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口から出る虚は嘘となる (上)
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嬉しそうな王妃様に水を差すわけにもいかず、結局シェイラはまたのこのことオリヴィエ様の研究室についてきてしまった。
だが、王妃様に伺ったオリヴィエ様の話で、ひとつ腑に落ちたことはある。
ずっと、不思議ではあったのだ。
どうして、オリヴィエ様が王族の居住エリアである王宮の地下に、個人の研究室と私室らしい部屋を与えられているのか。
オリヴィエ様が元第二王子で王族だったから、それだけではない。
もしかすると、第二王子の呪いの噂を流したのは、王室なのかもしれない。
オリヴィエ様のことをもう王室とは関わりのない人間だと思わせつつ、王宮内に匿っていたのだ。
「何か考え事?」
いつものように、実に自然にシェイラの隣に腰かけてきたオリヴィエ様に、シェイラは思わずびくりと身を強張らせた。
オリヴィエ様はオリヴィエ様なのに、男性だと意識するだけで、オリヴィエ様を見ることができない。
磨いた宝石のようなつるつるでぴかぴかの漆黒の床に視線を落としていたら、シェイラの唇からは言葉が零れていた。
「あの、どうしてわたしなのでしょう…?」
「どうして、とはどういう意味?」
シェイラはオリヴィエ様に顔を向けられずにいたのだが、オリヴィエ様はソファに浅く腰かけ直し、前傾姿勢になりながらシェイラの顔を覗き込んできた。
切れ長で涼し気な黒曜石の瞳と目が合ってしまって、ドキッとして、シェイラは思わず口を引き結ぶ。
やっぱり男性でも、この手の顔は、シェイラの好みらしい。
女性のときから端正で端麗なのは変わらないが、女性のときは端麗が強めで、今は端正の方が強いとは思う。
だが、涼しげで澄ました雰囲気とクールな美貌は、やはりシェイラの好みなのである。
どぎまぎしながら、シェイラはオリヴィエ様から視線を逸らす。
「婚約者、なんて。 王子様の身分に釣り合うとは思えません」
「私はもう、王子ではないよ。 それに、婚約したからといって結婚するとは限らないでしょう?」
ほとんど反射で視線をオリヴィエ様に戻してしまったが、何の疑問もなく微笑んでいるオリヴィエ様に、シェイラは思った。
ああ、この男、クズだ。
シェイラが何を思ったかはわからないはずだが、シェイラがオリヴィエ様に向ける瞳が白くなったのには気づいたのだろう。
だが、特に気分を害した様子もなく、オリヴィエ様は笑う。
「君は男が苦手なんだよね?」
唐突な問いだ、とは思ったが、もうオリヴィエ様にそのことは知られているし、隠し立てする必要もない。
そう、シェイラは開き直った。
「…男性を目の前にして、失礼なのは重々承知ですが、男性に夢など見ようがありません」
どれだけ見た目が美しかろうと素敵だろうと、中身はみんな獣と変態だ。
シェイラの父が獣で、異母兄であるシェロンが変態であるように。
今度こそ、気分を害しただろうか、とオリヴィエ様を盗み見ると、オリヴィエ様は肩を竦めて目を伏せて溜息と共に吐き出す。
「私だってもう女性はこりごりだよ」
女性関係が原因で、何者かに呪いをかけられた第二王子は、自分の行いを悔い改めるのではなく、そういう方向に走ったたらしい。
第二王子に呪いをかけられる人物がそんなにいるとも思えないから、これはもしかすると呪いではなく天罰なのではないだろうか。
そして、女性がこりごりだというのなら、シェイラはオリヴィエ様がこりごりだと仰る女性にほかならない。
「それなら」
お互いに、男性が苦手で女性が苦手なら、わざわざ婚約なんてしなくてもいいのでは。
そう、シェイラが続ける前に、オリヴィエ様が口を挟んだ。
「でも、君のことは可愛い」
思いの外、はっきりときっぱりとした響きに、シェイラは目を丸くする。
どういう反応を取ればいいのかわからなくて、口元や頬が緩みそうになり、ぎゅっと引き締めた。
オリヴィエ様はそれを見て、見透かしたように微笑む。
「君も、私のこと、満更でもないでしょう?」
ぐ、とシェイラは言葉に詰まった。
是とも否とも言えなかったが、きっとそれすら見透かされている。
満更でないわけがない。
だって、シェイラはオリヴィエ様の容姿は好みだけれど、その容姿だけでオリヴィエ様に恋をしたわけではないのだ。
ふとしたときに優しいところ、シェイラを気遣ってくれるところ、声だって好きだし、オリヴィエ様が微笑んでくれると嬉しい。
それらは、オリヴィエ様が男性になっても変わらず好きだと思える。
だから、きっと、シェイラが混乱しているのは、大好きなオリヴィエ様がシェイラの苦手な男だったということと、部分的にはクズらしいというところなのだと思う。
シェイラだって、遊びで齧られてぽいされないとは限らないのだ。
そう考えて、シェイラはまたひとつ、気づいてしまった。
どうやらシェイラは、オリヴィエ様にぽいされたくないと思っているらしい。
「ならば、私で妥協してみてもよいのでは?」
だというのに、部分的にクズらしいオリヴィエ様は【妥協】なんて言葉を簡単に口にする。
「だ、きょう」
それは、シェイラがオリヴィエ様のことを好きだとは信じていない台詞だと思う。
鈍く胸が痛んだのはきっと、そのためだ。
微笑むオリヴィエ様は、御自分の理解を疑ってもいないのだろう。
シェイラが苦しくなるようなことを続けるのだ。
「君は男が苦手で嫌いだけれど、それだけ綺麗で可愛いんだから、言い寄る男だって後を絶たないはずだよ。 だから、私を婚約者にして、男除けにしてみては?」
まだ、オリヴィエ様が男性であることを受け止めきれず、男性のオリヴィエ様に対して【好き】と一言告げられないシェイラが悪いのはわかっている。
それでも、シェイラはオリヴィエ様が、シェイラがオリヴィエ様を好きだなんて想定もしていなそうなことを、哀しく感じる。
それはきっと、女性のオリヴィエ様がシェイラを【好き】と言ってくれていたのも、呪いを解くための詭弁だったのではないかと心の一部が囁いているからだ。
それでも、オリヴィエ様の提案に心が動かされているのだから、救えない。
例え、お互いに都合がいいという理由の、仮初めの関係であっても、オリヴィエ様の傍にいられる。
いつまでかはわからないけれど、オリヴィエ様の婚約者でいられるのだ。
その誘惑は、抗いがたいものだった。
だから、シェイラは自分の欲求に降参した。
「…そういう、ことなら、協力して、いただけますか」
だが、王妃様に伺ったオリヴィエ様の話で、ひとつ腑に落ちたことはある。
ずっと、不思議ではあったのだ。
どうして、オリヴィエ様が王族の居住エリアである王宮の地下に、個人の研究室と私室らしい部屋を与えられているのか。
オリヴィエ様が元第二王子で王族だったから、それだけではない。
もしかすると、第二王子の呪いの噂を流したのは、王室なのかもしれない。
オリヴィエ様のことをもう王室とは関わりのない人間だと思わせつつ、王宮内に匿っていたのだ。
「何か考え事?」
いつものように、実に自然にシェイラの隣に腰かけてきたオリヴィエ様に、シェイラは思わずびくりと身を強張らせた。
オリヴィエ様はオリヴィエ様なのに、男性だと意識するだけで、オリヴィエ様を見ることができない。
磨いた宝石のようなつるつるでぴかぴかの漆黒の床に視線を落としていたら、シェイラの唇からは言葉が零れていた。
「あの、どうしてわたしなのでしょう…?」
「どうして、とはどういう意味?」
シェイラはオリヴィエ様に顔を向けられずにいたのだが、オリヴィエ様はソファに浅く腰かけ直し、前傾姿勢になりながらシェイラの顔を覗き込んできた。
切れ長で涼し気な黒曜石の瞳と目が合ってしまって、ドキッとして、シェイラは思わず口を引き結ぶ。
やっぱり男性でも、この手の顔は、シェイラの好みらしい。
女性のときから端正で端麗なのは変わらないが、女性のときは端麗が強めで、今は端正の方が強いとは思う。
だが、涼しげで澄ました雰囲気とクールな美貌は、やはりシェイラの好みなのである。
どぎまぎしながら、シェイラはオリヴィエ様から視線を逸らす。
「婚約者、なんて。 王子様の身分に釣り合うとは思えません」
「私はもう、王子ではないよ。 それに、婚約したからといって結婚するとは限らないでしょう?」
ほとんど反射で視線をオリヴィエ様に戻してしまったが、何の疑問もなく微笑んでいるオリヴィエ様に、シェイラは思った。
ああ、この男、クズだ。
シェイラが何を思ったかはわからないはずだが、シェイラがオリヴィエ様に向ける瞳が白くなったのには気づいたのだろう。
だが、特に気分を害した様子もなく、オリヴィエ様は笑う。
「君は男が苦手なんだよね?」
唐突な問いだ、とは思ったが、もうオリヴィエ様にそのことは知られているし、隠し立てする必要もない。
そう、シェイラは開き直った。
「…男性を目の前にして、失礼なのは重々承知ですが、男性に夢など見ようがありません」
どれだけ見た目が美しかろうと素敵だろうと、中身はみんな獣と変態だ。
シェイラの父が獣で、異母兄であるシェロンが変態であるように。
今度こそ、気分を害しただろうか、とオリヴィエ様を盗み見ると、オリヴィエ様は肩を竦めて目を伏せて溜息と共に吐き出す。
「私だってもう女性はこりごりだよ」
女性関係が原因で、何者かに呪いをかけられた第二王子は、自分の行いを悔い改めるのではなく、そういう方向に走ったたらしい。
第二王子に呪いをかけられる人物がそんなにいるとも思えないから、これはもしかすると呪いではなく天罰なのではないだろうか。
そして、女性がこりごりだというのなら、シェイラはオリヴィエ様がこりごりだと仰る女性にほかならない。
「それなら」
お互いに、男性が苦手で女性が苦手なら、わざわざ婚約なんてしなくてもいいのでは。
そう、シェイラが続ける前に、オリヴィエ様が口を挟んだ。
「でも、君のことは可愛い」
思いの外、はっきりときっぱりとした響きに、シェイラは目を丸くする。
どういう反応を取ればいいのかわからなくて、口元や頬が緩みそうになり、ぎゅっと引き締めた。
オリヴィエ様はそれを見て、見透かしたように微笑む。
「君も、私のこと、満更でもないでしょう?」
ぐ、とシェイラは言葉に詰まった。
是とも否とも言えなかったが、きっとそれすら見透かされている。
満更でないわけがない。
だって、シェイラはオリヴィエ様の容姿は好みだけれど、その容姿だけでオリヴィエ様に恋をしたわけではないのだ。
ふとしたときに優しいところ、シェイラを気遣ってくれるところ、声だって好きだし、オリヴィエ様が微笑んでくれると嬉しい。
それらは、オリヴィエ様が男性になっても変わらず好きだと思える。
だから、きっと、シェイラが混乱しているのは、大好きなオリヴィエ様がシェイラの苦手な男だったということと、部分的にはクズらしいというところなのだと思う。
シェイラだって、遊びで齧られてぽいされないとは限らないのだ。
そう考えて、シェイラはまたひとつ、気づいてしまった。
どうやらシェイラは、オリヴィエ様にぽいされたくないと思っているらしい。
「ならば、私で妥協してみてもよいのでは?」
だというのに、部分的にクズらしいオリヴィエ様は【妥協】なんて言葉を簡単に口にする。
「だ、きょう」
それは、シェイラがオリヴィエ様のことを好きだとは信じていない台詞だと思う。
鈍く胸が痛んだのはきっと、そのためだ。
微笑むオリヴィエ様は、御自分の理解を疑ってもいないのだろう。
シェイラが苦しくなるようなことを続けるのだ。
「君は男が苦手で嫌いだけれど、それだけ綺麗で可愛いんだから、言い寄る男だって後を絶たないはずだよ。 だから、私を婚約者にして、男除けにしてみては?」
まだ、オリヴィエ様が男性であることを受け止めきれず、男性のオリヴィエ様に対して【好き】と一言告げられないシェイラが悪いのはわかっている。
それでも、シェイラはオリヴィエ様が、シェイラがオリヴィエ様を好きだなんて想定もしていなそうなことを、哀しく感じる。
それはきっと、女性のオリヴィエ様がシェイラを【好き】と言ってくれていたのも、呪いを解くための詭弁だったのではないかと心の一部が囁いているからだ。
それでも、オリヴィエ様の提案に心が動かされているのだから、救えない。
例え、お互いに都合がいいという理由の、仮初めの関係であっても、オリヴィエ様の傍にいられる。
いつまでかはわからないけれど、オリヴィエ様の婚約者でいられるのだ。
その誘惑は、抗いがたいものだった。
だから、シェイラは自分の欲求に降参した。
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