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紅薔薇の棘
一束と三輪
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アンネローゼとしては、恋のキューピッドになったつもりで告げたのだが、フレンティア国王はこともあろうに、顔を背けて思い切り噴き出した。
「何が可笑しいんですの!?」
笑われるようなことは、何一つ言っていないはずだ。
憤慨するアンネローゼの前で、ようやく笑いを収めたフレンティア国王は、目元を拭いながらなぜか、ロワきゅんを見た。
「ああ、いや…。 …ロワ、ありがとう」
「!?」
もはや、声も出なかった。
そこは、アンネローゼにに感謝して然るべきところではないのか。
どうして、ロワきゅんへの感謝が出るのか。
そう、腑に落ちないアンネローゼに、思いがけずフレンティア国王の真摯な表情が降ってきて、どきりとする。
「私は、良き妻を…良き理解者を得た。 これは本当に、何物にも代えられない、かけがえのないことだ。 …ありがとう、アンネ」
告げられた言葉に、呆けるしかなかった。
次いで、脳がその意味を理解して、じわじわと顔面が熱を持つ。
これはもしかすると、アンネローゼの人生の中で、最大の賛辞かもしれない。
というか、身に余る光栄どころの話ではない、評価だ。
アンネローゼは、自慢ではないが、容姿以外のことで褒められたためしがない。
だから、どんな反応を返していいものかと、しどろもどろになっていたのだが、その顔をフレンティア国王に固定されて、フレンティア国王に向けさせられた。
「アンネ。 巻き込んでしまって済まないね。 けれど私は、私のもとに嫁いできてくれたのが、君でよかったと思っているよ」
前半は、苦笑の混じった、申し訳なさそうな表情。
後半は、穏やかでありながら、明るい微笑みだった。
ああ、きっと、このひとは、人たらしでもあるのだろう。
もっと高尚な言い方をすれば、人徳があるのだ。
そして、相手が動きたくなるような、嬉しくなるような言葉をくれる。 これもきっと、才能。
このひとは恐らく、国王となるべくして生まれた。
扉が閉まる音を聞きながら、アンネローゼはそんなことを思う。
室内に残されたのは、アンネローゼと、フレンティア国王の従弟のロワイエール。
ふわふわとしたスチールブルーの髪と、神秘的なブラックラブラドライトの瞳。 年齢より多少幼く見られる、可愛らしい顔立ちの彼も、恐らくフレンティア国王のことを、そのように捉えている。
示された条件もあるだろう。
個人の事情もあるだろう。
けれどきっと、ロワきゅんもフレンティア国王という人間が好きなのだ。
そして、それは、アンネローゼも同じこと。
滅茶苦茶な人間に嫁がされたな、とは思う。
けれど、それ以上に、嫁いだ相手がフレンティア国王でよかったと思う自分がいるのだから、人生とはわからないものだ。
…なんて感慨に耽ると見せかけて現実逃避していたのだが、ロワきゅんとの初夜の問題が目の前に横たわっていることをから目を逸らせなくなった。
「紅薔薇姫」
なぜなら、ロワきゅんが、アンネローゼのことを呼んだからだ。
アンネローゼはぎくりと身を強張らせ、ぎこちない動きでロワきゅんの声が聞こえた方向を振り返る。
そこで、アンネローゼは心肺停止状態に陥るかと思った。
目の前三十センチほどの距離に、ロワきゅんの清冽にして静謐な、清らかでぎゃんかわなお顔があったからだ。 尊すぎて今すぐひれ伏して祈りを捧げたいレベルなのだが、そんなことを始めてはドン引きされる。
なけなしの理性は、アンネローゼをびしりと固まらせることで動作取り消しを試みたらしい。
アンネローゼが硬直していると、ロワきゅんは表情と雰囲気で哀愁を漂わせる。
「貴女は僕の顔がお気に召さないのですか?」
しょぼんと耳を垂れさせたヨークシャーテリアとロワきゅんの顔が重なって見えて、アンネローゼは「うっ」となる。
母が動物を苦手だったため、アンネローゼは動物を飼ったことはなかった。
だが、ハンナの家ではヨークシャーテリアを飼っており、その可愛さにアンネローゼはめろめろだったのだ。 そうやって重ねてみれば、ロワきゅんのふわふわとしたスチールブルーの髪と、ヨークシャーテリアの毛並みは似ている気がする。
どうして、こんなに可愛くて尊い生き物を、お気に召さないなんて言えるだろう。
「そんなこと、あるわけないではありませんか!」
気づけば、アンネローゼは力いっぱい否定していた。
そう。 お気に召さない、なんてあるわけがない。
むしろ!!
「お気に召しすぎて辛いんですぅぅぅ!」
拝顔の栄に浴することができただけでも、身に余りすぎるというのに、そのロワきゅんと何をしようというのだ、何を!
嬉しいのか悲しいのかわからなくて、アンネローゼはわっと両手で顔を覆った。
自分の感情が自分でもわからない。
決して嫌なわけではないのだが、畏れ多いし、恥ずかしい。
がっかりされて嫌われてしまったら、と思うと、身体の芯から冷え込むような感じがするのだ。
アンネローゼが一度ぶるりと震えると、ふっと短く息を吐く音が耳に届いた。
笑ったのではなく、溜息に近い音だということは、見ずともわかったのだが、反射で顔を上げる。
上げて、アンネローゼは反射で目を閉じることになる。
視界に濃い灰色の何かが迫ったからだ。
「ぇっ!?」
すぐに視界が覆われる。
目元の肌に触れるその感触から、布のようなものであることは理解した。
騎士たちが、応急処置用に持ち歩いているという、ハンカチーフなのかもしれない。
だが、どうしてアンネローゼが、それで目隠しをされなければならないのか。
考えていると、ロワきゅんの声が、耳元で聞こえて、びくりとする。
「こういうことは、あまり好きではないのですが…。 紅薔薇姫が望むのであれば、仕方ありません」
瞬時にはロワきゅんの言葉の意味がわからなくて、アンネローゼは硬直した。
………自分は一体、何を望んだというのだろう。
「何が可笑しいんですの!?」
笑われるようなことは、何一つ言っていないはずだ。
憤慨するアンネローゼの前で、ようやく笑いを収めたフレンティア国王は、目元を拭いながらなぜか、ロワきゅんを見た。
「ああ、いや…。 …ロワ、ありがとう」
「!?」
もはや、声も出なかった。
そこは、アンネローゼにに感謝して然るべきところではないのか。
どうして、ロワきゅんへの感謝が出るのか。
そう、腑に落ちないアンネローゼに、思いがけずフレンティア国王の真摯な表情が降ってきて、どきりとする。
「私は、良き妻を…良き理解者を得た。 これは本当に、何物にも代えられない、かけがえのないことだ。 …ありがとう、アンネ」
告げられた言葉に、呆けるしかなかった。
次いで、脳がその意味を理解して、じわじわと顔面が熱を持つ。
これはもしかすると、アンネローゼの人生の中で、最大の賛辞かもしれない。
というか、身に余る光栄どころの話ではない、評価だ。
アンネローゼは、自慢ではないが、容姿以外のことで褒められたためしがない。
だから、どんな反応を返していいものかと、しどろもどろになっていたのだが、その顔をフレンティア国王に固定されて、フレンティア国王に向けさせられた。
「アンネ。 巻き込んでしまって済まないね。 けれど私は、私のもとに嫁いできてくれたのが、君でよかったと思っているよ」
前半は、苦笑の混じった、申し訳なさそうな表情。
後半は、穏やかでありながら、明るい微笑みだった。
ああ、きっと、このひとは、人たらしでもあるのだろう。
もっと高尚な言い方をすれば、人徳があるのだ。
そして、相手が動きたくなるような、嬉しくなるような言葉をくれる。 これもきっと、才能。
このひとは恐らく、国王となるべくして生まれた。
扉が閉まる音を聞きながら、アンネローゼはそんなことを思う。
室内に残されたのは、アンネローゼと、フレンティア国王の従弟のロワイエール。
ふわふわとしたスチールブルーの髪と、神秘的なブラックラブラドライトの瞳。 年齢より多少幼く見られる、可愛らしい顔立ちの彼も、恐らくフレンティア国王のことを、そのように捉えている。
示された条件もあるだろう。
個人の事情もあるだろう。
けれどきっと、ロワきゅんもフレンティア国王という人間が好きなのだ。
そして、それは、アンネローゼも同じこと。
滅茶苦茶な人間に嫁がされたな、とは思う。
けれど、それ以上に、嫁いだ相手がフレンティア国王でよかったと思う自分がいるのだから、人生とはわからないものだ。
…なんて感慨に耽ると見せかけて現実逃避していたのだが、ロワきゅんとの初夜の問題が目の前に横たわっていることをから目を逸らせなくなった。
「紅薔薇姫」
なぜなら、ロワきゅんが、アンネローゼのことを呼んだからだ。
アンネローゼはぎくりと身を強張らせ、ぎこちない動きでロワきゅんの声が聞こえた方向を振り返る。
そこで、アンネローゼは心肺停止状態に陥るかと思った。
目の前三十センチほどの距離に、ロワきゅんの清冽にして静謐な、清らかでぎゃんかわなお顔があったからだ。 尊すぎて今すぐひれ伏して祈りを捧げたいレベルなのだが、そんなことを始めてはドン引きされる。
なけなしの理性は、アンネローゼをびしりと固まらせることで動作取り消しを試みたらしい。
アンネローゼが硬直していると、ロワきゅんは表情と雰囲気で哀愁を漂わせる。
「貴女は僕の顔がお気に召さないのですか?」
しょぼんと耳を垂れさせたヨークシャーテリアとロワきゅんの顔が重なって見えて、アンネローゼは「うっ」となる。
母が動物を苦手だったため、アンネローゼは動物を飼ったことはなかった。
だが、ハンナの家ではヨークシャーテリアを飼っており、その可愛さにアンネローゼはめろめろだったのだ。 そうやって重ねてみれば、ロワきゅんのふわふわとしたスチールブルーの髪と、ヨークシャーテリアの毛並みは似ている気がする。
どうして、こんなに可愛くて尊い生き物を、お気に召さないなんて言えるだろう。
「そんなこと、あるわけないではありませんか!」
気づけば、アンネローゼは力いっぱい否定していた。
そう。 お気に召さない、なんてあるわけがない。
むしろ!!
「お気に召しすぎて辛いんですぅぅぅ!」
拝顔の栄に浴することができただけでも、身に余りすぎるというのに、そのロワきゅんと何をしようというのだ、何を!
嬉しいのか悲しいのかわからなくて、アンネローゼはわっと両手で顔を覆った。
自分の感情が自分でもわからない。
決して嫌なわけではないのだが、畏れ多いし、恥ずかしい。
がっかりされて嫌われてしまったら、と思うと、身体の芯から冷え込むような感じがするのだ。
アンネローゼが一度ぶるりと震えると、ふっと短く息を吐く音が耳に届いた。
笑ったのではなく、溜息に近い音だということは、見ずともわかったのだが、反射で顔を上げる。
上げて、アンネローゼは反射で目を閉じることになる。
視界に濃い灰色の何かが迫ったからだ。
「ぇっ!?」
すぐに視界が覆われる。
目元の肌に触れるその感触から、布のようなものであることは理解した。
騎士たちが、応急処置用に持ち歩いているという、ハンカチーフなのかもしれない。
だが、どうしてアンネローゼが、それで目隠しをされなければならないのか。
考えていると、ロワきゅんの声が、耳元で聞こえて、びくりとする。
「こういうことは、あまり好きではないのですが…。 紅薔薇姫が望むのであれば、仕方ありません」
瞬時にはロワきゅんの言葉の意味がわからなくて、アンネローゼは硬直した。
………自分は一体、何を望んだというのだろう。
応援ありがとうございます!
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