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第1章 「支援魔法士の本質」
「行って来ます」
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「――ダメ!」
理解できなかった。なぜこんな事になったのか。
視線を落とすと、倒れている。呼吸がおかしい。速くて浅い。触れると、ぬるりという感触があった。
「……だ、大丈夫……だよー」
見せてくれたのは笑顔だった。真っ青で、口元から血を流して、それでも飛び切りの笑顔だった。
「あはは、なっさけ……ないなー……僕」
「話すな! 回復魔法を……!」
腕を掴まれる。その手は震えているのに力強くて、グンと引っ張られる。
その瞬間、視界の端で筋骨隆々の剛腕が消える。いや、実際には目の前にあるのだろう。俺に見えていないだけで。だからこれは回避ではない。助けられたのだ。今、また。
「僕は知ってるんだから。君は絶対に……誰からも必要とされる……そんな偉大な……人に……」
抱き締められていた。守られていた。守るべきは俺のはずだったのに、何も援護できなくて、あっという間に全てが終わろうとしていて。
――ふざけるな
これは誰に、何に対しての感情だろう。わからない。こいつか。荒い鼻息を漏らしながら、こちらを見下す巨体のモンスター。ミノタウロス。こいつが余りに強いから。
違う。目を背けるな。
「君がいるなら、僕はどんな困難だって乗り越えてみせるよー」
恥ずかしい。でも嬉しかった。
だから悔しいんだ。
「――ネイッ!」
また、あの夢を見たらしい。なんて酷い。涙を流して、寝汗でびっしょり、息切れまでしている。右腕には柔らかい餅か何かが当たっているし、うん。ちょっと待て。
隣を見るとネイの顔がある。近い。吐息がかかっている。
「ネイッ!?」
「シン、それ2回目だよー。そんなに僕が恋しかったのかなー?」
逃げようとしたが振り切れない。却って肉厚が増すばかり。
「ふ、服! せめて服を着ろ!」
ネイはアルビノというやつなのだろう。白い肌に赤い目、それに腰まで伸びる銀髪。とても特徴的な見た目もあって、ぶっちぎりで可愛いと評判だ。
そんな娘が全裸である。理性を保てる自分が誇らしい。
「おかしなことを言うなー。男の子って、女の子の裸が大好きなんでしょー?」
「そ、それは正論かもしれない。でも想像してみろ。朝起きて、目の前に俺の股間でもあったら……!」
「えーと、咥えちゃう?」
頭痛がした。
これが悪戯ならば、まだ希望はあっただろう。生憎と、「さも当然」とでも言いたげな顔付きである。素だ。
「と、とにかく! 服を着るんだよ!」
「むー、わかったよー」
観念してくれたらしい。白のワイシャツに袖を通してくれる。
ふぅ、とひと息吐きつつ、今度は自分の身なりを気にしなければ。寝汗でベタベタだ。よくこれに抱き着いたな、というのが本音ある。
「あ、そーだ。お風呂場に行くー?」
「背中は流さなくていいぞ?」
「おー、それいいね。覚えておこうっと」
墓穴だった。釘を刺すのも難しいとは、いつもの事ながら大変だ。
「先に歯磨きか? いいけど、浴室に入るまで待ってくれ」
「ううん、違うよー。お洗濯のカゴにねー」
「見ないよ」
「僕の脱ぎたてパンツがー……って、流石はシン。よくわかったねー?」
昔から何度もからかわれた手口だからな。大体予想は付いていた。でも先出しを控えたのは、背中を流すよりも酷いからだ。それともう一つ、我ながら甘い理由がある。
「えへへー、以心伝心だねー」
この突き抜けるように幸せな笑顔を見たかったから、なんて、恥ずかしくて絶対に秘密だ。
「の、覗くなよ?」
「えー、どうしよっかなー?」
「学食で済ませるぞ?」
「良い子で待ってるー!」
アピールするように正座するネイ。まったく、さっさとスカートもはけっての。でも突っ込みを入れたら本当に学食になりそうだから、ここは我慢しておく。
頭からシャワーを浴びる。気持ちいい。このまま全て水に流して、全く別の道を模索するのも悪くない。そんな弱音を吐きそうになるくらいだ。
「……ミノタウロス」
俺が基礎課程の魔法を習得し終えたからと、2人で意気揚々と戦いを挑んだ。結果は散々だった。
ネイは強かった。あの巨体からは想像も付かない程の俊敏な動きに食らい付いて、戦えていた。一方で、俺はあのザマ。目で追えず、何もできず、挙句、ネイに庇われただけ。
――ふざけるな
「次は……勝つ!」
弱音は押し込めろ。信じるんだ。あの程度の戦闘に付いて行けなかった俺でも、この道を進めばきっと叶う。ネイの隣にいられるって。あの期待に応えらえるって、
シャワーを終えて出ると、ネイは普段の日課、ダンベルで筋トレしていたようだ。制服に着替えたというのに、うっすらと汗をかいている。
「お帰りなさーい」
「あぁ、早く用意しちゃうな」
スクランブルエッグに、お互いに大好物のチーズをトロリとかけて、焼いたトーストと一緒に出す。簡素だけど、時計を見ればもう時間が無いからな。遅刻は厳禁だ。
「ほら、早く食べよう」
「はーい。いっただきまーす」
とろけそうな笑顔で頬張る様子を眺めつつ、俺も一口。うん、美味しい。このメニューを開発した人は天才だと思う。
それはさておき、今朝の学生新聞を手に取る。
「……そうか、あの人が」
第13階層を突破! 歴代最高記録へ到達!
そんな見出しの下にデカデカと載っていた。俺たちを助けてくれた騎士であり、今は先輩のゼノビア先輩が。
「あー、凄いよねー。ゼノビア先輩ってばさー」
いつの間に食べ終えたのか。食後の牛乳瓶を片手に、密着と言えるレベルで近付きながら、ネイが覗き込んでいた。
「でもでもー、僕たちが本気を出せば勝てるよねー?」
おいおい、流石に冗談が過ぎる。そう咎めようとして、ふと、思い留まる。
ネイには素質がある。援護無しでミノタウロスと対等に渡り合ったのだから。レベルアップしていけば将来大化けするだろう。
だが、そんな単独での強さや地位、名誉にこいつは興味が無い。あくまでも「俺と一緒なら」という話。責任重大だ。
「あぁ、そうだな」
「おぉー、今日のシン、なんだかカッコいいねー! よーし、僕も負けていられないなー」
「食後は少し休むこと」
「うぅー……じゃあ、お皿でも洗ってるよー」
さて、俺も準備をしよう。青いブレザーの制服を着て、筆箱とノートをカバンに詰める。教科書は要らない。この学校のシステム上、既存の知識は全て教師から教わるか、図書館で学ぶ必要があるからだ。
「よし、行くか。ネイ、またお昼にな」
「はーい。いってらっしゃーい」
いつものように、俺たちは別れて各々の道を歩み出す。ネイは拳闘士、俺は支援魔法士を目指して。
理解できなかった。なぜこんな事になったのか。
視線を落とすと、倒れている。呼吸がおかしい。速くて浅い。触れると、ぬるりという感触があった。
「……だ、大丈夫……だよー」
見せてくれたのは笑顔だった。真っ青で、口元から血を流して、それでも飛び切りの笑顔だった。
「あはは、なっさけ……ないなー……僕」
「話すな! 回復魔法を……!」
腕を掴まれる。その手は震えているのに力強くて、グンと引っ張られる。
その瞬間、視界の端で筋骨隆々の剛腕が消える。いや、実際には目の前にあるのだろう。俺に見えていないだけで。だからこれは回避ではない。助けられたのだ。今、また。
「僕は知ってるんだから。君は絶対に……誰からも必要とされる……そんな偉大な……人に……」
抱き締められていた。守られていた。守るべきは俺のはずだったのに、何も援護できなくて、あっという間に全てが終わろうとしていて。
――ふざけるな
これは誰に、何に対しての感情だろう。わからない。こいつか。荒い鼻息を漏らしながら、こちらを見下す巨体のモンスター。ミノタウロス。こいつが余りに強いから。
違う。目を背けるな。
「君がいるなら、僕はどんな困難だって乗り越えてみせるよー」
恥ずかしい。でも嬉しかった。
だから悔しいんだ。
「――ネイッ!」
また、あの夢を見たらしい。なんて酷い。涙を流して、寝汗でびっしょり、息切れまでしている。右腕には柔らかい餅か何かが当たっているし、うん。ちょっと待て。
隣を見るとネイの顔がある。近い。吐息がかかっている。
「ネイッ!?」
「シン、それ2回目だよー。そんなに僕が恋しかったのかなー?」
逃げようとしたが振り切れない。却って肉厚が増すばかり。
「ふ、服! せめて服を着ろ!」
ネイはアルビノというやつなのだろう。白い肌に赤い目、それに腰まで伸びる銀髪。とても特徴的な見た目もあって、ぶっちぎりで可愛いと評判だ。
そんな娘が全裸である。理性を保てる自分が誇らしい。
「おかしなことを言うなー。男の子って、女の子の裸が大好きなんでしょー?」
「そ、それは正論かもしれない。でも想像してみろ。朝起きて、目の前に俺の股間でもあったら……!」
「えーと、咥えちゃう?」
頭痛がした。
これが悪戯ならば、まだ希望はあっただろう。生憎と、「さも当然」とでも言いたげな顔付きである。素だ。
「と、とにかく! 服を着るんだよ!」
「むー、わかったよー」
観念してくれたらしい。白のワイシャツに袖を通してくれる。
ふぅ、とひと息吐きつつ、今度は自分の身なりを気にしなければ。寝汗でベタベタだ。よくこれに抱き着いたな、というのが本音ある。
「あ、そーだ。お風呂場に行くー?」
「背中は流さなくていいぞ?」
「おー、それいいね。覚えておこうっと」
墓穴だった。釘を刺すのも難しいとは、いつもの事ながら大変だ。
「先に歯磨きか? いいけど、浴室に入るまで待ってくれ」
「ううん、違うよー。お洗濯のカゴにねー」
「見ないよ」
「僕の脱ぎたてパンツがー……って、流石はシン。よくわかったねー?」
昔から何度もからかわれた手口だからな。大体予想は付いていた。でも先出しを控えたのは、背中を流すよりも酷いからだ。それともう一つ、我ながら甘い理由がある。
「えへへー、以心伝心だねー」
この突き抜けるように幸せな笑顔を見たかったから、なんて、恥ずかしくて絶対に秘密だ。
「の、覗くなよ?」
「えー、どうしよっかなー?」
「学食で済ませるぞ?」
「良い子で待ってるー!」
アピールするように正座するネイ。まったく、さっさとスカートもはけっての。でも突っ込みを入れたら本当に学食になりそうだから、ここは我慢しておく。
頭からシャワーを浴びる。気持ちいい。このまま全て水に流して、全く別の道を模索するのも悪くない。そんな弱音を吐きそうになるくらいだ。
「……ミノタウロス」
俺が基礎課程の魔法を習得し終えたからと、2人で意気揚々と戦いを挑んだ。結果は散々だった。
ネイは強かった。あの巨体からは想像も付かない程の俊敏な動きに食らい付いて、戦えていた。一方で、俺はあのザマ。目で追えず、何もできず、挙句、ネイに庇われただけ。
――ふざけるな
「次は……勝つ!」
弱音は押し込めろ。信じるんだ。あの程度の戦闘に付いて行けなかった俺でも、この道を進めばきっと叶う。ネイの隣にいられるって。あの期待に応えらえるって、
シャワーを終えて出ると、ネイは普段の日課、ダンベルで筋トレしていたようだ。制服に着替えたというのに、うっすらと汗をかいている。
「お帰りなさーい」
「あぁ、早く用意しちゃうな」
スクランブルエッグに、お互いに大好物のチーズをトロリとかけて、焼いたトーストと一緒に出す。簡素だけど、時計を見ればもう時間が無いからな。遅刻は厳禁だ。
「ほら、早く食べよう」
「はーい。いっただきまーす」
とろけそうな笑顔で頬張る様子を眺めつつ、俺も一口。うん、美味しい。このメニューを開発した人は天才だと思う。
それはさておき、今朝の学生新聞を手に取る。
「……そうか、あの人が」
第13階層を突破! 歴代最高記録へ到達!
そんな見出しの下にデカデカと載っていた。俺たちを助けてくれた騎士であり、今は先輩のゼノビア先輩が。
「あー、凄いよねー。ゼノビア先輩ってばさー」
いつの間に食べ終えたのか。食後の牛乳瓶を片手に、密着と言えるレベルで近付きながら、ネイが覗き込んでいた。
「でもでもー、僕たちが本気を出せば勝てるよねー?」
おいおい、流石に冗談が過ぎる。そう咎めようとして、ふと、思い留まる。
ネイには素質がある。援護無しでミノタウロスと対等に渡り合ったのだから。レベルアップしていけば将来大化けするだろう。
だが、そんな単独での強さや地位、名誉にこいつは興味が無い。あくまでも「俺と一緒なら」という話。責任重大だ。
「あぁ、そうだな」
「おぉー、今日のシン、なんだかカッコいいねー! よーし、僕も負けていられないなー」
「食後は少し休むこと」
「うぅー……じゃあ、お皿でも洗ってるよー」
さて、俺も準備をしよう。青いブレザーの制服を着て、筆箱とノートをカバンに詰める。教科書は要らない。この学校のシステム上、既存の知識は全て教師から教わるか、図書館で学ぶ必要があるからだ。
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