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20、昼明かり
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倉本との斬り合いから、もう数か月ほどが経っていた。
「はぁ」
退魔筋の来客の対応が終わり、居間に座り込んだ明久は気疲れを隠すこともなく溜息をつく。
「なによ、辛気臭いわね」
「辛気臭くもなる。色々と厄介なことになってきたんだ」
明久はまた溜息をつきかけて、気を取り直してお茶を飲んだ。
情緒もなく一息で飲んで空にすると、初音がにこにこと注いでくる。
倉本を討ってからの数か月はとにかく大変だった。倉本が妖だったこと、倉本があの場に居合わせた本家筋の朝内を殺したこと、そしてその背後にはアクイが関わっていたこと。
その全ての出来事が、退魔の家系筋からしたら寝耳に水の話だったらしく、本筋から末端の家系までを巻き込んだ騒動となっていたのだ。
それだけ倉本家の当主倉本豊後は重要人物であったということでもある。
事実関係に二月程を費やし、その間明久は色々な家に呼ばれ事情を聴かせるはめになっていた。当事者は彼なのでしかたないことだったが、遠方を回るにつれさしもの明久もうんざりしていたのだ。
そして事情が退魔の家系筋に伝わるにつれ、次の問題がでてきた。
妖、アクイの存在である。これは退魔の家系でも特に中核を為す家にのみひっそりと伝わる妖で、退魔の家系が総力をあげて討つべき敵と定められていたらしい。
しかしそれは何百年も前の荒れた世のこと。世情が安定し平和が訪れるにつれ、人の恐怖の権化である妖は必然姿を消し、妖という存在はほぼ消え去ったと見ていたのだ。
当然アクイという妖もそうとらえられており、今では退魔の家系でも知る人ぞ知る伝説の妖となっていたようだ。
明久を取り巻く事情がややこしくなるのは、この辺りが知れ渡ってからだった。退魔の怨敵がこの世に復活していたこと、そしてそれを討ったのが退魔の末端ではあるものの、由緒は正しい笹雪家当主だったこと。これらの事情が重なり、空いた倉本家の代わりに笹雪家が倉本家になりかわらないかと提案されたのだ。
倉本家は、半妖を管理する役目を負っていた。妖が消えた現代では彼らの血を引く半妖は重要な監視対象である。これを任されるということは、末端の笹雪家からしたら大躍進ともいえた。
とはいえ、明久はこの提案を受け入れるつもりなど毛頭なかった。
まだ十八の身で出世欲などそうそうなかったこともあるのだが、その役目が分不相応だと感じていたのだ。
しかし退魔の本筋もそう簡単に明久の辞退を受け入れるはずもなく、ここ一月程は多くの家に呼ばれて接待を受けてはの繰り返し。このままでは我慢の限界だった。
「いいじゃない、良いお菓子とか食べられるんでしょ?」
「確かに高い食べ物にはありつけるが、それを味わってる余裕などない。彼らと俺はいわば、子会社の社員と本社の社長とかそういった関係なんだぞ」
「あたしたちにはよくわからない例えなんだけど?」
明久の心労など知らないとばかりに、篝がけらけらと笑った。
「話しを聞く限り、退魔の者たちもそれなりに事態を重く見ているようで重畳です」
重畳と言いながらも、夜月の言葉の端には平和に慣れて危機感を失っていた退魔という組織への呆れが混じっているように思える。
「しかし、半妖の監視の引き継ぎを断ったのは良い判断でした。私たちにはまだやることがありますから」
「……やること?」
「忘れちゃったの? アクイの退治だよ」
初音に言われて、明久は首を傾げた。
「奴は倒しただろう」
「一匹だけね」
篝がさも当然のように言って、明久はしばし絶句した。
「……他にもいるのか?」
「当然です。でなければ、数百年前にあれほど世を荒れさせることはできないでしょう」
夜月は一度お茶をすすって一息ついた後、言葉を続けた。
「私たちが斬ったのは、まだたった一匹……あれが何匹存在するかはわかりません」
「……」
あんな妖がいまだ世に潜んでいると考えると、自然明久の表情は苦くなる。
「私たちは妖を斬る妖刀。妖アクイは見過ごすことはできません。あの妖を一匹残らず斬ることが、今後の私たちの使命とも言えるでしょう」
夜月はその金色の瞳を明久に向けた。
「あなたは倉本とアクイを討ったことで、退魔の家系から信頼も得られました。今後、アクイに関する情報はきっとあなたにも与えられるでしょう」
「……厄介なことだな」
「おや……嫌なのですか?」
夜月はどこか底意地悪い笑みを浮かべた。彼女の嗜虐心を感じて、明久は苦笑いを返す。
「つまり俺は退魔とお前たち妖刀の板挟みという訳だ。胃が痛くなる」
「しかし、あなたは我々の主。私たちと共に戦ってくれるのでしょう?」
「それは……当然だな」
「そうでしょうそうでしょう」
夜月は嬉しそうに何度も頷いていた。明久の返答がかなり気に入ったようだ。
初音と篝も夜月と同じだったのか、機嫌良さそうに言葉を弾ませる。
「まあ、あたしの主なんだからこれからも頑張りなさいよ」
「一緒にがんばろうね、お兄ちゃん」
二人に言われて、明久は困ったように苦笑した。
居間に差し込む光を追って外を見てみると、空は晴れ渡っていた。
「はぁ」
退魔筋の来客の対応が終わり、居間に座り込んだ明久は気疲れを隠すこともなく溜息をつく。
「なによ、辛気臭いわね」
「辛気臭くもなる。色々と厄介なことになってきたんだ」
明久はまた溜息をつきかけて、気を取り直してお茶を飲んだ。
情緒もなく一息で飲んで空にすると、初音がにこにこと注いでくる。
倉本を討ってからの数か月はとにかく大変だった。倉本が妖だったこと、倉本があの場に居合わせた本家筋の朝内を殺したこと、そしてその背後にはアクイが関わっていたこと。
その全ての出来事が、退魔の家系筋からしたら寝耳に水の話だったらしく、本筋から末端の家系までを巻き込んだ騒動となっていたのだ。
それだけ倉本家の当主倉本豊後は重要人物であったということでもある。
事実関係に二月程を費やし、その間明久は色々な家に呼ばれ事情を聴かせるはめになっていた。当事者は彼なのでしかたないことだったが、遠方を回るにつれさしもの明久もうんざりしていたのだ。
そして事情が退魔の家系筋に伝わるにつれ、次の問題がでてきた。
妖、アクイの存在である。これは退魔の家系でも特に中核を為す家にのみひっそりと伝わる妖で、退魔の家系が総力をあげて討つべき敵と定められていたらしい。
しかしそれは何百年も前の荒れた世のこと。世情が安定し平和が訪れるにつれ、人の恐怖の権化である妖は必然姿を消し、妖という存在はほぼ消え去ったと見ていたのだ。
当然アクイという妖もそうとらえられており、今では退魔の家系でも知る人ぞ知る伝説の妖となっていたようだ。
明久を取り巻く事情がややこしくなるのは、この辺りが知れ渡ってからだった。退魔の怨敵がこの世に復活していたこと、そしてそれを討ったのが退魔の末端ではあるものの、由緒は正しい笹雪家当主だったこと。これらの事情が重なり、空いた倉本家の代わりに笹雪家が倉本家になりかわらないかと提案されたのだ。
倉本家は、半妖を管理する役目を負っていた。妖が消えた現代では彼らの血を引く半妖は重要な監視対象である。これを任されるということは、末端の笹雪家からしたら大躍進ともいえた。
とはいえ、明久はこの提案を受け入れるつもりなど毛頭なかった。
まだ十八の身で出世欲などそうそうなかったこともあるのだが、その役目が分不相応だと感じていたのだ。
しかし退魔の本筋もそう簡単に明久の辞退を受け入れるはずもなく、ここ一月程は多くの家に呼ばれて接待を受けてはの繰り返し。このままでは我慢の限界だった。
「いいじゃない、良いお菓子とか食べられるんでしょ?」
「確かに高い食べ物にはありつけるが、それを味わってる余裕などない。彼らと俺はいわば、子会社の社員と本社の社長とかそういった関係なんだぞ」
「あたしたちにはよくわからない例えなんだけど?」
明久の心労など知らないとばかりに、篝がけらけらと笑った。
「話しを聞く限り、退魔の者たちもそれなりに事態を重く見ているようで重畳です」
重畳と言いながらも、夜月の言葉の端には平和に慣れて危機感を失っていた退魔という組織への呆れが混じっているように思える。
「しかし、半妖の監視の引き継ぎを断ったのは良い判断でした。私たちにはまだやることがありますから」
「……やること?」
「忘れちゃったの? アクイの退治だよ」
初音に言われて、明久は首を傾げた。
「奴は倒しただろう」
「一匹だけね」
篝がさも当然のように言って、明久はしばし絶句した。
「……他にもいるのか?」
「当然です。でなければ、数百年前にあれほど世を荒れさせることはできないでしょう」
夜月は一度お茶をすすって一息ついた後、言葉を続けた。
「私たちが斬ったのは、まだたった一匹……あれが何匹存在するかはわかりません」
「……」
あんな妖がいまだ世に潜んでいると考えると、自然明久の表情は苦くなる。
「私たちは妖を斬る妖刀。妖アクイは見過ごすことはできません。あの妖を一匹残らず斬ることが、今後の私たちの使命とも言えるでしょう」
夜月はその金色の瞳を明久に向けた。
「あなたは倉本とアクイを討ったことで、退魔の家系から信頼も得られました。今後、アクイに関する情報はきっとあなたにも与えられるでしょう」
「……厄介なことだな」
「おや……嫌なのですか?」
夜月はどこか底意地悪い笑みを浮かべた。彼女の嗜虐心を感じて、明久は苦笑いを返す。
「つまり俺は退魔とお前たち妖刀の板挟みという訳だ。胃が痛くなる」
「しかし、あなたは我々の主。私たちと共に戦ってくれるのでしょう?」
「それは……当然だな」
「そうでしょうそうでしょう」
夜月は嬉しそうに何度も頷いていた。明久の返答がかなり気に入ったようだ。
初音と篝も夜月と同じだったのか、機嫌良さそうに言葉を弾ませる。
「まあ、あたしの主なんだからこれからも頑張りなさいよ」
「一緒にがんばろうね、お兄ちゃん」
二人に言われて、明久は困ったように苦笑した。
居間に差し込む光を追って外を見てみると、空は晴れ渡っていた。
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