オヤジとJK、疾る!

柊四十郎

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ミヤの事

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「今の白い車、ミヤちゃんたちじゃない?」
 ビジネスホテルのガレージから車道に合流しようとしていた小野寺たちの車の前を、甲高いエキゾーストサウンドを響き渡らせて走り去る白いフェアレディZを、呆気に取られた様に指差した。
 そのZから少し遅れて、黒いフーガと白いクラウンが猛スピードで追走してゆく。
「またなんかやらかしやがったか、あの女キャサワリー?」
 苦笑するしかない。
 小野寺はそんな風情で目の前を走り去る三台の車を目で追い、そして見送る。
「ミヤも大変だろうな。間違っても嫁にもらいたくねぇな」
 車の流れの切れ目を見つけ、走り去った三台と同じ福井市方面に向けて、反対車線に合流する。
「当たり前じゃん。デラちゃんの奥さんにはあたしがなるんだから」
 フンッと横を向いてマヤがさも当然の様に言う。
「ああ? 俺ぁマヤでもごめんだぜ」
「はあ? 意味わかんない。照れてんの?」
 マヤはそう言って小野寺の脇腹を軽くつねる。
 痛えな、と言って笑う小野寺を見て、マヤも嬉しそうに笑う。
 と、その時、小野寺がキャサワリーから預かっているスマホが着信を告げた。
「マヤ、出てくれ」
 小野寺に言われて、マヤは露骨に嫌な顔をした。
「え? あたしあのおねーさん苦手なんだよね」
「そう言うな。俺だって苦手なんだよ」
 マヤは渋々スマホを受け取り、タッチパネルの通話を押す。
「はーい」
 面倒臭そうな声でぶっきらぼうに応答するマヤ。
「マヤ?」
 スピーカーから聞こえる、思いがけない自分と同じ声にマヤは少し驚く。
「ミヤちゃん?」
 途端に、マヤの顔が明るくなる。
「うん。ミヤだよ」
 いつものミヤとは思えない、愛するものに語りかけるような、優しさに満ち溢れた声で、マヤに応える。
「マヤと電話で喋るって初めてだね」
 フウウ、とミヤが笑った。
 マヤと会話するときのミヤは、言葉遣いすら違う様で、姉が妹に話しかける様な、そんな口調である。
「あ、そうかな? そうかも……」
 対するマヤは、気恥ずかしいのか少しよそよそしい。
「もっとお話したいんだけど、今取り込んでてね」
 そう言ってクスリと笑うミヤの声の後ろから、キャサワリーがフランス語で何か叫んでいる声が聞こえてきた。
「さっきさ、あたしたちの前を凄いスピードで走り抜けて行ったけど、何があったの?」
「あはは。見られてた?」
「うん」
「ちょっとね」
 ミヤはイタズラっぽく微笑うような声で答えた。
「小野寺さんに伝えて。こちらはずいぶんと騒がしくなってきたから、また落ち着いたら連絡するって」
 ミヤはそう言って、電話を切った。
 マヤはふうっとため息をついた。
 緊張するな、と。
 姉妹と言われても、複雑な心境なのである。
 電話で初めて喋るも何も、冠山の麓で再会
するまで、マヤにはミヤの記憶がない。
 自分の記憶が改竄され、違う人格をインストールされたという事実は聞かされたが、ミヤを見て断片的に思い出されたその記憶は、忌まわしいイエメンでの殺戮の日々のみ。
 時折、ミヤによく似た少女が自分に優しく微笑んでくれている姿が走馬灯のように記憶の中を走り抜けていくのだが、それがミヤなのかどうかの確信はない。
 ミヤから分裂して生まれたクローンが自分だという話も、聞いた。
 初耳で驚いたが、考えてみれば書き換える前の記憶はそれを知っていたのだろうと思うと、初耳でもないのかな、と少し可笑しくなる。
 マヤはミヤにはまだ他人を感じている。
 実の姉のように接しられても、マヤはつくろう顔に困ってしまう。

 ーー前はどんなコだったんだろう?

 と、自分の知らない過去の自分を、想像してしまう。
 ミヤとどう向き合い、どう接していたのか。
 皆目わからない。
 思い出す術もない。
「何だって?」
 電話を切った後、一人黙り込んで考えにふけっていたマヤは、小野寺さんにの問いかけに、少し驚いたように、顔を上げた。
「ナニ?」
「ミヤからの電話だよ」
 あ、電話か。
 と、マヤはミヤからの伝言を伝えた。
「忙しいな、あの二人も」
 小野寺は苦笑する。
「あたしらはどうすんの?」
「時間潰せったってなぁ。いく当てもねえし」
 まいったな、と小野寺は頭をかいた。
 変にウロウロして公安や人民軍に見つかって追い回されるのも厄介だ、と小野寺は考える。
 かといって、身を隠せるような場所など知りっているはずもない。
 キャサワリー達は連絡するとは言っていたが、それが近々の事なのか、しばらくの時間を要するのかすらわからない。
 それに、下手にこの場を離れるよりも、福井県内か、その近辺にいた方が良い気もする。
「とりあえず、どっか適当に走って宿を探すか」
「あのさ」
 と、マヤが声を上げた。
「温泉行きたい!」
「はあ?」
「行ったことないんだもん」
「あのよ、マヤ……」
「ない? この辺に」
 キラキラと眼を輝かせるマヤに、小野寺は苦笑するしかない。
「物見遊山じゃねえんだぞ」
「モノミユサン? ナニ? 何語?」
 不思議そうな顔で聞いてくるマヤの顔を見て、小野寺は声をあげて笑った。
「な、なんだよぉ?」
 笑われたマヤは納得のいかない顔で小野寺を睨む。
「なんでもねぇさ」
 小野寺はマヤの頭をクシャクシャと撫でると、少し考えてから
「この辺からなら東尋坊か?」
 そう言って、マヤに笑いかけた。
「ナニソレ?」
「温泉だよ。しゃあねえ、連れてってやるよ」
 温泉と聞いた途端、マヤの顔にこれ以上はないというくらいの歓喜が浮かび上がった。
「やったぁ!」
 そう言って運転中の小野寺に抱き着こうとしたマヤを押し退け
「まあ、ここらで一息つくのもいいのかもしれねえやな」
 と、東尋坊を目指し、アクセルを少し強く踏み込んだ。
 
 

 
 
 
 
 
 

 
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