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第一章.帰還
5+.満月
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ナディアが来た途端、ヴェルドライトの周りから女性体は潮が引くように引いていった。
気づかないふりをして、トリアの婚約者と話を続けようとしたのだが、彼は「そろそろ婚約者のところへ…」と言って、そそくさと逃げるように去っていく。
では、と、近くにいたはずの両親や、トリアとリーファの両親――伯父夫婦を振り返れば、忽然と姿を消していて、ヴェルドライトは内心で舌打ちをした。
そんなヴェルドライトの胸の内など知りようのないナディアは、微笑みを浮かべたまま、ヴェルドライトの隣に並ぶ。
まるで、そこが当然、自分の居場所だとでも言うように。
普段なら、どう振る舞われようと、気にも留めない。
だが、今日はこの場に、リーファもいるのだ。
「…近い」
ヴェルドライトは、低く呟く。
リーファは、ヴェルドライトを見ていた、が、目が合った、と思った瞬間、逸らされた。
「あれ、お姉さん?」
無邪気に、なのか、無邪気さを装って、なのか、ナディアがヴェルドライトの腕に腕を絡ませつつ、耳に唇を寄せてくる。
「いいの? こんなお祝いの場に、連れてきて」
「…どういう意味?」
意識したわけではないが、また、声が低くなった。
今日は、リーファの実姉である、トリアの婚約パーティだ。
リーファとトリアは、仲がいい。
リーファは色々と立て込んでいたし、賑やかな場所に行けば、気分転換にもなるだろう。
久しぶりに実姉と会えるのも、きっと嬉しいはずだ。
そう、ヴェルドライトは思っていたのだが、リーファをお祝いの場に連れてきたら、何だというのか。
「だって、彼女、や」
言いかけて、ナディアは口を噤んだ。
単語、一語、ではあったが、察するに余りある。
きっとナディアは、【疫病神】と言おうとしたのだ。
リーファのことを、何も知らないくせに。
ヴェルドライトの気分を害したことは感じ取ったらしく、ナディアは慌てて言い換える。
「…いえ、喪に服すべきじゃないの、って言いたかったの」
「…それは、君が口出しすることだとでも?」
そんなやり取りをして、少し、目を離しただけ、だった。
ついさっきまでリーファがいた場所から、彼女の姿が消えている。
周囲を見回すが、リーファは見当たらない。
視界の隅に映ったトリアに、一緒にいると言っていたくせに、と理不尽な怒りをぶつけそうになるが、すぐに冷静になった。
婚約者の傍らで笑うトリアは、二体を祝福するために訪れた面々に囲まれて、幸せそうだ。
彼女はこのパーティの主役。
彼女こそ、リーファひとりを相手にしていられるわけがなかったし、リーファがトリアを気遣わないわけがないのだ。
自分の認識が甘かった。
…今も、昔も、ただ、それだけ。
ヴェルドライトは、庭園へと続くガラス扉が開け放たれているのに気づく。
まさか、外に出た、なんてことは、と外を見て、ヴェルドライトは目を見張る。
外は夜の闇に染められ、紅い大きな月と、それに寄り添う、赤く小さな月が浮かんでいる。
そのどちらもが、満月だなんて、最悪だ。
ヴェルドライトは、足早に庭園へと向かう。
「ねぇ、どこに行くの」
ナディアが、カツカツとハイヒールの音を立ててヴェルドライトを追いかけてきているようだが、構ってはいられない。
何か目印でも持たせておけばよかった。
そう歯噛みしながら、ヴェルドライトはリーファを見つけるため、庭園に降り立った。
今夜は、満月。
甘い香りが漂っていて、ヴェルドライトは眉間に深く皺を刻んだ。
気づかないふりをして、トリアの婚約者と話を続けようとしたのだが、彼は「そろそろ婚約者のところへ…」と言って、そそくさと逃げるように去っていく。
では、と、近くにいたはずの両親や、トリアとリーファの両親――伯父夫婦を振り返れば、忽然と姿を消していて、ヴェルドライトは内心で舌打ちをした。
そんなヴェルドライトの胸の内など知りようのないナディアは、微笑みを浮かべたまま、ヴェルドライトの隣に並ぶ。
まるで、そこが当然、自分の居場所だとでも言うように。
普段なら、どう振る舞われようと、気にも留めない。
だが、今日はこの場に、リーファもいるのだ。
「…近い」
ヴェルドライトは、低く呟く。
リーファは、ヴェルドライトを見ていた、が、目が合った、と思った瞬間、逸らされた。
「あれ、お姉さん?」
無邪気に、なのか、無邪気さを装って、なのか、ナディアがヴェルドライトの腕に腕を絡ませつつ、耳に唇を寄せてくる。
「いいの? こんなお祝いの場に、連れてきて」
「…どういう意味?」
意識したわけではないが、また、声が低くなった。
今日は、リーファの実姉である、トリアの婚約パーティだ。
リーファとトリアは、仲がいい。
リーファは色々と立て込んでいたし、賑やかな場所に行けば、気分転換にもなるだろう。
久しぶりに実姉と会えるのも、きっと嬉しいはずだ。
そう、ヴェルドライトは思っていたのだが、リーファをお祝いの場に連れてきたら、何だというのか。
「だって、彼女、や」
言いかけて、ナディアは口を噤んだ。
単語、一語、ではあったが、察するに余りある。
きっとナディアは、【疫病神】と言おうとしたのだ。
リーファのことを、何も知らないくせに。
ヴェルドライトの気分を害したことは感じ取ったらしく、ナディアは慌てて言い換える。
「…いえ、喪に服すべきじゃないの、って言いたかったの」
「…それは、君が口出しすることだとでも?」
そんなやり取りをして、少し、目を離しただけ、だった。
ついさっきまでリーファがいた場所から、彼女の姿が消えている。
周囲を見回すが、リーファは見当たらない。
視界の隅に映ったトリアに、一緒にいると言っていたくせに、と理不尽な怒りをぶつけそうになるが、すぐに冷静になった。
婚約者の傍らで笑うトリアは、二体を祝福するために訪れた面々に囲まれて、幸せそうだ。
彼女はこのパーティの主役。
彼女こそ、リーファひとりを相手にしていられるわけがなかったし、リーファがトリアを気遣わないわけがないのだ。
自分の認識が甘かった。
…今も、昔も、ただ、それだけ。
ヴェルドライトは、庭園へと続くガラス扉が開け放たれているのに気づく。
まさか、外に出た、なんてことは、と外を見て、ヴェルドライトは目を見張る。
外は夜の闇に染められ、紅い大きな月と、それに寄り添う、赤く小さな月が浮かんでいる。
そのどちらもが、満月だなんて、最悪だ。
ヴェルドライトは、足早に庭園へと向かう。
「ねぇ、どこに行くの」
ナディアが、カツカツとハイヒールの音を立ててヴェルドライトを追いかけてきているようだが、構ってはいられない。
何か目印でも持たせておけばよかった。
そう歯噛みしながら、ヴェルドライトはリーファを見つけるため、庭園に降り立った。
今夜は、満月。
甘い香りが漂っていて、ヴェルドライトは眉間に深く皺を刻んだ。
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