支援魔法士 ≒ 戦場の支配者

るちぇ。

文字の大きさ
12 / 30
第2章 「魔法士の矜持」

「ネイが転職!?」

しおりを挟む
 その夜、ネイの帰りが遅かった。食いしん坊でいつも夕食前には帰っているはずなのだが、今日に限っては音沙汰が無い。
何か事件にでも巻き込まれたのではないか。
 心配して探しに行こうとした矢先のこと。ようやく姿を見せてくれた。

「たっだいまー!」
「お帰り―、じゃないだろ! 心配したんだからな!?」
「ごめんねー。ちょっと大事な用があってさー。あ、これいただきまーす」

 手も洗わずに、素手で肉を食べられる。行儀が悪いと怒ろうと思ったけど、お腹の虫が鳴いていたのと、何より心から幸せそうにされたものだから、今回ばかりは見逃す事にする。
 それよりも問題は遅くなった理由だ。大事な用って事だったけど、大丈夫なのだろうか。

「なぁ、ネイ。何があったのか聞いてもいいか?」
「うん、いいよー。あ、重大発表だからさ、着替えてからでもいいー?」
「それはいいけど……って、着替えるならあっちでな?」
「イケずだなぁー」

 危なかった。もう制服に手がかかっていた。あと少し止めるのが遅かったら、秒で裸になられていただろう。
 普段のタンクトップ姿になると、ネイはそそくさと戻って来る。そして食事に手を付けずに、真っ直ぐに俺の方を見た。

「重大発表をしまーす。僕、ついに転職しましたー!」
「転職……あぁ、遂にか!」

 ネイは拳闘士。誰にでも誇れる強い人になりたいからと選んだらしいが、この職には上級職がある。聖拳闘士だ。前々から言っていたな。聖拳闘士になりたいと。目標なのだと。

「おめでとう、ネイ」
「ありがとー!」

 日々鍛錬を積み重ねていたからな。自分の事ではないけど、素直に嬉しい。
 それにしても、ネイも転職したか。俺も負けてはいられない。支援魔法士としてサポートできるよう、魔法の開発を頑張らないと。
 そう決意を新たにした時だった。とんでもない発言が飛び出す。

「僕ねー、アヴェンジャーになったんだー!」
「そうか、アヴェンジャー……って、え!?」

 予想外過ぎる。アヴェンジャーは拳闘士から転職できる肉弾戦を主とする職だが、その特性は特殊だ。端的に言うと怪我するほど攻撃力、素早さが上昇する。それも、致命傷に近ければ近い程に効果が増す。

「せ……聖拳闘士になるんじゃなかったのか?」
「そうだったんだけどねー、僕は僕なりに考えたんだー」

 そりゃそうだろ。うっかり転職ミスなんて聞いた事が無い。ましてネイの努力の仕方は凄まじかった。尚のこと間違わないだろう。

「えっとねー、シンの支援魔法があれば、僕はやられないでしょー?」
「え? あー……まぁ、そうなれるように頑張ってはいるけど」
「だったらさー、聖拳闘士よりも、傷付けば傷付くほど強くなるアヴェンジャーの方が僕たちのためになるかなーって」
「そ……そんな理由のために……。だって、お前……」

 思い出す。ネイと初めて会った時のことを。
 深夜、あの日は土砂降りだった。街灯の灯りすらぼやけてしまう程に雨脚が強くて、どうやって帰ろうか考えていた時のこと。あいつは雨合羽すら着ることなく、死にそうな顔をしながら走り込んでいた。

「……負けていられない」

 そんな事を呟きながら、そして俺の方を見ながら。
 あのすれ違った時から何度か顔を合わせる機会があって、少しずつ知った。ネイは何か事情を抱えていて、家業を継ぐ訳にはいかず、誰にでも堂々と誇れる強い人になりたかったのだと。
 そういう経緯を知っているからこそ、俺は信じられなかった。ネイが聖拳闘士にならなかったことが。

「あははー……不甲斐ない事に、少し迷ったんだけどね。でも、僕は勝ちたいんだ」
「勝ちたい? 誰に?」
「決まっているじゃない。ノエルだよ。あの戦いを見て心が決まったの。ノエルには魔法士としての矜持がある。それなら、僕の絶対に譲れないものって何なのかなって」
「それが……アヴェンジャーだったのか?」
「うん! 僕はシンの剣。シンは僕の盾。2人で1人。ならさ、僕が1人だけ強くなるよりも、2人一緒にもっと強くなれる方が良いかなーって思ったんだ」

 2人で1人か。そうだな。そうだった。
俺は支援魔法士としてネイをサポートすると決めた。そのためにイチから学び直しもした。全ては2人で勝利を掴むために。
 それはネイも同じだったのだ。聖拳闘士よりも、確かにアヴェンジャーの方が、言われてみれば支援魔法士と合致する。

「最後にひとつだけ教えてくれ。夢……だったんじゃないのか?」
「僕の夢はね、シンと最強になる事だよ」

 臆面も無く言われてしまっては、もう悩むのは失礼だ。受け入れよう、むしろ喜ぼう。ネイがアヴェンジャーになってくれたお陰で、支援魔法士としての具体的なサポート方法が次々と思い浮かぶのだから。

「はぁ……でも、これだけは言っておくぞ? 俺はな……その、お前が好きなんだよ。好きな奴が傷付くのを黙って見ているなんて……どれだけ苦しいか」
「あ、あー、それは考えなかったよー。あははー、でも嬉しいなー」

 真正面から抱き着かれて、そのまま押し倒される。痛い。後頭部を打った。背中にも衝撃が走った。でも嫌って気持ちにはならない。嬉しかった。ネイと一緒にいられることが。

「これからも末永くよろしくねー、僕の支援魔法士さん」
「あぁ、よろしく頼むよ。俺のアヴェンジャー」

 これから忙しくなる。新しい魔法の案を形にして、調整していかないといけないから。
 あれ、おかしいな。口元がにやけてしまう。そうか、楽しみなんだ。ネイと一緒に、ようやく第一歩を踏み出せるような気がするから。
 見ていろ、ノエル。俺たちは俺たちなりに強くなる。そして倒す。ミノタウロスを。

「あ、そーだ、シン? ミノタウロスの前に―、売られた喧嘩は買わないとねー?」
「……は? 売られた喧嘩?」
「うん! ノエルと決闘して倒そうねー!」
「あぁ、そうか、決闘……って、決闘!?」

 どうやら予想以上に忙しくなりそうだ。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

白き魔女と黄金の林檎

みみぞう
ファンタジー
【カクヨム・エブリスタで特集していただきました。カクヨムで先行完結】 https://kakuyomu.jp/works/16816927860645480806 「”火の魔女”を一週間以内に駆逐せよ」 それが審問官見習いアルヴィンに下された、最初の使命だった。 人の世に災いをもたらす魔女と、駆逐する使命を帯びた審問官。 連続殺焼事件を解決できなきれば、破門である。 先輩審問官達が、半年かかって解決できなかった事件を、果たして駆け出しの彼が解決できるのか―― 悪しき魔女との戦いの中で、彼はやがて教会に蠢く闇と対峙する……! 不死をめぐる、ダークファンタジー! ※カクヨム・エブリスタ・なろうにも投稿しております。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...