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第1章 偽りの騎士
第2話 容赦はしない 9
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世界の終焉を想起させる超級魔法は、現場から100キロ離れた地点からでも観測されていた。彼女は部隊内にいる識者たちの見解をにわかには信じられず、いや、信じたくなくて苦笑する。
「あれが禁呪エクゾダス……」
この国で暮らす者ならばあの魔法を知っている。というのも、おとぎ話に出てくる魔王が使う最強魔法だからだ。幽霊はこの世にいるか否か。少し性質は異なるがそんな問いと同レベルの話。この世に存在するかどうか怪しい超常現象。そんな認識がたった今、覆されたのである。
「わ、私は後退を進言します」
「馬鹿者! あんな脅威を見過ごす兵がどこにいる!?」
「で、では誰が偵察に行くと言うんだ!? 死に行くようなものだぞ!」
各部隊の隊長たちは取り乱しながら議論、いや、もはや口論をする。あぁでもない、こうでもないと、中には勇猛な意見もあったがその大半は保身の類であった。それもそのはず。共通して皆が持っている思いは「死にたくない」だけだったから。でも騎士として国を、民を守る責務がある以上、見過ごせないとわかっている。だから互いに押し付け合い、何も進まずに足踏みが続く。
「私に提案がある」
この時間に意味はない。そう結論を出した彼女は、呆れた風に振る舞いながら、ありとあらゆる問題を解決する手立てを提案する。
「全部隊、ただちに王都まで撤退を。援軍の心配なんて必要はないよ、あの規模の魔法だ。恐らく生き残りはいない」
「で……では、一体誰があれの使用者の確認に行くと言うのです? 流石に無視はできませんよ?」
「万事任せてくれていい」
「ば、馬鹿な冗談はやめてください! 万が一やられることがあったら――」
言いかけた隊長は凍り付いた。目の前にいたはずの彼女は忽然と姿を消し、背後から肩をたたかれたのだ。感じたのは一陣の風だけであり、それ以外には一切認知できない速度であった。
「ヴェルとは違うよ。それに多少予定は狂ったけど、まだ私の目論見通りに事は進んでいる。何も心配なんてないから、ね?」
「わ……わかりました」
そう返すしかなかった。隊長たちですら彼女の技量には遠く及ばないのだから。
もう議論は終わりと言うように彼女は本陣から出て行ってしまう。去り行く彼女の背中を見守りながら、彼らは苦笑いしかできないでいた。
「私、初めて見ました。あれが……」
「あぁ、そうだ。疾風の魔槍兵の異名に相応しい動きだったろう。私たちは何度あれに驚かされ、そして救われてきただろうか」
「きっと今回もやってくれますよ。彼女は四大将軍であると同時に、聖天騎士団の二番席次でもある。特に個人技においては右に出る者はいないとか。あれに勝てるのは竜神様かリリス様くらいだよ」
「何ですか、それ。それこそおとぎ話の世界ですよね。はは……」
大層な古文書でもなければ、高等な魔導書でもない。大衆に広く親しまれている英雄譚的なお話に出て来る魔法なのだ、あれは。そんな常軌を逸した光景を見せられては縋るしかあるまい。常軌を逸した技量を持つ者に。彼女に。
「やってくれるだろう……きっと」
「あぁ、あのお方……ルーチェ様なら」
まだ16歳の少女でありながら、この場にいる誰もがその腕前に全幅の信頼を置いている帝国屈指の将。それがルーチェであった。
そんな当の本人は、全軍が後退する様子を小高い丘から眺めていた。ふっと笑う。それは年相応の女の子のそれで、ちょっとした悪戯が成功してほくそ笑んだようなものだった。
「予想外に良い方向に進んだかな。あとはロア様とあれの魔法師さんが派手にやってくれるとなお良いんだけど」
言いながら、ルーチェは胸元のペンダントを強く握り締める。それは小さな写真を淹れられるロケットであり、24時間、肌身離さず着けている大切なお守りだ。
「アデル、待っていて。これから……全てを終わらせに行くから」
ルーチェはその胸に秘めた決意を深く刻み付けるように呟き、ひとつ大きく息を吐いた。そしてペンダントを鎧の中にしまうと、颯爽と馬を走らせたのだった。
「あれが禁呪エクゾダス……」
この国で暮らす者ならばあの魔法を知っている。というのも、おとぎ話に出てくる魔王が使う最強魔法だからだ。幽霊はこの世にいるか否か。少し性質は異なるがそんな問いと同レベルの話。この世に存在するかどうか怪しい超常現象。そんな認識がたった今、覆されたのである。
「わ、私は後退を進言します」
「馬鹿者! あんな脅威を見過ごす兵がどこにいる!?」
「で、では誰が偵察に行くと言うんだ!? 死に行くようなものだぞ!」
各部隊の隊長たちは取り乱しながら議論、いや、もはや口論をする。あぁでもない、こうでもないと、中には勇猛な意見もあったがその大半は保身の類であった。それもそのはず。共通して皆が持っている思いは「死にたくない」だけだったから。でも騎士として国を、民を守る責務がある以上、見過ごせないとわかっている。だから互いに押し付け合い、何も進まずに足踏みが続く。
「私に提案がある」
この時間に意味はない。そう結論を出した彼女は、呆れた風に振る舞いながら、ありとあらゆる問題を解決する手立てを提案する。
「全部隊、ただちに王都まで撤退を。援軍の心配なんて必要はないよ、あの規模の魔法だ。恐らく生き残りはいない」
「で……では、一体誰があれの使用者の確認に行くと言うのです? 流石に無視はできませんよ?」
「万事任せてくれていい」
「ば、馬鹿な冗談はやめてください! 万が一やられることがあったら――」
言いかけた隊長は凍り付いた。目の前にいたはずの彼女は忽然と姿を消し、背後から肩をたたかれたのだ。感じたのは一陣の風だけであり、それ以外には一切認知できない速度であった。
「ヴェルとは違うよ。それに多少予定は狂ったけど、まだ私の目論見通りに事は進んでいる。何も心配なんてないから、ね?」
「わ……わかりました」
そう返すしかなかった。隊長たちですら彼女の技量には遠く及ばないのだから。
もう議論は終わりと言うように彼女は本陣から出て行ってしまう。去り行く彼女の背中を見守りながら、彼らは苦笑いしかできないでいた。
「私、初めて見ました。あれが……」
「あぁ、そうだ。疾風の魔槍兵の異名に相応しい動きだったろう。私たちは何度あれに驚かされ、そして救われてきただろうか」
「きっと今回もやってくれますよ。彼女は四大将軍であると同時に、聖天騎士団の二番席次でもある。特に個人技においては右に出る者はいないとか。あれに勝てるのは竜神様かリリス様くらいだよ」
「何ですか、それ。それこそおとぎ話の世界ですよね。はは……」
大層な古文書でもなければ、高等な魔導書でもない。大衆に広く親しまれている英雄譚的なお話に出て来る魔法なのだ、あれは。そんな常軌を逸した光景を見せられては縋るしかあるまい。常軌を逸した技量を持つ者に。彼女に。
「やってくれるだろう……きっと」
「あぁ、あのお方……ルーチェ様なら」
まだ16歳の少女でありながら、この場にいる誰もがその腕前に全幅の信頼を置いている帝国屈指の将。それがルーチェであった。
そんな当の本人は、全軍が後退する様子を小高い丘から眺めていた。ふっと笑う。それは年相応の女の子のそれで、ちょっとした悪戯が成功してほくそ笑んだようなものだった。
「予想外に良い方向に進んだかな。あとはロア様とあれの魔法師さんが派手にやってくれるとなお良いんだけど」
言いながら、ルーチェは胸元のペンダントを強く握り締める。それは小さな写真を淹れられるロケットであり、24時間、肌身離さず着けている大切なお守りだ。
「アデル、待っていて。これから……全てを終わらせに行くから」
ルーチェはその胸に秘めた決意を深く刻み付けるように呟き、ひとつ大きく息を吐いた。そしてペンダントを鎧の中にしまうと、颯爽と馬を走らせたのだった。
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