【R18】サンドリヨンの秘密

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第1章 サンドリヨンが王子様に捕まるまで

9.サンドリヨンは舞踏会に足を踏み入れました。

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 一歩進むごとに、聞こえる音楽が大きくなっていく。
 廊下に響く足音は、ひとつ。 アシュリーのものだ。
 人の姿を映すのが可能なほど、ぴかぴかに磨かれた床なのだから、他に誰か歩いていたとして足音が聞こえないはずがない。

 無理のないことだ。
 王都に暮らす娘たちであっても、王子様の姿を目にする機会など滅多にない。
 貴族の令嬢方においては、自分が次期王妃になるかもしれないのだ。 のんびり席を外している暇などないのだろう。

 ふと気づけば、アシュリーの視界においてのアーチの終点に、人の姿を認める。
 その人も、アシュリーに…正確には、アシュリーのドレスの腰に添えられた漆黒の薔薇に気づいたらしく、アシュリーに微笑みかけてきた。
「どうぞ、舞踏会の会場はこちらです、レディ」
「あ、はい。 ありがとうございます」

 オリヴィエがアシュリーの容姿を、どのように見えるように変えたかはわからないが――残念ながら、アシュリーの目にはアシュリーとしてしか映らない――特に不信感は持たれなかったようでほっとする。
 アシュリーは会釈をして会場に足を踏み入れた。
 踏み入れて、呆気にとられたアシュリーはすぐに足を止める。

 ああ、本当に舞踏会だ。

 当然のことを、改めて思うくらいに、それはきらびやかな光景だった。
 天井に輝くシャンデリアに目が眩みそうだ。 昔、母に読み聞かせてもらった絵本の1ページが、目の前に広がっているのではないかと錯覚しそうなほどに。

 色とりどりのドレスを着た女性たちが…女性ばかりがいる。 アシュリーから見て奥の一段高いところで会場全体を見ているのが、国王夫妻でよいだろうか。 奥にはオーケストラまでいるということは、これは生演奏なのだろう。 もしかしなくても、あれは王立楽団ではないか。
 人生で一度、聴けるかどうかという王立楽団の演奏を聴けるなんて…来て良かった!
 そう、アシュリーは幸せを噛みしめる。

 真ん中のスペースがぽっかりと空いていて、そこでどこかの令嬢と踊っているのが王子様だろう。
 どこかの令嬢、と流し見たアシュリーだったが、何か感じるものがあって二度見してしまった。
 そして、気づく。


 どこかの令嬢と思ったら、アシュリーの上の継姉ではないか――!!!


 今度こそアシュリーは流し見て視線を下げた。
 王子様、というと、アシュリーは金髪碧眼の美青年を想像するのだが、中央で踊っている王子様は黒髪黒眼だった。 きらきら爽やか王子様系の容貌ではなく、どちらかといえば悪役にいそうな誘惑系の色男。
 遠目にも大きな飾りのついたピアスをしているのがわかるし、洒落者なのかもしれない。 艶を殺したオリーヴよりももっと濃いグリーンの衣装が、嫌味なくらいに似合っていた。

 そういえば、継姉たちが王子様のことを【闇属性】系の色男で美男、と騒いでいた気がする。
 光属性のTHE王子様な容姿は灼光の魔術師ルースくん、正統派王子様な容姿は魔法騎士のヒー様よね、と話していたのを思い出した。

 ここでもアシュリーは左右を確認したのだが、どうやら棲み分けができているらしいことに気づく。
 向かって右側が、貴族など上流階級の令嬢たちのエリアで、向かって左側に王都の平民の娘たちがいるエリアのようだ。
 アシュリーがよく買い物に行く、パン屋の娘さんや、お肉屋の娘さんもいる。

 立食形式でいくつかあるテーブルに置かれた料理にも、給仕の配る飲み物にも、右と左で種類が違うということはない。
 けれど、娘たちの目の輝きが、右と左では明らかに違うのだ。

 左側の娘たちは、王子様をちらちらと気にはしているものの、主には同じ年頃の娘と食事をしながら話に花を咲かせている。 右側の娘たちは、飲み物に口をつける程度。 談笑はしていても目は笑っておらずに、虎視眈々と王子様のダンスの相手を狙っている風だ。
 王子様を手の届くものとして手に入れようとしている者と、王子様を雲の上の存在として夢見ている者、その違いだろうか。
 そう考えながら、アシュリーは足を左へと向ける。

 夕食にラザニアを食べ終えて時間は経っていないが、やはりデザートは別物なのだ。
 大好きな甘いお菓子やデザートだが、それらを口にする機会も、アシュリーにはあまりない。
 見れば、王都の娘たちが皿に取っているのもデザートが大半だ。 アシュリーも、その例に倣った。
 お皿を持って、どれにしようかとデザートの並んだテーブルを見つめていると、不意に音楽が止む。

 思わず王子様と継姉その一の方を見ると、継姉は王子様と繋いだ右手だけを挙げて膝を曲げ、面おもてを伏せて淑女の礼を取ったところだった。 けれど、横からその光景を見ていたアシュリーなので、継姉の横顔が唇を噛み、物凄い形相になるのにも気づいてしまって、震え上がる。
 その横から、アシュリーの下の継姉がしずしずと進み出て、王子様は彼女の手を取った。 その瞬間、アシュリーは継姉その二がふっと勝ち誇った笑みを浮かべたことにも気づく。 継姉その一が継母の元へと向かう背中が怖い。

 なんだ、一体どういうことだ。
 アシュリーがそっと青ざめていると、娘たちのさざめきが耳に届く。
「また、だめだったのね」
「王子様、ご結婚なさる気、ないんじゃないかしら?」

 よくはわからないが、その意見には同意する。
 あの王子様は、確かに美しい顔立ちをしている。
 王子として見られていることも意識しているのだろう。 常に、微笑みを絶やさない。
 けれど、あの、漆黒の闇のような瞳は、まるで笑っていないのだ。 感情というよりは、温度がない、という言い方が適切かもしれない。
 何となく、笑ったままでひとを切り捨てられるひとなのだろうな、と思って、アシュリーはふるっと一度頭を振った。

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