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紅の騎士は白き花を抱く
2.狡賢くならなきゃダメだよね。
「…お前が無駄にディストニア語達者なのって、もしやそのせい?」
「無駄に、って。 こっちは努力して身につけてるんだけど」
アミルの失礼な言葉に呆れつつ、ジオークは肩を竦めた。
ジオークの言った「あっちの言葉」、というのは、今アミルが言ったディストニア語であり、リシェーナの祖国の言語だ。 ジオークは師から一人娘であるリシェーナがフレンティア語を話せないと聞いて、必死にディストニア語を学んだ。
言葉が通じなければ、お話にならないと思ったからだ。
リシェーナはきっと、覚えてはいないだろうけれど、ジオークを師の私塾に招いてくれたのは、リシェーナなのだ。
丁度、母を亡くして、頼る人間もいなくてふらふらとしていたジオークが、リシェーナの家の前に来たのは偶然だった。
生涯の師となるひとの言葉が、外まで流れてきて、ジオークはただ立ち尽くしてその言葉に聞き入っていたのだ。 どのくらいそうしていたのかもわからない。
そんなとき、幼い女の子が、ジオークの手を握って、引いてくれた。
それが、リシェーナ。
ジオークは、リシェーナの導きで師と出逢うことができ、師に取り図ってもらって、養父を得た。
そんな女の子に恋をしていると気づくのに、時間はかからなかったし、今のジオークを作ってくれたのはリシェーナだと自負している。
「…愛の力ってすごいねぇ」
アミルは深くソファにもたれると、ふっと息を吐いた。
すごいと言いながらも、感心しているというよりは、呆れている感じなのは気のせいだろうか。
「でも、だから外交関係に使われてたってわかってる?」
アミルの言葉は、ジオークの胸をチクリと刺した。
師仕込みのディストニア語は、ジオークの武器にもなったが、首を真綿で絞めもした。
ディストニア語の達者なジオークは、国試に合格するや否や、主席合格者の配属される財務部門を一年経ただけで外務部門に転属されることとなったのだ。
そしてその後は、国を離れることが多くなった。
「あの頃は真面目でいい子だったからね。 狡賢くならなきゃダメだよね。 能ある鷹は爪を隠さなきゃ」
それが、あの頃の経験からジオークが学んだことだ。
ジオークは能ある獅子なので、爪を隠して猫のふりをしている。
だが、アミルなぜかそこで一時停止して、ジオークを凝視した。
「もしかしてお前、今無駄にちゃらちゃらして馬鹿っぽく振舞ってるのってそのせい? 元からそういうもんだと思ってたけど、違うの?」
「なんか失礼なこと言われてる気がするなー」
ひどい言われようだと思うし、実はアミルはおれのこと嫌いなんじゃないだろうか、と疑ってしまう。
そのアミルはずい、と身を乗り出して、小声でジオークに尋ねた。
「で、なんでリシェーナちゃんがここにいるの?」
婚約者とか幼な妻とかいう言葉は、全くアミルの耳には残らなかったらしい。
「え? だから、おれの婚約者だから」
なので、ジオークはもう一度アミルに説明したのだが、アミルの疑問はそこではなかったらしい。
「カージナルの奴が上手いことやったじゃん」
カージナルという名前に、自分でも未熟だとは思うが、ジオークは苛立ちを隠せなかった。
空気が変わったのか、表情が変わったのか、目の色が変わったのか、自分ではわからなかったが、アミンのギクリとした様子にそれを感じ、ジオークはハッとする。
「もう終わったことだよ」
何気ないふりを装って発した声も心なし低く、素っ気なく自分の耳に届く。
そのとき、ハッとしてジオークは顔をキッチンの方に向けた。
アミルも、ジオークに倣ってそちらを見たようだった。
すると、キッチンの方からリシェーナがトレイを持って姿を見せる。
リシェーナがアミルに会釈をするので、アミルもリシェーナに会釈を返したようだ。
ジオークの傍らに膝をついたリシェーナは、テーブルの上のワインの瓶に目を留めたようで、途端に微妙な表情になる。
「昼間から、お酒はダメ」
リシェーナにそのように言われて、ジオークは軽く目を見張る。
そして、やわらかく笑んだ。
「うん。 おれもそう思う」
「えー…? 折角持ってきたのにー?」
アミルがぶーぶーと口を尖らせているが、リシェーナは正しい。
だから、ジオークは色々と見ないふりをして聞かないふりをする。
「え? おれたちへの結婚祝いでしょ? もらっとくね、ありがとう、ごちそうさま」
アミルが納得しなかったのは言うまでもなく、恨みがましげな目が向けられる。
「…ジオって神経太いよね」
「物事によるかな、それは」
そんなやりとりには興味もないのか、リシェーナはこぽこぽとティーカップに紅茶を注いでいる。
アミル、ジオークの順番で紅茶を差し出した後、二人の間にミルクピッチャーとシュガーポット、焼きたてのクッキーの載ったお皿を置いたリシェーナは、ふっとアミルを見た。
この辺が、ジオークがリシェーナを【小悪魔】と呼ぶ由縁なのだが、リシェーナは焼きたてのクッキーを一枚摘まんで、アミルに差し出す。
「お酒より、こっちのほうが、美味しい」
オレンジの香りのする、クッキーを目の前に示されたアミルが、目を白黒させて動揺しているのがわかる。 けれど、リシェーナが引かなかったために、アミルはそれをぱくりと口にした。
「おいしい?」
問うリシェーナが、アミルの感想を待っているのはわかるが、視線を落としたアミルはそれどころではないだろう。
「…うん」
もぐもぐと口を動かしながら、小さく頷いているが、あの様子では味なんかほとんどわからなかったに違いない。
リシェーナはアミルの返事に満足したらしく、嬉しそうに微笑んだ。
「無駄に、って。 こっちは努力して身につけてるんだけど」
アミルの失礼な言葉に呆れつつ、ジオークは肩を竦めた。
ジオークの言った「あっちの言葉」、というのは、今アミルが言ったディストニア語であり、リシェーナの祖国の言語だ。 ジオークは師から一人娘であるリシェーナがフレンティア語を話せないと聞いて、必死にディストニア語を学んだ。
言葉が通じなければ、お話にならないと思ったからだ。
リシェーナはきっと、覚えてはいないだろうけれど、ジオークを師の私塾に招いてくれたのは、リシェーナなのだ。
丁度、母を亡くして、頼る人間もいなくてふらふらとしていたジオークが、リシェーナの家の前に来たのは偶然だった。
生涯の師となるひとの言葉が、外まで流れてきて、ジオークはただ立ち尽くしてその言葉に聞き入っていたのだ。 どのくらいそうしていたのかもわからない。
そんなとき、幼い女の子が、ジオークの手を握って、引いてくれた。
それが、リシェーナ。
ジオークは、リシェーナの導きで師と出逢うことができ、師に取り図ってもらって、養父を得た。
そんな女の子に恋をしていると気づくのに、時間はかからなかったし、今のジオークを作ってくれたのはリシェーナだと自負している。
「…愛の力ってすごいねぇ」
アミルは深くソファにもたれると、ふっと息を吐いた。
すごいと言いながらも、感心しているというよりは、呆れている感じなのは気のせいだろうか。
「でも、だから外交関係に使われてたってわかってる?」
アミルの言葉は、ジオークの胸をチクリと刺した。
師仕込みのディストニア語は、ジオークの武器にもなったが、首を真綿で絞めもした。
ディストニア語の達者なジオークは、国試に合格するや否や、主席合格者の配属される財務部門を一年経ただけで外務部門に転属されることとなったのだ。
そしてその後は、国を離れることが多くなった。
「あの頃は真面目でいい子だったからね。 狡賢くならなきゃダメだよね。 能ある鷹は爪を隠さなきゃ」
それが、あの頃の経験からジオークが学んだことだ。
ジオークは能ある獅子なので、爪を隠して猫のふりをしている。
だが、アミルなぜかそこで一時停止して、ジオークを凝視した。
「もしかしてお前、今無駄にちゃらちゃらして馬鹿っぽく振舞ってるのってそのせい? 元からそういうもんだと思ってたけど、違うの?」
「なんか失礼なこと言われてる気がするなー」
ひどい言われようだと思うし、実はアミルはおれのこと嫌いなんじゃないだろうか、と疑ってしまう。
そのアミルはずい、と身を乗り出して、小声でジオークに尋ねた。
「で、なんでリシェーナちゃんがここにいるの?」
婚約者とか幼な妻とかいう言葉は、全くアミルの耳には残らなかったらしい。
「え? だから、おれの婚約者だから」
なので、ジオークはもう一度アミルに説明したのだが、アミルの疑問はそこではなかったらしい。
「カージナルの奴が上手いことやったじゃん」
カージナルという名前に、自分でも未熟だとは思うが、ジオークは苛立ちを隠せなかった。
空気が変わったのか、表情が変わったのか、目の色が変わったのか、自分ではわからなかったが、アミンのギクリとした様子にそれを感じ、ジオークはハッとする。
「もう終わったことだよ」
何気ないふりを装って発した声も心なし低く、素っ気なく自分の耳に届く。
そのとき、ハッとしてジオークは顔をキッチンの方に向けた。
アミルも、ジオークに倣ってそちらを見たようだった。
すると、キッチンの方からリシェーナがトレイを持って姿を見せる。
リシェーナがアミルに会釈をするので、アミルもリシェーナに会釈を返したようだ。
ジオークの傍らに膝をついたリシェーナは、テーブルの上のワインの瓶に目を留めたようで、途端に微妙な表情になる。
「昼間から、お酒はダメ」
リシェーナにそのように言われて、ジオークは軽く目を見張る。
そして、やわらかく笑んだ。
「うん。 おれもそう思う」
「えー…? 折角持ってきたのにー?」
アミルがぶーぶーと口を尖らせているが、リシェーナは正しい。
だから、ジオークは色々と見ないふりをして聞かないふりをする。
「え? おれたちへの結婚祝いでしょ? もらっとくね、ありがとう、ごちそうさま」
アミルが納得しなかったのは言うまでもなく、恨みがましげな目が向けられる。
「…ジオって神経太いよね」
「物事によるかな、それは」
そんなやりとりには興味もないのか、リシェーナはこぽこぽとティーカップに紅茶を注いでいる。
アミル、ジオークの順番で紅茶を差し出した後、二人の間にミルクピッチャーとシュガーポット、焼きたてのクッキーの載ったお皿を置いたリシェーナは、ふっとアミルを見た。
この辺が、ジオークがリシェーナを【小悪魔】と呼ぶ由縁なのだが、リシェーナは焼きたてのクッキーを一枚摘まんで、アミルに差し出す。
「お酒より、こっちのほうが、美味しい」
オレンジの香りのする、クッキーを目の前に示されたアミルが、目を白黒させて動揺しているのがわかる。 けれど、リシェーナが引かなかったために、アミルはそれをぱくりと口にした。
「おいしい?」
問うリシェーナが、アミルの感想を待っているのはわかるが、視線を落としたアミルはそれどころではないだろう。
「…うん」
もぐもぐと口を動かしながら、小さく頷いているが、あの様子では味なんかほとんどわからなかったに違いない。
リシェーナはアミルの返事に満足したらしく、嬉しそうに微笑んだ。
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