コトレットさんの不思議なお仕事~こちら異世界管理局~

胡散臭いゴゴ

文字の大きさ
33 / 79
封鎖区~虚構の城~

30.エスクデオ・エ・ルーチェ~暗闇の部屋とその先の光~

しおりを挟む

【“封鎖区~虚構の城~”(4/9話)】



 ***********************************

 固い地に足が着いた、が、俺は依然いぜん闇の中にいた。

 どんな場所に来たのか、完全に真っ暗で、何も見えない。
「ルシウ?」
一緒に空間転移したはずの監視人に声を掛ける。返事はない。俺の声は全く反響せずに、ただ取り囲む黒に吸い込まれていく。

 「ルシウ、いるのか?」

 周囲を手で探るが、何にも触れない。いつもなら、幼女のあらぬところを触って怒られるくだりがあるはずなのに。手を突き出したまま少し動いてみる。しばらく進んだが、壁に行き当たることもなかった。
「ルシウ? ルシウ!」
答えはなく、自分の声もただむなしく溶けるだけだった。

 慎重に桜花カタナを抜いて、警戒しながら、再び歩き出す。


 ひと筋の光もない真闇の中では、桜花おうかの刃の輝きもない。ルシウを傷つけることを恐れ、刀身を背中に回し、柄を取る拳をしっかり腰に押し付けて、なお進む。見えるものは皆無かいむ、聞こえるのは自身の靴音と息遣いだけ……

 闇がねっとりとした液体の質感を帯び、次第に自分との境界線が薄れていく気がする。このままじゃ、暗闇の中で自分を見失いそうだ。



 ***********************************

 たぶんそのまま、数時間は歩いた――……

 ふと、小さい頃の出来事を思い出していた。
 たぶん、小学校に入る前の記憶だと思う。

 母親に買い物に連れられて行った、ショッピングモールで迷子になったことがある。ガチャガチャとかの前で一瞬立ち止まったのに、気づかれなかったのだろう。

 顔を上げると、そこに母さんの姿がなかった。

 もちろん母さんはすぐに戻ってきただろうけど、俺も下手に動いたんだと思う。そう言えば、エレベーターに乗っている記憶がある。とにかく俺と母さんは行き違ってしまった。

 強く覚えていることがある。誰も助けてくれないと、思ったことだ。

 大人がたくさんいて、でもどれも知らない顔で。誰も助けてくれずに歩いていくんだ。父さんや母さんや、幼稚園の先生は、俺が困っていたら必ず声を掛けてくれるのに。ここには知らんぷりの大人しかいない、そう思ったのを覚えている。


 結局は無事母さんに見つけられて、怒られたか、抱き締められたかは覚えていないけれど、本当に心の底から安心した気持ちは、純粋な感情の結晶として、今でも心の中に残っている。
 実際どれだけ迷子になっていたかは判らない。長くても30分程度のことなんだろう。けれど泣きながら数時間は歩き回った気がするし、主観的にはたぶん永遠を彷徨さまよった。大げさなようだが、あれはいわゆる原体験、最初の“絶望”と“救い”の記憶《リコルド》だ。

 子どもの頃の記憶とはそういうもので、そういう記憶だってひとつの真実だ。


 俺は今……迷子なのか?


 桜花を持つ手を背に、もう片方で暗闇を探りながら、時折少女フィーユの名を呼んで、歩き続けている。指も声も、どこにも届くことはなく、ただ俺は歩く、歩く――……


 闇の中エスクデオを、ただ、前へ前へ……
 進め、進め……どこへ? 目指せ、目指せ……何を?

 やがて俺の“世界オルト”には、鼓動と、足を前に出すことだけが残った。



 ***********************************

 もう、数日はこうして歩き続けている――……

 俺はいつからWhen?こうしているんだっけ……或いは数十年は、歩いているのかもしれない、どこかをWhere?目指して……進まなくちゃ……それはWhy?――……

 だって、あいつがWho?……あいつってWho?――……?


 ついに俺は立ち止まった。


 疲れた。

 飲まず食わずで歩き続けてきたんだ、くたびれもする。
 だから俺は待つことにした。
 足を止めて、ここで待とう。そう決めると――


 そこに壁が生まれた。


 左手に触れた固い感触。確かめながら指先を滑らせると、ノブに触れて、それで壁がドアなのだと判った。ノブを回す。回らない。何度かがちゃがちゃやったけど、どうやら鍵が掛かっている。
 壁に触りながら右に進むと、数歩で別の壁に行き当たる。その面に沿って歩く、またすぐに、ドアに向かって背後の壁。そのままひと巡りして扉の前に戻ってくる。俺は、そう広くない部屋の中にいるらしい。

 閉じ込められている、というべきか。
 出られないなら仕方がない。俺は床に腰を下ろして待つことにした。


 そもそも、俺はどうやってここに来たんだっけ? 判らない。何かをしようとしていた気がするけど、それも思い出せなかった。俺は桜花を傍らに置き、膝を抱えて、ただ待っているしかなかった。



 ***********************************

 長いことそうしていた。
 やがて俺は、置いて行かれたのだと気づいた。

 そうだ、俺はこの部屋に置いて行かれたんだ。途端にひどく悲しく、心細くなった。だけど、俺が置いて行かれたのは、僕が悪い子だったからだ。だから僕はここで待っていなくちゃいけない。ただじっと座って、僕は待つ。

 帰って来てくれるのを。

 暗い部屋は怖くてしょうがないんだけれど、僕は知っている。
 この部屋を出ても、外も真っ暗なのだと。それは…………だからだ。
 だからこの部屋を出てはいけない・・・・・・・し、出ては行けない・・・・・・・んだ。

 こうして待っていれば、きっと来てくれる……誰が?Who?


 それは……僕が大好きな人だWho……?


 思い出せないけど、僕が大好きな人だ。綺麗で、悪戯|《いたずら》っぽく笑って、強くて、時々どこか寂しそうに見える……あの人は……いったい誰だっただろう……?


 大切なことを忘れている気がする。床に着いた手に何かが触れて、「しっかりしろかちゃり」と音を立てた。
「お……おおか……?」
おうか……そう、これは“桜花”だ。僕は柄を取る。僕はこの桜花で、何かすごいことをしたんだ。何かすごいことを、誰か大好きな人と二人で……二人で?……二人で――……

 僕は暗闇ここに来る前、誰かのことが好きだった。

 誰かに好きだと伝えた。その人の声が、どこか遠いところから……頭の隅っこから……心の奥底から、聞こえてくる……


 『うーぷす。“好きかな、ルシウが”……だってさ! きゃー!』


 る、しう……?  ルシウ……!


 「ルシウ!」


 俺が伸ばしたその手を、誰かの手が強くつかんだ。
 その瞬間、暗闇エスクデオが、切り裂かれ、引き裂かれ、砕け散って――……



 ***********************************

 俺はルーチェに包まれて真っ白な場所オルトにいた。
 いや、“俺は”じゃない――“俺達は”だ。

 「るああ。やっと会えた――……」

 淡い銀色の髪アルジェ・ハウル磨かれた銅の頬コプレ・ジュー赤く濡れた瞳ルータ・ルネルを輝かせ、真っ白な歯ブラン・デンテを見せて笑う少女が、俺の手をしっかりと握り締めていた。

 その顔を見た瞬間――思わずルシウを引き寄せ、抱き締めていた。ちかって言うが、下心は全くない。年単位の孤独を経験してきた今なら、目の前にいたのがマッチョなオッサンでも、勢いでハグしていたと思う。

 それを理解わかってか、ルシウも軽く抱き返し、背中を叩いてくれた。


 しばらくして俺は身を離したが、左手の指は少女の指に絡めたままだ。誰が何と言おうと、今はこの手を離したくない。
「ありがとう。もう、二度とあの暗闇から出られないかと思った」
これは俺にとって最も強い、“絶望”と“救い”の記憶になった。すると、
「うーぷす。そりゃあお互い様さー。アタシも、ユーマの手を見つけて、ようやく戻って来られたんだからなー」
にっと微笑んだルシウの体から――


 不意に力が抜けた。


 咄嗟とっさに抱き止めると、手を放した得物が地面に突き立った。済まん、桜花オラ・エルト・マイン。間近に見るとルシウの顔が、ひどく憔悴しょうすいしている。
「大丈夫か?」
「なーふ。えげつねー真似しやがって……」

 「あの祭壇さいだん、触れた奴の精神を別々の領域に、すっ飛ばす仕掛けになっていたんだ。もしお互いを見つけられなかったら、あのまま心が擦り切れるまで、暗黒の中に閉じ込められていたところだぜ」

 「るああ。人は相手を通して、自分を認識するもんだ。もし、お前が一緒に来てくれてなかったら、アタシもたぶん正気に返れてねえ。最初っから詰んでたぞ」

 引っ張り上げたのやら、上げられたのやら。
「何だか、ものすごく長い間、あの暗いところにいたみたいだ」
「るああ。精神的なもんだ。祭壇さいだんに触れてから、戻ってくるまで、実際は一瞬のはずだ。まあ、アタシはあの辛気臭えとこに体感……」
ルシウが額に冷汗を浮かべながら、力なく笑った。


 「少なくとも、10年くれーはいたよ」


 じゅう……この小さな女の子・・・・・・が、あの暗い部屋エスクデオに置いて行かれて、10年の孤独に震えていたなんて。

 俺の心だったら、とっくに壊れていただろう、あの闇の中で。俺は少女の背中を支える腕で、また華奢きゃしゃな体を引き寄せた。
「……済まない……」
「る、るあ? 何がだよ??」
「俺がもっと早く、お前の手を見つけていれば」
思わず身を固くしていた幼女が、拳をきゅうと丸め、俺の頭をぽこんと叩いた。
「なーふ! だからお互い様だっつってんだろ! お前の方が短かったんなら、アタシがユーマを見つけるのに時間掛かったってことなんだ。それに……」

 「別々の“魂の檻カジオ”に閉じ込められてて、それでも手と手が触れあったんだ。それってすげーことなんだぜ」

 ルシウがにぎにぎと、小さなてのひらを結んで開いた。


 「アタシらが飛ばされたのは、自分自身の心ん中にる“暗えところ”だ」

 「アタシらはばらばらにされて、闇にとらわれて、それでもお互いのことを思った。同じことを考えた。それが二つの心を引き寄せて、重なり合った領域でアタシはユーマの、ユーマはアタシの手を見つけた。“権限”を使った時にアタシとユーマの“世界観”が近づいた、あれと同じよーなことが起きたんだよ」
「同じことを考えた……あ」
あの暗い“世界《オルト》”が砕け散った、その直前のことを思い出した。


 『うーぷす。“好きかな、ルシウが”……だってさ! きゃー!』


 異世界監視人の赤銅色の顔に、不意に血が昇った。ルシウは俺の革服とミスリル銀の鎖衣を一緒にめくり、レバーを打ってくる。
「るああっ! 具体的に思い出すなっ!」
「ちょ……何てことをするの、この子は」
「うるせー、ユーマのことなんて考えてねーし。ばーか」
ルシウが両手をきゅうと丸めて、頭から黒頭巾を被った。そしてフードの陰から、赤いジト目がにらみ上げてくる。
「だ、だいたい、お前の方が暗闇にいた時間短かったし。先にアタシのこと考えたんだし。うーぷす。どんだけアタシのことが好きなんだよ―?」
「え? すごく“好きかな、ルシウが”」
「るああああああああああああっっ!!」

 ルシウがフードを抱えて、ひとしきりのたうった。


 ***********************************

 赤銅色ならぬ朱に染まった顔で、ルシウが肩で息をする。
「うーぷす……とっとと先に進もう……」
「ま、再会も祝したことだしな。お次はどっちだ……?」
「るああ。後ろだ、後ろ」
振り向くと、そこに扉があった。

 見渡す限り真っ白な空間空間に、扉と戸枠だけがぽつんと立っている前衛アートのオブジェ、いや、見る者の10人中9人までが、それを思い浮かべると思う。

 てってれー。猫型“どこにでもメカの秘密のアレ行けるドア”

 この白い領域にるものは、このドアと、俺達二人だけだ。扉のノブを見ただけで、あの暗い部屋で握ったそれだと判った。白い地面に聖剣宜しく突き立った桜花を引き抜き、さやに。腰を揺すって剣帯の据わりを正す。
「じゃあ、行きますか」
「るあ。ちょっと待て」
扉を開こうとした俺に、ルシウが呼び掛けた。


 振り向くと、少女の小さな手が差し出されていた。

 俺はその手を取って、ぎゅっと握る。
 強く、握り返してくる。


 だから俺は躊躇ためらうことなくノブを回して、その扉を開け放った。




                ~“封鎖区~虚構の城~”・完、次章へ続く~



 ***********************************

【次章“封鎖区~破局の因子~”】

闇を抜けた、その先は更に深い“闇”――……ついに辿り着いた“封鎖区セラド”の最深部、二柱の女神に護られた“封鎖区の核”に刃が届く時、“世界オルト”の真実が明かされる。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

キャンピングカーで、異世界キャンプ旅

風来坊
ファンタジー
東京の夜を走り続けるタクシードライバー、清水翔。 ハンドル捌きと道の知識には自信があり、理不尽な客にも笑顔で対応できる――不器用ながらも芯の強い男だ。 そんな翔が、偶然立ち寄った銀座の宝くじ売り場で一人の女性・松田忍と出会う。 彼女との再会をきっかけに、人生は思いもよらぬ方向へ動き出した。 宝くじの大当たり、そして「夢を追う旅」という衝動。 二人は豪華にバスコンをカスタムしたキャンピングカー「ブレイザー」を相棒に、日本一周を計画する。 ――だが、最初のキャンプの日。 雷の直撃が二人を異世界へと連れ去った。 二つの月が照らす森で、翔は持ち前の度胸と行動力を武器に、忍を守りながら立ち向かう。 魔力で進化したブレイザー、忍の「鑑定スキル」、そして翔の判断力と腕力。 全てを駆使して、この未知の世界を切り開いていく。 焚き火の炎の向こうに広がるのは、戦いと冒険、そして新しい絆。 タクシードライバーから異世界の冒険者へ――翔と忍のキャンピングカー旅が、今始まる。

異世界のんびり放浪記

立花アルト
ファンタジー
異世界に転移した少女リノは森でサバイバルしながら素材を集め、商人オルソンと出会って街アイゼルトヘ到着。 冒険者ギルドで登録と新人訓練を受け、採取や戦闘、魔法の基礎を学びながら生活準備を整え、街で道具を買い揃えつつ、次の冒険へ向けて動き始めた--。 よくある異世界転移?です。のんびり進む予定です。 小説家になろうにも投稿しています。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

処理中です...