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紅薔薇の棘
十輪
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アンネローゼは、初めて入る夫婦の寝室で、憂鬱になっていた。
国王陛下ともなれば、一夫多妻も認められているし、アンネローゼは今まで自室で寝起きをしていた。
フレンティア国王も、この主寝室とは別に自分一人用の寝室があるようだった。
アンネローゼは緊張してカチコチになるならともかく、憂鬱さとだるさが勝ってベッドのど真ん中を占領して大の字になっている。
こんな花嫁では、とやる気も何もかも萎えさせてくれればいい。 というか、アンネローゼとしては、アンネローゼとあのフレンティア国王で色っぽいことになる流れと言うのが、全く想像できない。
だって、アンネローゼのことを「気の強そうな美人は、私の好みではない」とか面と向かって言うようなフレンティア国王だぞ!?
フレンティア国王に嫌われていない自信はあるが、どちらかというと【男友達】のような分類をされている気がする。 大体において、あの男はアンネローゼの扱いが雑だ。
侍女たちに、頭のてっぺんから足のつま先までつるっつるのぴかっぴかに磨き上げられた――断じて頭部はつるっつるでもぴかっぴかでもない――ところ悪いが、このまま眠ってしまってもいいだろうか。
一度寝たら、この憂鬱とだるさは治ると思うのだが。
そんなことを考えていると、フレンティア国王の部屋側の主寝室の扉が開く音がした。
開いた。
開いてしまったのだ。
「おや、寝てしまったの?」
さして残念そうでもない、フレンティア国王の声が降ってくる。
ここで狸寝入りでもしてしまえばよかったのだが、元来正直者のアンネローゼには、狸寝入りを続けることは難しかったのだ。
「…残念ながら、起きています…。 ものすごく憂鬱で起き上がれる気はしません」
ベッドの中央に横たわったままで、目だけを開いて告げる。
「少し、フレンティア王室の話をしようか」
ベッドが沈んだ感じもせずに、フレンティア国王がそんなことを言うものだから、アンネローゼは首だけを動かしてフレンティア国王の居場所を確認する。
フレンティア国王は、ベッドから少し離れたところにある、椅子に腰かけていた。
ゆったりとしたローブ型の寝衣を身に着けたフレンティア国王の、先の発言を頭の中で繰り返して、アンネローゼは上体を起こす。 ベッドに座り直して、フレンティア国王を見つめた。
「それは、わたくしが聞いていい話なのでしょうか?」
「さあ、どうだろう?」
曖昧に笑うフレンティア国王は、アンネローゼの問いに対する答えをくれない。
だが、その顔を見ていれば、フレンティア国王がアンネローゼにフレンティア王室の話を聞かせる気でいるのは、間違いない。
正直、聞かせないでほしいし、巻き込まないでほしい、とは思う。
勢いで嫁いできたフレンティアだが、アンネローゼは今のところホームシックにはなっていない。
たくさんのひとに祝福してもらったし、アンネローゼがフレンティアの王妃であることに異を唱える者は今のところいない。 アンネローゼと接するひとたちは、皆、優しいとも思う。
だからこそ、アンネローゼは、自分はフレンティアの内情を深く知らない方がいいと考えている。
だが、フレンティア国王は、アンネローゼが聞きたくない話を、アンネローゼに聞かせるのだ。
「今、フレンティア王室で、直系か直系に準じる男子は、私かあのロワイエールだけなんだ」
意外な話だ、と思ったし、それほど重要ではなさそうだ、とも感じた。
だから、黙って聞く気になったのだと思う。
フレンティア国王のブラックスターの瞳がすっとアンネローゼに向いた。
「父の話はどのくらい聞いているかな」
父の、話。
それもまた、アンネローゼには意外だった。 先の話との繋がりが見えない。
前フレンティア国王は、四十そこそこで亡くなったと聞いているが、在位は長かったとも聞いている。
前フレンティア国王が即位したのは、十かそこらのときだったはずだ。 それから、前フレンティア国王は、表向きは病死ということになっているが、毒殺を疑われているという話もある。
死のひと月前までは元気な姿を見せていたというのに、急に弱って病床に臥せり、亡くなった。
だから、手を下したのは、当時政治的に対立していた、王太子時代のフレンティア国王ではないかと囁かれていることも、アンネローゼは知っている。
「父は、七人兄姉弟の末弟で、本来なら、王に就くはずの人間ではなかったんだ。 でも、上の五人の兄が王座を巡って争い、生き残ったのが父だったらしい」
さらり、とフレンティア国王が語ったことに、アンネローゼは声を失くした。
少なくとも、結婚初夜に聞かせる話題ではないと思った。
フレンティア王朝は血に塗まみれている、という話は、知っていた。
アンネローゼが、フレンティア国王とロージィちゃんの婚姻に反対した理由も、それだ。
先代国王は兄弟殺しの王、現国王は父親殺しの王。
そう、聞いていたというのに。
アンネローゼの考えていることは、恐らく顔に出ていたのだろう。
フレンティア国王は、微笑んだ。
ひどく穏やかで、静かな笑みだった。 もちろん、胡散臭くもない。
「その様子だと、父のことは兄弟殺しの王とでも聞いていたのかな?」
ぎくり、とした。
アンネローゼのその心ですら、フレンティア国王のブラックスターの瞳は見透かしているのだろう。
静かに笑んだまま、アンネローゼから視線を外して、どこか遠くを見る。
「君は悪くない。 その噂を敢えて否定せず放置したのも、父だ。 きっと、都合がよかったのだと思うよ」
国王陛下ともなれば、一夫多妻も認められているし、アンネローゼは今まで自室で寝起きをしていた。
フレンティア国王も、この主寝室とは別に自分一人用の寝室があるようだった。
アンネローゼは緊張してカチコチになるならともかく、憂鬱さとだるさが勝ってベッドのど真ん中を占領して大の字になっている。
こんな花嫁では、とやる気も何もかも萎えさせてくれればいい。 というか、アンネローゼとしては、アンネローゼとあのフレンティア国王で色っぽいことになる流れと言うのが、全く想像できない。
だって、アンネローゼのことを「気の強そうな美人は、私の好みではない」とか面と向かって言うようなフレンティア国王だぞ!?
フレンティア国王に嫌われていない自信はあるが、どちらかというと【男友達】のような分類をされている気がする。 大体において、あの男はアンネローゼの扱いが雑だ。
侍女たちに、頭のてっぺんから足のつま先までつるっつるのぴかっぴかに磨き上げられた――断じて頭部はつるっつるでもぴかっぴかでもない――ところ悪いが、このまま眠ってしまってもいいだろうか。
一度寝たら、この憂鬱とだるさは治ると思うのだが。
そんなことを考えていると、フレンティア国王の部屋側の主寝室の扉が開く音がした。
開いた。
開いてしまったのだ。
「おや、寝てしまったの?」
さして残念そうでもない、フレンティア国王の声が降ってくる。
ここで狸寝入りでもしてしまえばよかったのだが、元来正直者のアンネローゼには、狸寝入りを続けることは難しかったのだ。
「…残念ながら、起きています…。 ものすごく憂鬱で起き上がれる気はしません」
ベッドの中央に横たわったままで、目だけを開いて告げる。
「少し、フレンティア王室の話をしようか」
ベッドが沈んだ感じもせずに、フレンティア国王がそんなことを言うものだから、アンネローゼは首だけを動かしてフレンティア国王の居場所を確認する。
フレンティア国王は、ベッドから少し離れたところにある、椅子に腰かけていた。
ゆったりとしたローブ型の寝衣を身に着けたフレンティア国王の、先の発言を頭の中で繰り返して、アンネローゼは上体を起こす。 ベッドに座り直して、フレンティア国王を見つめた。
「それは、わたくしが聞いていい話なのでしょうか?」
「さあ、どうだろう?」
曖昧に笑うフレンティア国王は、アンネローゼの問いに対する答えをくれない。
だが、その顔を見ていれば、フレンティア国王がアンネローゼにフレンティア王室の話を聞かせる気でいるのは、間違いない。
正直、聞かせないでほしいし、巻き込まないでほしい、とは思う。
勢いで嫁いできたフレンティアだが、アンネローゼは今のところホームシックにはなっていない。
たくさんのひとに祝福してもらったし、アンネローゼがフレンティアの王妃であることに異を唱える者は今のところいない。 アンネローゼと接するひとたちは、皆、優しいとも思う。
だからこそ、アンネローゼは、自分はフレンティアの内情を深く知らない方がいいと考えている。
だが、フレンティア国王は、アンネローゼが聞きたくない話を、アンネローゼに聞かせるのだ。
「今、フレンティア王室で、直系か直系に準じる男子は、私かあのロワイエールだけなんだ」
意外な話だ、と思ったし、それほど重要ではなさそうだ、とも感じた。
だから、黙って聞く気になったのだと思う。
フレンティア国王のブラックスターの瞳がすっとアンネローゼに向いた。
「父の話はどのくらい聞いているかな」
父の、話。
それもまた、アンネローゼには意外だった。 先の話との繋がりが見えない。
前フレンティア国王は、四十そこそこで亡くなったと聞いているが、在位は長かったとも聞いている。
前フレンティア国王が即位したのは、十かそこらのときだったはずだ。 それから、前フレンティア国王は、表向きは病死ということになっているが、毒殺を疑われているという話もある。
死のひと月前までは元気な姿を見せていたというのに、急に弱って病床に臥せり、亡くなった。
だから、手を下したのは、当時政治的に対立していた、王太子時代のフレンティア国王ではないかと囁かれていることも、アンネローゼは知っている。
「父は、七人兄姉弟の末弟で、本来なら、王に就くはずの人間ではなかったんだ。 でも、上の五人の兄が王座を巡って争い、生き残ったのが父だったらしい」
さらり、とフレンティア国王が語ったことに、アンネローゼは声を失くした。
少なくとも、結婚初夜に聞かせる話題ではないと思った。
フレンティア王朝は血に塗まみれている、という話は、知っていた。
アンネローゼが、フレンティア国王とロージィちゃんの婚姻に反対した理由も、それだ。
先代国王は兄弟殺しの王、現国王は父親殺しの王。
そう、聞いていたというのに。
アンネローゼの考えていることは、恐らく顔に出ていたのだろう。
フレンティア国王は、微笑んだ。
ひどく穏やかで、静かな笑みだった。 もちろん、胡散臭くもない。
「その様子だと、父のことは兄弟殺しの王とでも聞いていたのかな?」
ぎくり、とした。
アンネローゼのその心ですら、フレンティア国王のブラックスターの瞳は見透かしているのだろう。
静かに笑んだまま、アンネローゼから視線を外して、どこか遠くを見る。
「君は悪くない。 その噂を敢えて否定せず放置したのも、父だ。 きっと、都合がよかったのだと思うよ」
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