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石に咲いた花は
石に咲いた花は
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「おはよう」
瞼に感じる光が明るくて、シィーファが瞼を上げると、唇に柔らかい感触が降る。
「…おはよう…」
ぼんやりとしながらそう返したシィーファだが、唐突に昔のことを思い出して、笑ってしまった。
「? 何か可笑しかった?」
不思議そうな顔でシィーファの顔を覗き込んでくるラディスに、シィーファは微笑む。
「…約束、ずぅっと守ってくれてるなぁって」
「当たり前だよ。 忘れるわけないでしょう?」
ラディスは、何でもないことのように、笑う。
そのことこそが奇跡だと、シィーファは思うのだ。
ラディスは、シィーファにプロポーズをするときに、「私が、毎朝キスで起こしてあげる」と言ったのだが、あれからずっとラディスは、それを律儀に守ってくれている。
忘れるわけないでしょう? と言ったラディスには、いまいちシィーファの言いたいことは伝わらなかったらしい。
あんなに小さな、約束とも言えないような約束を大切にして、ずっと守り続けてくれるラディスが、稀有な存在だ、と言いたかったのだ。
ラディスは、そっとベッドから抜け出すと、サッとカーテンを開ける。
そして、いつの間に置いていたのか、出窓のところにあった鉢を持ってきた。
「シィーファ。 これ、なんだと思う?」
シィーファは、身体を起こして、ラディスが持った鉢を見た。
そこには、シィーファの髪に似た色の、ごつごつと石のような塊がある。
石を鉢の土の上に置いてどうするんだろう、と思いながら、シィーファは視線をラディスに戻す。
「石、ですか?」
「植物だって。 花も咲くらしい」
「花、が」
ラディスの説明に、シィーファは驚いて、鉢に視線を戻した。
植物、と言われてみれば、そう見えないこともないけれど、こんな植物があることが、驚きだ。
シィーファが瞬きを繰り返していると、ラディスが柔らかな微笑みをその植物に落とした。
「シィーファの瞳と同じ、蜂蜜色の、タンポポみたいな花が咲くんだって。 きっと可愛いよ。 いつか、シィーファと一緒に見られたらいいな」
そして、その微笑みを、シィーファへと向けてくれる。
また、シィーファの胸の奥が、きゅううとなる。
石のようだけれど、石ではなく、花を咲かせる、植物。
何となく、だけれど、ラディスは、再会したその日に、シィーファが言ったことを覚えてくれていたのかな、と思った。
シィーファは、自分の名を、「石なのに、花を売る」と言ったのだ。
でも、ラディスは、「石のようなのに、花を咲かせる植物」をシィーファに見せてくれた。
こういう意味かもしれないよ、と示されたような気分に、なったのだ。
「…じゃあ、大切に、育てなきゃ。 …ありがとう、ラディス」
「うん、楽しみだね」
シィーファが微笑んで言ったお礼に、ラディスは安堵したように笑う。
ラディスは、シィーファに結婚を申し込んだ日、「絶対に後悔させないから」、とも言った。
こんなの、後悔なんてしようがない。
シィーファは、もう、ラディスの前では石の心を保てない、けれど。
ラディスと一緒にいるためなら、石の心を保っていける。 そう思うのだ。
瞼に感じる光が明るくて、シィーファが瞼を上げると、唇に柔らかい感触が降る。
「…おはよう…」
ぼんやりとしながらそう返したシィーファだが、唐突に昔のことを思い出して、笑ってしまった。
「? 何か可笑しかった?」
不思議そうな顔でシィーファの顔を覗き込んでくるラディスに、シィーファは微笑む。
「…約束、ずぅっと守ってくれてるなぁって」
「当たり前だよ。 忘れるわけないでしょう?」
ラディスは、何でもないことのように、笑う。
そのことこそが奇跡だと、シィーファは思うのだ。
ラディスは、シィーファにプロポーズをするときに、「私が、毎朝キスで起こしてあげる」と言ったのだが、あれからずっとラディスは、それを律儀に守ってくれている。
忘れるわけないでしょう? と言ったラディスには、いまいちシィーファの言いたいことは伝わらなかったらしい。
あんなに小さな、約束とも言えないような約束を大切にして、ずっと守り続けてくれるラディスが、稀有な存在だ、と言いたかったのだ。
ラディスは、そっとベッドから抜け出すと、サッとカーテンを開ける。
そして、いつの間に置いていたのか、出窓のところにあった鉢を持ってきた。
「シィーファ。 これ、なんだと思う?」
シィーファは、身体を起こして、ラディスが持った鉢を見た。
そこには、シィーファの髪に似た色の、ごつごつと石のような塊がある。
石を鉢の土の上に置いてどうするんだろう、と思いながら、シィーファは視線をラディスに戻す。
「石、ですか?」
「植物だって。 花も咲くらしい」
「花、が」
ラディスの説明に、シィーファは驚いて、鉢に視線を戻した。
植物、と言われてみれば、そう見えないこともないけれど、こんな植物があることが、驚きだ。
シィーファが瞬きを繰り返していると、ラディスが柔らかな微笑みをその植物に落とした。
「シィーファの瞳と同じ、蜂蜜色の、タンポポみたいな花が咲くんだって。 きっと可愛いよ。 いつか、シィーファと一緒に見られたらいいな」
そして、その微笑みを、シィーファへと向けてくれる。
また、シィーファの胸の奥が、きゅううとなる。
石のようだけれど、石ではなく、花を咲かせる、植物。
何となく、だけれど、ラディスは、再会したその日に、シィーファが言ったことを覚えてくれていたのかな、と思った。
シィーファは、自分の名を、「石なのに、花を売る」と言ったのだ。
でも、ラディスは、「石のようなのに、花を咲かせる植物」をシィーファに見せてくれた。
こういう意味かもしれないよ、と示されたような気分に、なったのだ。
「…じゃあ、大切に、育てなきゃ。 …ありがとう、ラディス」
「うん、楽しみだね」
シィーファが微笑んで言ったお礼に、ラディスは安堵したように笑う。
ラディスは、シィーファに結婚を申し込んだ日、「絶対に後悔させないから」、とも言った。
こんなの、後悔なんてしようがない。
シィーファは、もう、ラディスの前では石の心を保てない、けれど。
ラディスと一緒にいるためなら、石の心を保っていける。 そう思うのだ。
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