が俺の顔に叩きつけれる。

「いっでぇ――――ッ!!」

破片が右目に入った。それ以外にも細かい破片が頬を鼻に切り傷を付けたのが分かる。

だがそこで立ち止まって傷を確かめたい気持ちを堪え、再びトップスピードで走り出す。

「ははは! 根性あるなあ! たまにはこういうのも歯ごたえがあって楽しいもんだ!」

背後からあいつの声が聞こえる。そう遠くない。最高速は俺の方が速いはずだけどさっきので追いつかれた。

このままだとまずい。次の角を曲がったらそこで加速して――――――――。

ガキィンと再びナイフが飛んできた。今まさに曲がろうとした角に突き刺さったナイフを見て、一瞬脚が止まりかけるが何とかそのまま走り続ける。

「クソ! 曲がり損ねた!」

出来る限り直進を続けるのは避けたい。さっきのを見る限り流石に走りながらのナイフ投げは精度に難があるらしいが、このまま真っすぐ走り続けているだけじゃいつか俺の背中に命中しても何ら不思議じゃない。つーか何本ナイフ持ってんだよ!

そこから何度か丁字路や曲がり角を迎えたもののその度に背後から飛んでくるナイフに進路を妨害され、少しづつあいつとの距離が縮まっている気がする。そこでふと違和感に気づく。

あんなタイミングと精度で投げれる奴がこんだけ的を外すなんてあるのか? 

嫌な予感が脳裏をよぎる。もし、ここまであいつが投げたナイフの全てが最初から俺を狙ったものじゃなかったら? 俺の進行方向を制御するための布石だったとしたら??

俺の疑念に対する答えはその直後にやってきた。
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