オヤジとJK、疾る!

柊四十郎

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緊張

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「寒い…」
 へカートⅡの銃架バイポッドを引き出しながら、ミヤはガラスの取り払われたフロントウィンドウを見つめて、呟いた。
 運転席に座るキャサワリーがブレーキを踏みつつ、アクセルを煽る。
 シフトポジションを二速に落とし、クラッチを繋ぐ。
 同時にハンドルを右に素早く、ロック・トゥー・ロックいっぱいに廻す。
 床に着くほどアクセルを踏み込まれたフェアレディZは、後輪が摩擦力の限界を超えて、前輪の向きとは逆の左側にスリップしだす。
 アスファルトの表面をタイヤが横に流れていく。
 悲鳴にも似たスキール音と、摩擦で焼けるトレッドが放つ白煙を放ちながら、車は横に滑りながらカーブを曲がってゆく。
 ミヤは足を踏ん張り、シートに背中を押しつけるように姿勢を保ち、開け放たれたフロントウインドウからへカートⅡの銃身を差出し、銃床を右肩に当てる。
 その間も、車はキャサワリーの巧みなアクセルワークとハンドリングで右に回転し続けている。
 車がちょうど、道路に対して真横に向いたあたりで、キャサワリーが叫んだ。
「ミヤ、あとは任せたわよ!」
Oui, madame.はい、マダム
 ミヤは応えて、身構えた。
 キャサワリーはギアをニュートラルにし、軽くサイドブレーキを引く。
 突然、車の後輪が勢いよく左に滑る。
 対照的に前輪は右に鋭く切れ込み、ついに車は前後を逆転させてしまった。
 ミヤがへカートⅡの銃架をダッシュボードに打ち付けるように据える。
 そしてキャサワリーは素早くギヤをリバースに入れ、助手席に左手を回し、体を後ろに捻じ曲げた。
 前に引っ張られるような衝撃の後、車は勢いよくバックし始めた。
 前方、ーー車の進行方向から見れば後ろからだが、ともかく、二人を追い回す黒のスカイラインが後輪を滑らせながら、カーブを曲がり切り、その姿を表した。
 
 ーー……まずはエンジン。

 この距離ならスコープはいらない。
 ミヤは相手のボンネットの中央より少し下あたりに狙いをつけ、引き金を引いた。
 木々の生い茂る山間に、雷鳴のような轟音が響き渡る。
 12.7ミリという、重機関銃にも使用される大口径弾をエンジンに撃ち込まれた黒いスカイラインは、その凄まじい衝撃にバランスを崩したのか右に左に蛇行し出した。
 ミヤは素早くボルトハンドルを引き、排莢と装填を済ませて、再びスカイラインに狙いを定めた。
 耳を貫く撃発音、再び。

 ーーそして、ラジエーター。

 フロントグリルを撃ち抜かれたスカイラインは、ボンネットの隙間から白い蒸気を吐き出しながら、左の路肩の木立に頭から突っ込むようして、停止した。
「終わりました、キャサワリー」
 ミヤがそういうや否や、車はクルリと向きを変え、進行方向に頭を向けた。
「さすがに、緊張しました」
 抑揚なく無表情でへカートⅡのマガジンを外すミヤから、その緊張という言葉が出ること自体、不自然ではあるが,額にうっすらとにじむ汗を見る限り、流石の彼女も今回のこのアクロバットのような出来事に、精神の糸を張り詰めていたのだろう。
「アタシだって気が気じゃなかったわ。ミヤが泣いちゃったらどうしようって」
 クスクスとキャサワリーは笑う。
「色んな意味であなたには泣かされっぱなしです」
 シートの後ろにへカートⅡを押し込むようにして仕舞いながら、ミヤは呆れたようにため息をつく。
 しかし、とミヤはガラスのないフロントウィンドウを見つめた。
「寒い……」
 木々の合間から見える雲ひとつない青空が、より一層ミヤの感じる寒さを引き立てていた。
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