【R18】翡翠の鎖

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第一章.帰還

13.鎮静

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 その後、ヴェルドライトはリーファを苦もなく横抱きにし、リーファの部屋に備え付けの浴室に連れて行ってくれた。
 そこで、「独りで大丈夫?」と確認した上で、「おやすみ、リーファ、いい夢を」と言って去っていったのだ。


 そのことで色々と考えてしまい、身体はすっきりして、熱も妙な気持ちも治まったのに、全然眠れなかった。


 寝不足で頭がズキズキする。
 もう、朝になったことだし、ロビンにお手製の特製ハーブティーを淹れてもらおう。

 そう、リーファはゆっくりと階段を下りて、一階の食堂へと向かった。

 リーファたちは、生命維持に食物を必要とはしないが、嗜好品として食物や飲料を摂取する個体もいる。
 とりわけ、パーティなど大勢が集まる場では、やはり食物や飲料を提供するのが通常だ。

 リーファが食堂の扉を押すと、そこには先客がいた。
「おはよ」
 きっちりとスーツを着込んだヴェルドライトは、微笑んで朝の挨拶をすると、ティーカップに口をつける。

 ヴェルドライトは以前から、毎朝ロビン特製調合の紅茶を口にするのが日課だった。
 頭がすっきりすると言っていた。


「おはよう…」
 あまりにも普段どおりの彼に、リーファは少しだけ拍子抜けした。

 昨夜のあれは、全部夢だったのではないか。
 もしそうだとしたら、とんでもない夢を見たものだ。

「顔色、よくないね」
 ヴェルドライトの言葉に、リーファは意識を引き戻される。
 ヴェルドライトの翠柘榴石の瞳が、ジッと観察するようにリーファを凝視していた。
「…身体、つらい?」

 投げられた問いに、リーファはかぁ、と赤くなる。
 やはり、昨夜のあれは、現実だ。

「へい…き」
「なら、よかった」
 ヴェルドライトは麗しく微笑んだ。

 飲みかけの紅茶をそのままにして席から立ち、リーファに近づいてくる。
 ヴェルドライトの手が、そっとリーファの頬に触れた。


「でも、やっぱり顔色がよくないよ」
「実は少し、頭痛がするの」
 リーファが白状すると、ヴェルドライトはおまじないでもするように、リーファの額に唇を押し当てた。
「ロビンに、頭痛に効く調合のハーブティーを頼んでおくよ。 リーファの部屋に運んでもらうから、ゆっくり休んで」
「ありがとう」
 リーファはヴェルドライトが覚えていてくれたことが嬉しくて、小さく微笑んだ。


 それから、もうひとつお礼を言わなければならないことがあったのだ、とリーファは口を開く。
「…あの、昨日は、ありがとう」
「うん」

 少々、気まずい、沈黙。
 リーファは気恥ずかしくて、ヴェルドライトを見られなかった。
 ヴェルドライトは違ったのだろう。

 ヴェルドライトはリーファの顎を捉えて、上向かせた。
「またそういう気分になったら…、僕のところ、おいで」


 真っ直ぐ見つめてくる彼の瞳に吸い込まれそうな感覚になって、リーファは必死に目を逸らす。
「…でも、そんなの、良くない…」

「何が? どうして? 誰に対して?」
 ヴェルドライトは立て続けに質問したが、リーファの返答は必要としなかったらしい。
「僕に対してだったら、考えなくていいよ。 …だから、僕も、触りたくなったら…、触っていい?」


 リーファは、瞠目した。
 今、ヴェルドライトは、なんて?

 …ああ、頭痛がひどくなってきた。

 考えが、まとまらない。
 ぐるぐるする。

 けれど、ひとつだけ確実なことがある。

 リーファは、額を押さえて首を横に振る。
「…ごめんなさい、わたし…だめ」
「? 何が、だめ、なの?」


 リーファは繰り返して、ヴェルドライトの手から逃れ、彼に背を向ける。
「…わからない。 でも、だめなの。 …ごめんなさい、頭痛がするから、休むわ」
「リーファ」

 呼ぶ声が、脳内で反響するような気がした。
 それでも、リーファは振り返らない。


 一刻も早く、ここから離れなければ。



+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+



 部屋に逃げ込み、頭痛を抱えてベッドに横になったリーファの元へ、ロビンがハーブティーを持って来てくれた。
 すぐにロビンは退室してくれて、ほっとする。

 ガラス製の透明なティーポットから、ガラス製のティーカップにハーブティーを注ぐと、ふわりと清涼感のある香りが鼻孔を擽った。
 あとから、少し、甘い香り。

 それだけで、少しだけ頭痛が和らいだ気がする。

 気持ちも、すーっと落ち着いていくのを感じる。
 あたたかいハーブティーの注がれたティーカップから、もう一度香りを吸い込んで、口をつける。
 清涼感の中に、甘みのある香りと、さわやかながら優しい味が、じんわりと舌に広がった。
 こくりと嚥下すれば、全身にじんわりと染み渡る感じがする。


 目が、熱くなって、視界が、歪んで、つ…と熱い液体が目頭から零れた。
 ロビンの淹れてくれたハーブティーの味わいが優しくて、優しすぎて、昨日の行為が、虚しくて、堪らなくなったのだ。

 あれは、リーファに生じた、衝動的な欲望を満たすだけの行為。
 そこには、何もない。

 情動だけ。 身体だけ、だ。

 それに、大切な相手を、付き合わせて、巻き込んでしまった。
 彼は、リーファに頼まれれば、望めば、断らない。
 そう、知っていたはずなのに。

 ヴェルドライトは、だめだ。
 絶対に、二度と求めてはいけない。
 でないと、きっと、わたしが、壊す。 だめにしてしまう。


 ああ、アンジェは確かに、正しい。
 わたしは、ほかの誰でもない、彼の、疫病神だ。
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