【R18】サンドリヨンの秘密

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第2章 サンドリヨンが王子様に捕まってから

白い日の下で。(下)

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 クレイディオに向かって、クラリス嬢が声を上げた。

「殿下、騙されておいでです! 彼女…いえ、女ではなく、男なのですよ!? 男が、殿下の妃になろうだなんて…! こんな、紛い物よりも」


 【紛い物】。
 それは確かに、アシュリーを指すのに適した言葉であるのかもしれない。
 そう、認めることはできるけれど、だからといって、傷つかないわけではない。
 アシュリーは、ぎゅっと唇を噛みしめた。


――こんな、紛い物よりも。


 クラリス嬢が、その先を何と続けようとしたのかわからない。
 けれど、彼女の言葉が不自然に途切れるから、不思議に思ってアシュリーは視線を上げる。

 見れば、クラリス嬢は顔面を蒼白にし、小刻みにカタカタと震えている。
 呼吸も儘ならないのか、浅くヒュー、ヒューっというような音がアシュリーの耳に届いた。

 一体、何が、とアシュリーが思っていると、ゆらり、とクレイディオが一歩前に出る。


「…よく聞こえなかった。 もう一度、言ってくれる?」


 低くて、甘い声、なのだが、それが今はどこか昏く、静かで、冷たい。
 冷水を浴びせられる感覚、というのは、このようなものなのかもしれない。
 そんなことを思っていると、もう一歩、クレイディオは前に出た。


「言えない? …紛い物、と言ったよね。 私の婚約者を」


 しっかり聞こえていたのではないか、とは思うが、クレイディオの様子がいつもと違って怖く見えて、アシュリーは口に出すことができなかった。
 クラリス嬢など、蒼白だった顔色が徐々に蒼黒く変化していっているように見える、ばかりでなく、空気を求めるようにはくはくと口を開閉させている。

 一体、彼女に何が起きているというのか。

 そう思っていると、クレイディオは短く何か呪文のようなものを口にした。
 次の瞬間には、どこから出てきたのか、バケツ一杯程度の水が、クラリス嬢の頭上からクラリス嬢めがけて浴びせられる。

 そのこと自体にも驚いたのだが、もっと驚いたのは、クラリス嬢がクラリス嬢でなかったことというか、ビフォーアフターだったことだ。
 大人しくて可愛らしい美少女、はどこにいってしまったのか。 頭のてっぺんからぐっしょりと濡れたクラリス嬢は、顔がどろどろに溶けたような状態になっている。 と思って気づいた。

 あれは、もしかして、化粧が流れたのだろうか。
 とにもかくにも、化粧の力は偉大だ、ということは確実に言えるだろう。


「外見だけ取り繕って、紛い物はどちらだろうね?」
 クレイディオが、そのように告げたところで、クラリス嬢は目を剥いて崩れ落ちた。

 卒倒したのかもしれない。
 支えなければ。
 反射的に動き出しそうになったアシュリーの身体を、クレイディオがはしっと抱きとめた。

「大丈夫だよ、別の部屋に移動させただけだから。 ああ、ヘルガは大丈夫?」
 クレイディオがアシュリーの背中を撫でながら、その向こうにいるヘルガに視線だけ流す。
「はい、わたくしは殿下からいただいた護符がありますから」
 ヘルガの返事に、ひとつ頷いたクレイディオは、アシュリーの腰を抱いたままでアシュリーの髪を撫でる。


「済まない、アシュリー。 今回のことは完全に、私の手落ちだ。 もう少し、クラリスの動向に注意を払うべきだった。 …幼馴染だからと、少し、甘やかし過ぎたようだ」
「いえ、クレイディオは、何も。 あの、それよりも私、どうしたら」

 済んだことは、もう、どうしようもないのだ。
 それよりも、実は男だったと知られたアシュリーは、今後どうしたらいいのか。
 どうしたら、皆様に迷惑をかけずに済むのか。
 そう問いたかったというのに、クレイディオは微笑むばかり。

「大丈夫だよ、アシュリーは何も心配しなくていい。 クラリスだって、話せばわかってくれる」
 クレイディオのその言葉に、アシュリーはきっと微妙な顔をしたのだろう。


 だって、あのクラリス嬢が、話せばわかってくれる、なんて、付き合いの長くないアシュリーでも無理だとわかる。


「少し、説得をしてくるから、アシュリーは着替えを終えたら、母上のところに行くんだよ。 あまり遅いと、母上も心配するからね」
 そしてクレイディオは、実に自然にアシュリーの瞼にキスをするのだ。
 アシュリーに上着を貸したままで扉から出ていこうとするクレイディオに、サッとヘルガが取り縋った。
「殿下、どのようなお咎めでも」
「何を言っているの、ヘルガ。 今回のことは完全に、私の手落ちだと言っただろう。 アシュリーを任せたよ」

 ぽんぽん、とヘルガの肩を叩いて、クレイディオは部屋の鍵を解錠する。
 そこで、アシュリーは気づいた。
 どうやら、部屋の鍵をかけ忘れたわけでも、クラリス嬢により部屋の扉が開かれたわけでもなかったようだ、と。

 クレイディオが出て行った扉が閉まると、ヘルガは鍵をかけてアシュリーに近づいてくる。
 そして、そっとアシュリーの手を握ってくれた。


「アシュリー様、殿下に任せておけば大丈夫ですよ。 何も、ご心配なさることはありません」


 きっと、ヘルガの言は正しい。
 クレイディオはこの件をどうにかするだろうし、その点で言えば、アシュリーが心配することは何もない。


 だが、今回は結果として、大丈夫だった。
 それだけのことなのだ。


 例えば次にまた、似たようなことがあったとして、そのときも大丈夫だとは、限らない。
 アシュリーが、王太子クレイディオの婚約者となり、いずれは妃になることに関して、アシュリーもきっと、さほど深刻に捉えてはいなかったのだ。
 クレイディオや、国王夫妻、オリヴィエ、事情を知る周りの人たちが皆、温かく優しかったから。
 でも、クラリス嬢の反応が、【普通】なのだ。

「…私も、気をつけます」
 周囲の、温かで優しい人たちに、迷惑をかけないように。

 アシュリーの考えを見透かしたわけでもないだろうに、ヘルガはアシュリーの手を握ったままで、そっとアシュリーの目を覗き込む。
「アシュリー様、誤解なさらないでくださいね。 殿下にとっては、アシュリー様の性別が知られることが問題なのではありません。 アシュリー様の性別が知られた結果、アシュリー様をお迎えできなくなるのが、問題なのですよ」

 その言葉が、嬉しくなかったわけではない、けれど、このままでいいわけがない。
 アシュリーは、今回のことで、ひとつ、ある決意を固めることとなる。


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