【R18】紅の獅子は白き花を抱く

環名

文字の大きさ
51 / 97
紅の騎士は白き花を抱く

1.…ばあやじゃない。

 玄関に向かって扉を開けると、笑顔のアミルがワインの瓶と籠を掲げた。
「ブラッドベルさーん。 いいワインとチーズが手に入ったんだー。 飲もー」
 他人の家とは思えないような気安さで、アミルはずかずかとジオークの家へと上がり込む。
 アミルはジオークの家にも何度となく来ているから、家の造りもしっかりわかっているので真っ直ぐにリビングへと足を向ける。

 ジオークは扉を閉めて、施錠して、アミルの後を追った。
「昼間から飲むなんて、何かあったの?」
「何もはないけど、だってジオ最近付き合い悪いじゃーん。 押し掛ければ一緒に飲んでくれるかなーって」

 アミルは黒髪に緑柱石の瞳を持つ、エキゾチックな雰囲気の青年だ。 確か、東方の血が混ざっていると言っていたか。
 ジオークが官僚をしていて財務部門にいたときの先輩だ。

 さて、アミルの先の発言を振り返ると、ジオークと一緒に飲みたいがために、いいワインとチーズを手に入れたということでいいだろうか。
 そう結びつけて、ジオークは首を揺らす。
「…アミーそんなにおれのこと好きだったんだ?」
「大好きだよ。 男でジオの一番は俺だと思ってる」
 にこっと笑うアミルは、ジオークが言うのもなんだがノリが軽い。
 この男が、ジオークが国試を受験する前年度の主席合格者だと言われても、誰も信じないだろう。

「…そだね。せんせいはもういないし、男だったら一番はアミルだね」
 ジオークは適当に応じる。

 そうこうしているうちに、アミルはリビングに辿りつき、くんくんと鼻を動かした。
「何? いい匂いするー」
「あなた?」
 そこで、ひょこり、とリシェーナの姿が覗いた。
 リシェーナは、ジオークの姿とアミルの姿を見比べている。 アミルはぴしり、と固まっているが、ワインの瓶とチーズの入った籠を取り落とさなかっただけましだろう。
「お客様?」
 もう一度ジオークを見たリシェーナが尋ねてきたが、ジオークが応じる前にアミルが呆然と呟いた。


「…ばあやじゃない」


 呆然としたアミルの様子に、ジオークは笑う。
「そだね。 ばあやに見えたら病気だね」
「…なんでお家に新妻さんがいるの?」
 衝撃から立ち直ったらしいアミルは、クルリとジオークを振り返った。
「あ、アミーもそう思う? ウチのリシェ、新妻っぽいよね。 すごく可愛い」
 ジオークは笑みを浮べてほのぼのと惚気る。

 リシェーナは白いエプロンを身につけて、今はクッキーを焼いてくれているところだ。
 純白のエプロンがこんなに似合うのは、ウチのリシェ以外にはいるまい。

「ジオ、いつの間に奥さんもらったの? 俺にも秘密なんて水臭い!」
 アミルの言葉は水臭い、というよりは、羨ましいとかズルイとか、そんな風に聞こえるが、ジオークは聞こえないふりをする。
「リシェ、おれの昔の仕事仲間で、アミルっていうんだ。 おもてなしの準備、できる?」
 ジオークが問うと、リシェーナは笑顔で頷いてキッチンの方へ姿を消す。
 その後ろ姿を見送り、ジオークはソファに座るようにとアミルに促した。

「今はまだ婚約者。 そのうち、可愛い可愛い幼な妻になるけどね」
 アミルはテーブルにワインとチーズの入った籠を置いて座った。
 アミルはキッチンのほうをちらちらと気にしながら、ジオークに問う。
「ねぇ、新妻さん、名前は?」
 まだ新妻ではないと言ったのだが、その辺のことはアミルにはどうでもいいらしい。
 ジオークも、その都度訂正するのが面倒なので、そのままスルーして答える。
「リシェーナ」


「…リシェーナ?」


 アミルは目を瞬かせたかと思えば、耳を疑った、とでも言うかのようにジオークが口にした名を反復する。
「…って、あの…学者先生んとこの?」
「そう」
 こっくりとジオークが頷くと、アミルはもう一度キッチンの方を気にして、視線をジオークに戻した。
「そっかぁ、あのリシェーナちゃんかぁ。 いやー。 きれいになったねぇ」
 まるで、親戚のおじさんのような感慨深い様子のアミルに、ジオークはひとつだけ物申しておかねばなるまい、と口を開く。

「リシェはもとから綺麗だよ」
 ジオークが大真面目に言ったのだが、アミルはきょとんとしたあとで、くすくすと笑った。
「そうだね。 いい意味で親近感湧いたってこと。 前はなんていうか、一線引かれてる感じがあったけど」


 確かに、以前のリシェーナには何か、透明で見えない壁のようなものがあった。
 それが何か、今ならわかる。


「それはたぶん、言葉のせいだよ」
「言葉?」
「そ。 言葉あんまり上手じゃなかったから、あんまり人と接したがらなかったみたい。 せんせいの迷惑になるかも、って。 そういうところも可愛いよね」


 いつだってリシェーナは、その透明な壁の向こうから、ジオークたちを見ていた。


 親しくなりたくないわけではない。 近づきたくないわけでもない。
 けれど、彼女はいつだって、自分の大切なひとに迷惑がかかるのではないかと一歩引いていたのだ。

「でも、今話せるんだから、もともと頭の造りは悪くなかったんじゃない? なんで昔は話せなかったの?」
「あー…それは、せんせいに教える気がなかったからだと思う。 家での会話は全部お国の言葉でしてたみたいだし」
 ジオークがのんびりと自らの見解を示せば、アミルは眉根を寄せた。
「…どゆこと?」


「リシェに悪い虫を寄せつけないためだよ」
 ジオークは、断言した。


 それでも、アミルには伝わらないらしく、訝しげな顔をしている。
「…それでもよくわかんないけど」
「言葉が通じなければ、大抵の男って諦めるじゃない? 生半可な思いじゃない男は、あっちの言葉学ぼうとするけどね。 おれみたいに」
 ジオークはさらりと口にすると、アミルは一瞬、愕然とした表情をした。
 何をそんなに驚いているのだろう。

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!