魔王と配下の英雄譚

るちぇ。

文字の大きさ
13 / 176
第1章 偽りの騎士

第2話 容赦はしない 9

しおりを挟む
 世界の終焉を想起させる超級魔法は、現場から100キロ離れた地点からでも観測されていた。彼女は部隊内にいる識者たちの見解をにわかには信じられず、いや、信じたくなくて苦笑する。

「あれが禁呪エクゾダス……」

 この国で暮らす者ならばあの魔法を知っている。というのも、おとぎ話に出てくる魔王が使う最強魔法だからだ。幽霊はこの世にいるか否か。少し性質は異なるがそんな問いと同レベルの話。この世に存在するかどうか怪しい超常現象。そんな認識がたった今、覆されたのである。

「わ、私は後退を進言します」
「馬鹿者! あんな脅威を見過ごす兵がどこにいる!?」
「で、では誰が偵察に行くと言うんだ!? 死に行くようなものだぞ!」

 各部隊の隊長たちは取り乱しながら議論、いや、もはや口論をする。あぁでもない、こうでもないと、中には勇猛な意見もあったがその大半は保身の類であった。それもそのはず。共通して皆が持っている思いは「死にたくない」だけだったから。でも騎士として国を、民を守る責務がある以上、見過ごせないとわかっている。だから互いに押し付け合い、何も進まずに足踏みが続く。

「私に提案がある」

 この時間に意味はない。そう結論を出した彼女は、呆れた風に振る舞いながら、ありとあらゆる問題を解決する手立てを提案する。

「全部隊、ただちに王都まで撤退を。援軍の心配なんて必要はないよ、あの規模の魔法だ。恐らく生き残りはいない」
「で……では、一体誰があれの使用者の確認に行くと言うのです? 流石に無視はできませんよ?」
「万事任せてくれていい」
「ば、馬鹿な冗談はやめてください! 万が一やられることがあったら――」

 言いかけた隊長は凍り付いた。目の前にいたはずの彼女は忽然と姿を消し、背後から肩をたたかれたのだ。感じたのは一陣の風だけであり、それ以外には一切認知できない速度であった。

「ヴェルとは違うよ。それに多少予定は狂ったけど、まだ私の目論見通りに事は進んでいる。何も心配なんてないから、ね?」
「わ……わかりました」

 そう返すしかなかった。隊長たちですら彼女の技量には遠く及ばないのだから。
もう議論は終わりと言うように彼女は本陣から出て行ってしまう。去り行く彼女の背中を見守りながら、彼らは苦笑いしかできないでいた。

「私、初めて見ました。あれが……」
「あぁ、そうだ。疾風の魔槍兵の異名に相応しい動きだったろう。私たちは何度あれに驚かされ、そして救われてきただろうか」
「きっと今回もやってくれますよ。彼女は四大将軍であると同時に、聖天騎士団の二番席次でもある。特に個人技においては右に出る者はいないとか。あれに勝てるのは竜神様かリリス様くらいだよ」
「何ですか、それ。それこそおとぎ話の世界ですよね。はは……」

 大層な古文書でもなければ、高等な魔導書でもない。大衆に広く親しまれている英雄譚的なお話に出て来る魔法なのだ、あれは。そんな常軌を逸した光景を見せられては縋るしかあるまい。常軌を逸した技量を持つ者に。彼女に。

「やってくれるだろう……きっと」
「あぁ、あのお方……ルーチェ様なら」

 まだ16歳の少女でありながら、この場にいる誰もがその腕前に全幅の信頼を置いている帝国屈指の将。それがルーチェであった。
 そんな当の本人は、全軍が後退する様子を小高い丘から眺めていた。ふっと笑う。それは年相応の女の子のそれで、ちょっとした悪戯が成功してほくそ笑んだようなものだった。

「予想外に良い方向に進んだかな。あとはロア様とあれの魔法師さんが派手にやってくれるとなお良いんだけど」

 言いながら、ルーチェは胸元のペンダントを強く握り締める。それは小さな写真を淹れられるロケットであり、24時間、肌身離さず着けている大切なお守りだ。

「アデル、待っていて。これから……全てを終わらせに行くから」

 ルーチェはその胸に秘めた決意を深く刻み付けるように呟き、ひとつ大きく息を吐いた。そしてペンダントを鎧の中にしまうと、颯爽と馬を走らせたのだった。
しおりを挟む
感想 123

あなたにおすすめの小説

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

処理中です...