15 / 60
第一章.帰還
13.鎮静
しおりを挟む
その後、ヴェルドライトはリーファを苦もなく横抱きにし、リーファの部屋に備え付けの浴室に連れて行ってくれた。
そこで、「独りで大丈夫?」と確認した上で、「おやすみ、リーファ、いい夢を」と言って去っていったのだ。
そのことで色々と考えてしまい、身体はすっきりして、熱も妙な気持ちも治まったのに、全然眠れなかった。
寝不足で頭がズキズキする。
もう、朝になったことだし、ロビンにお手製の特製ハーブティーを淹れてもらおう。
そう、リーファはゆっくりと階段を下りて、一階の食堂へと向かった。
リーファたちは、生命維持に食物を必要とはしないが、嗜好品として食物や飲料を摂取する個体もいる。
とりわけ、パーティなど大勢が集まる場では、やはり食物や飲料を提供するのが通常だ。
リーファが食堂の扉を押すと、そこには先客がいた。
「おはよ」
きっちりとスーツを着込んだヴェルドライトは、微笑んで朝の挨拶をすると、ティーカップに口をつける。
ヴェルドライトは以前から、毎朝ロビン特製調合の紅茶を口にするのが日課だった。
頭がすっきりすると言っていた。
「おはよう…」
あまりにも普段どおりの彼に、リーファは少しだけ拍子抜けした。
昨夜のあれは、全部夢だったのではないか。
もしそうだとしたら、とんでもない夢を見たものだ。
「顔色、よくないね」
ヴェルドライトの言葉に、リーファは意識を引き戻される。
ヴェルドライトの翠柘榴石の瞳が、ジッと観察するようにリーファを凝視していた。
「…身体、つらい?」
投げられた問いに、リーファはかぁ、と赤くなる。
やはり、昨夜のあれは、現実だ。
「へい…き」
「なら、よかった」
ヴェルドライトは麗しく微笑んだ。
飲みかけの紅茶をそのままにして席から立ち、リーファに近づいてくる。
ヴェルドライトの手が、そっとリーファの頬に触れた。
「でも、やっぱり顔色がよくないよ」
「実は少し、頭痛がするの」
リーファが白状すると、ヴェルドライトはおまじないでもするように、リーファの額に唇を押し当てた。
「ロビンに、頭痛に効く調合のハーブティーを頼んでおくよ。 リーファの部屋に運んでもらうから、ゆっくり休んで」
「ありがとう」
リーファはヴェルドライトが覚えていてくれたことが嬉しくて、小さく微笑んだ。
それから、もうひとつお礼を言わなければならないことがあったのだ、とリーファは口を開く。
「…あの、昨日は、ありがとう」
「うん」
少々、気まずい、沈黙。
リーファは気恥ずかしくて、ヴェルドライトを見られなかった。
ヴェルドライトは違ったのだろう。
ヴェルドライトはリーファの顎を捉えて、上向かせた。
「またそういう気分になったら…、僕のところ、おいで」
真っ直ぐ見つめてくる彼の瞳に吸い込まれそうな感覚になって、リーファは必死に目を逸らす。
「…でも、そんなの、良くない…」
「何が? どうして? 誰に対して?」
ヴェルドライトは立て続けに質問したが、リーファの返答は必要としなかったらしい。
「僕に対してだったら、考えなくていいよ。 …だから、僕も、触りたくなったら…、触っていい?」
リーファは、瞠目した。
今、ヴェルドライトは、なんて?
…ああ、頭痛がひどくなってきた。
考えが、まとまらない。
ぐるぐるする。
けれど、ひとつだけ確実なことがある。
リーファは、額を押さえて首を横に振る。
「…ごめんなさい、わたし…だめ」
「? 何が、だめ、なの?」
リーファは繰り返して、ヴェルドライトの手から逃れ、彼に背を向ける。
「…わからない。 でも、だめなの。 …ごめんなさい、頭痛がするから、休むわ」
「リーファ」
呼ぶ声が、脳内で反響するような気がした。
それでも、リーファは振り返らない。
一刻も早く、ここから離れなければ。
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+
部屋に逃げ込み、頭痛を抱えてベッドに横になったリーファの元へ、ロビンがハーブティーを持って来てくれた。
すぐにロビンは退室してくれて、ほっとする。
ガラス製の透明なティーポットから、ガラス製のティーカップにハーブティーを注ぐと、ふわりと清涼感のある香りが鼻孔を擽った。
あとから、少し、甘い香り。
それだけで、少しだけ頭痛が和らいだ気がする。
気持ちも、すーっと落ち着いていくのを感じる。
あたたかいハーブティーの注がれたティーカップから、もう一度香りを吸い込んで、口をつける。
清涼感の中に、甘みのある香りと、さわやかながら優しい味が、じんわりと舌に広がった。
こくりと嚥下すれば、全身にじんわりと染み渡る感じがする。
目が、熱くなって、視界が、歪んで、つ…と熱い液体が目頭から零れた。
ロビンの淹れてくれたハーブティーの味わいが優しくて、優しすぎて、昨日の行為が、虚しくて、堪らなくなったのだ。
あれは、リーファに生じた、衝動的な欲望を満たすだけの行為。
そこには、何もない。
情動だけ。 身体だけ、だ。
それに、大切な相手を、付き合わせて、巻き込んでしまった。
彼は、リーファに頼まれれば、望めば、断らない。
そう、知っていたはずなのに。
ヴェルドライトは、だめだ。
絶対に、二度と求めてはいけない。
でないと、きっと、わたしが、壊す。 だめにしてしまう。
ああ、アンジェは確かに、正しい。
わたしは、ほかの誰でもない、彼の、疫病神だ。
そこで、「独りで大丈夫?」と確認した上で、「おやすみ、リーファ、いい夢を」と言って去っていったのだ。
そのことで色々と考えてしまい、身体はすっきりして、熱も妙な気持ちも治まったのに、全然眠れなかった。
寝不足で頭がズキズキする。
もう、朝になったことだし、ロビンにお手製の特製ハーブティーを淹れてもらおう。
そう、リーファはゆっくりと階段を下りて、一階の食堂へと向かった。
リーファたちは、生命維持に食物を必要とはしないが、嗜好品として食物や飲料を摂取する個体もいる。
とりわけ、パーティなど大勢が集まる場では、やはり食物や飲料を提供するのが通常だ。
リーファが食堂の扉を押すと、そこには先客がいた。
「おはよ」
きっちりとスーツを着込んだヴェルドライトは、微笑んで朝の挨拶をすると、ティーカップに口をつける。
ヴェルドライトは以前から、毎朝ロビン特製調合の紅茶を口にするのが日課だった。
頭がすっきりすると言っていた。
「おはよう…」
あまりにも普段どおりの彼に、リーファは少しだけ拍子抜けした。
昨夜のあれは、全部夢だったのではないか。
もしそうだとしたら、とんでもない夢を見たものだ。
「顔色、よくないね」
ヴェルドライトの言葉に、リーファは意識を引き戻される。
ヴェルドライトの翠柘榴石の瞳が、ジッと観察するようにリーファを凝視していた。
「…身体、つらい?」
投げられた問いに、リーファはかぁ、と赤くなる。
やはり、昨夜のあれは、現実だ。
「へい…き」
「なら、よかった」
ヴェルドライトは麗しく微笑んだ。
飲みかけの紅茶をそのままにして席から立ち、リーファに近づいてくる。
ヴェルドライトの手が、そっとリーファの頬に触れた。
「でも、やっぱり顔色がよくないよ」
「実は少し、頭痛がするの」
リーファが白状すると、ヴェルドライトはおまじないでもするように、リーファの額に唇を押し当てた。
「ロビンに、頭痛に効く調合のハーブティーを頼んでおくよ。 リーファの部屋に運んでもらうから、ゆっくり休んで」
「ありがとう」
リーファはヴェルドライトが覚えていてくれたことが嬉しくて、小さく微笑んだ。
それから、もうひとつお礼を言わなければならないことがあったのだ、とリーファは口を開く。
「…あの、昨日は、ありがとう」
「うん」
少々、気まずい、沈黙。
リーファは気恥ずかしくて、ヴェルドライトを見られなかった。
ヴェルドライトは違ったのだろう。
ヴェルドライトはリーファの顎を捉えて、上向かせた。
「またそういう気分になったら…、僕のところ、おいで」
真っ直ぐ見つめてくる彼の瞳に吸い込まれそうな感覚になって、リーファは必死に目を逸らす。
「…でも、そんなの、良くない…」
「何が? どうして? 誰に対して?」
ヴェルドライトは立て続けに質問したが、リーファの返答は必要としなかったらしい。
「僕に対してだったら、考えなくていいよ。 …だから、僕も、触りたくなったら…、触っていい?」
リーファは、瞠目した。
今、ヴェルドライトは、なんて?
…ああ、頭痛がひどくなってきた。
考えが、まとまらない。
ぐるぐるする。
けれど、ひとつだけ確実なことがある。
リーファは、額を押さえて首を横に振る。
「…ごめんなさい、わたし…だめ」
「? 何が、だめ、なの?」
リーファは繰り返して、ヴェルドライトの手から逃れ、彼に背を向ける。
「…わからない。 でも、だめなの。 …ごめんなさい、頭痛がするから、休むわ」
「リーファ」
呼ぶ声が、脳内で反響するような気がした。
それでも、リーファは振り返らない。
一刻も早く、ここから離れなければ。
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+
部屋に逃げ込み、頭痛を抱えてベッドに横になったリーファの元へ、ロビンがハーブティーを持って来てくれた。
すぐにロビンは退室してくれて、ほっとする。
ガラス製の透明なティーポットから、ガラス製のティーカップにハーブティーを注ぐと、ふわりと清涼感のある香りが鼻孔を擽った。
あとから、少し、甘い香り。
それだけで、少しだけ頭痛が和らいだ気がする。
気持ちも、すーっと落ち着いていくのを感じる。
あたたかいハーブティーの注がれたティーカップから、もう一度香りを吸い込んで、口をつける。
清涼感の中に、甘みのある香りと、さわやかながら優しい味が、じんわりと舌に広がった。
こくりと嚥下すれば、全身にじんわりと染み渡る感じがする。
目が、熱くなって、視界が、歪んで、つ…と熱い液体が目頭から零れた。
ロビンの淹れてくれたハーブティーの味わいが優しくて、優しすぎて、昨日の行為が、虚しくて、堪らなくなったのだ。
あれは、リーファに生じた、衝動的な欲望を満たすだけの行為。
そこには、何もない。
情動だけ。 身体だけ、だ。
それに、大切な相手を、付き合わせて、巻き込んでしまった。
彼は、リーファに頼まれれば、望めば、断らない。
そう、知っていたはずなのに。
ヴェルドライトは、だめだ。
絶対に、二度と求めてはいけない。
でないと、きっと、わたしが、壊す。 だめにしてしまう。
ああ、アンジェは確かに、正しい。
わたしは、ほかの誰でもない、彼の、疫病神だ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
淫紋付きランジェリーパーティーへようこそ~麗人辺境伯、婿殿の逆襲の罠にハメられる
柿崎まつる
恋愛
ローテ辺境伯領から最重要機密を盗んだ男が潜んだ先は、ある紳士社交倶楽部の夜会会場。女辺境伯とその夫は夜会に潜入するが、なんとそこはランジェリーパーティーだった!
※辺境伯は女です ムーンライトノベルズに掲載済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる