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名も無き革命家
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2050年、日本。
30年前のある日本人が、「三十年後に世界は滅亡する」という終末論を説いた。そしてさらに昔、預言者ノストラダムスもまた、終末論を説いた。
これらはある意味当たっていて、ある意味外れていた。
2025年だ。ここで初めて、人類に『魔法』という才能が見つかった。
きっかけはある地域での紛争。この地域にいたある少女が、軍人やゲリラの放つ弾丸を『握りつぶした』。そして軍人もゲリラも見境無く嬲り殺し、そして援軍によって殲滅された。
後にこの少女は『始まりの魔女』として知られる事となり、その死体は無数に分割された上で各国の研究機関が保管している。
始まりの魔女が現れて以来、世界各地で同じ様な事例が報告されている。
彼らは体内に《魔力》というエネルギーを保有しており、それを利用して異能を行使している。ある者はそれを慈善活動に役立て、そしてある者は私利私欲に利用してしまう。
世界中で彼ら『魔法使い』が猛威を振るっていた2040年代は『悪夢の40年代』として知られ、この時代が過ぎた頃から世界各国は魔法使いに対する抑止力や法の整備を躍起になって行った。
だがそれは、新たな人種差別への始まりを意味していた。
法が整備されると、人々は魔法使いに理不尽な行為を行うようになった。
奴隷、娼婦、労働者、世界はまるで、100年前に戻った様な惨状だった。
だが差別は、革命を産む雛鳥なのだ。今回においても、それは変わらないだろう。
だが雛鳥は、必ずしも暖かく産まれるとは限らない。
・ ・ ・
2050年の日本は、地球温暖化に悩む人間は皆無だった。
人間は大きな問題を抱えると、それ以下の問題は考えない事にする性質がある。今回がその典型だった。
世界中に魔法使いと呼ばれる人種が急増し、そして世界中でそれに起因する事故災害も比例して多発している。
限祢志保も、それに悩まされている人間の一人。
志保は現在、シルトゲイル学園という学校に属している。
ここは日本で初めて魔法使い専門の学校として創設され、魔法使いしか入学を許されないある意味での名門校。
この学園の周辺は世界でも珍しく、彼らに対する差別が殆ど見られない地域である。だから彼らは、肩の荷を下ろして生活を送る事が出来る。
それでも、0という訳ではない。少なからず差別は見られている。
「あ? なんか言い分でもある訳?」
志保はガラの悪い高校生に絡まれている。
彼女は魔法使いではあるが、その中でも特に別格な存在だった。
「え、いや……」
しかも彼女は、人と会話するのを苦手としていた。この様な場合は特に。
たじろいで何も言わない彼女に、男は怒りを募らせていった。
「グチグチグチグチうるせえなあ‼」
耐えかねた男は、遂に拳を振り上げた。
それについ眼を閉じた、その時だった。
「それはどうかと思うぞ」
瞬きの間に現れた青年が、男の腕を掴んでいた。
青年は深緑の髪を軽く揺らしながら、藍色の瞳で睨みつけていた。
(誰だろう、この人は)
「なんだテメエ、お前コイツの何なんだ? ええ?」
「別に、そこの少女は顔見知りではない。だが、俺は君に用がある」
青年は腕を握る力を強めながら、更に睨みつけている。腕の血管が浮き出るまで握りつけられている。このままでは内出血や骨折を引き起こすだろう。
「この少女に手を出した、お前の考えを呪え」
青年はそのまま膝で男の腹を殴った。
男はそのまま気絶したのか、崩れ落ちて動かなくなった。
「あの、この人は?」
「放っておけ。どうせその内起きる」
青年は男を無視して、そのまま学園の方に向かっていった。
志保もその後に続いて学園に入る。
学園は3つと2つの体育館、そして運動場と5つの校舎に分けられおり、志保達一年生は第二校舎に教室がある。
「あれ、貴方も一年生ですか?」
「ああ、今日転入だ」
先程の青年も同じ下駄箱に靴を置いている。第二校舎は一年生の教室しかないので、ここで靴を変える人間は一年生だけだ。
今日は二学期の始業式がある。彼の事もそこで紹介があるだろう。
「それじゃあ後で」
志保は青年に手を振りながら別れる。
志保達在校生は第一体育館に集まり、規則正しく整列して時を待っていた。
「これより、シルトゲイル学園二学期、始業式を始めます」
生徒会長の挨拶で、式の開始が宣言される。
恒例の理事長挨拶や連絡事項を聞き流し、ようやく転校生の紹介に移る。
志保は重量を増す瞼を持ち上げ、ステージに眼を向ける。
ステージには先程の青年が上り、軽く自己紹介をした。
「大柳透馬だ。よろしく」
(え、それだけ……?)
志保を含め全員が自己紹介の薄さにざわめく中、我関せずといった様子で透馬はステージを降りた。
「か、彼はBクラスに転入するから、皆も仲良くする様に」
始業式は終わり、各クラスに移動する。
志保はBクラスに席を置いており、透馬の席はその隣だった。
教室内には一人用の勉強机が30程度並び、生徒は迷う事なく席についていく。
「はいはい静かにして。始業式で聞いた通り、このクラスに転校生が来ます」
担任の言葉で、余計クラスがざわめいた。
志保は対して、一言も発さずに熟考していた。
(彼は何者なんだろう。あの時、彼から感じた気配は不思議な物だった。中身の無い、輪郭だけのオーラというか、魔力がまるで感じられない)
魔力とは魔法使いのみが持っている訳では無い。というより、人間の生命力を変換したのが魔力だ。つまり、生命力があれば多少なりとも魔力は生成されている。なのにそれが一切無いという事は、彼は生命力を変換する術を持たないのか、それとも―――
(生命力を持たない? それって、死んでるって事になるけど……)
確かに透馬の眼は生気を感じられなかった。だが確かに言葉を発し、男の腕掴んでいた。彼は質量の無い幽霊でないという事は確かだった。
「さあ、入って」
担任が一言声を掛けて、透馬はBクラスの扉をくぐった。
「自己紹介して」
「先程行った行為を再度繰り替えす意味を感じない」
自己紹介する様に担任が言ったが、彼はそれを冷たい声で一蹴した。
その言葉に、思わず全員が押し黙ってしまう。
(でも、本当に不思議な気配だ)
志保の眼には、彼の輪郭をなぞる様に流れる『波』が見えていた。それは肉体から溢れ出た魔力で形成されるオーラだが、彼のそれは輪郭を強調する程度。
小さすぎる。子供でもオーラは数㎝は伸びるのに、彼にはそれが一切ない。見方によっては、彼の体に張り付いているように見えるだろう。
「そ、それじゃあ大柳君はその席ね」
正気を取り戻した担任が示した席は、やはり志保の隣だった。
示された席に無言で向かうと、志保に気が付いて声を掛けた。
「また会ったな」
「あ、うん」
どこか威圧的な挨拶に、志保は軽い恐怖すら感じていた。
彼は席に座ると、背筋良く座って硬直していた。眼で『早く話を進めろ』と語りかけている。
視線の意味を理解した担任は、連絡を早急に済ませて授業に移った。
それからは、特に異常も無く授業が続いた。新しい教科書が渡され、新学期の授業内容を説明される。
その中には、魔法実技の試験も含まれている。
(魔法試験、透馬君は大丈夫なのかな)
彼の異常に気が付いたのは志保だけなのか、彼女は唯一透馬を心配そうな眼で見ていた。
「何か用か?」
その視線に気が付いた透馬は、何気なく問いかけた。
ふぁが透馬が何気なく問うたつもりでも、志保にとっては高圧的に聞こえていた。
「あ、いや、その……」
「考えてみれば、君の名前を聞いてないかったな」
志保が言葉を出せずたじろいでいた所を、透馬が思わぬ助け船を出した。
「あ、私は限祢志保って言います」
「ああ。よろしく」
会話は続かなかった。
コミュニケーション能力に乏しい志保と、人と話す事に意義を見出せない透馬では、一言続けば良くやったと思える程だ。
(これから上手くいくかなあ……)
志保は彼の事が気がかりになりつつも、新学期に精を出す事となった。
新学期最初の授業は鬼ごっこだった。
比喩の類では無く、本当に鬼ごっこだ。逃走者役と追跡者役に分かれて行う授業だ。
正確には追跡と捕縛の訓練だが、生徒は親しみを込めて『鬼ごっこ』と呼んでいる。
シルトゲイル学園は、魔法を軍人や警察官といった治安維持に役立てる事を良しとしている。今回はそういった活動に向けての訓練だ。
しかし、勿論この学園ならではの要素がある。
まず訓練に使われる範囲だが、これは全ての運動場がが該当する。縦250m、横130mの運動場が三つなので、相当な範囲を走り回る事になる。
そして最大の特徴は、殺さない程度に魔法が使えるという事。その魔法の危険性や性質を問わず、「死ななければ何をしてもいい」というルールで行われる、血で血を洗う鬼ごっこだった。
「流石に過激すぎないですか!?」
死なない程度は、つまり死ななければ絨毯爆撃並みの攻撃をしてもお咎め無しという事になる。一般人がこの場に来れば戦場と見間違うだろう。
志保もなんとか攻撃をかわしながら、逃亡者役として逃げ回っている。
爆発、突風、発火、発雷、地面の液状化等々、死人が出ないのが不思議な位の大惨事を起こしている。
だがその中で、一際異才を放っている生徒がいた。
透馬である。
彼は魔法を全て避けると、そのまま追跡者として逃走者を追いかけては体術で拘束している。しかもその一連の行動に魔法が絡んでいる様子は無い。全て透馬の身体能力が為している技だった。
「凄い……」
思わず志保が見惚れていると、
「呆けているのは感心しないな」
いつの間にか隣にいた透馬が、志保の腕を掴んでいた。
そしてそのまま引っ張り、手本の様な地獄車を披露してくれた。
「ぶえ‼」
背中を思い切り叩き付けられ、志保は動けなくなってしまった。
「一点を見過ぎていると、その内足元すくわれるぞ」
透馬は志保を見下しながら、関節に力を込めている。
「あの、痛いんですけど」
「知らん。逃走者はこうなる運命だ」
(いや、私先生に言われてこれやってるんですけど)
志保は心の中で不満を呟きながらも、抗えないので大人しくする。
その内他の逃走者も捕まり、この授業は追跡者側の勝利となった。
次の授業は座学、魔法における歴史の授業だった。
「ええ、今から25年前です。始まりの魔女が紛争地帯に現れ、それから魔法使いが急増する事となったのです」
歴史を担当する初老の教師は、、教科書と黒板を交互に見ながら授業を進めていた。
歴史の授業が眠りやすいと言われているのは、数学や理科と違って聞く以外にほとんどする事が無いからと言われている。
志保も例外ではなく、授業放棄をした上で眠りに落ちていた。隣で真剣に授業を受ける透馬とは天地の差がある。
「ではここは……限祢君、答えてくれ」
眠ってるのを見かねた教師が、志保に問題を答える様に言った。
「へ?」
勿論眠っていた志保に答えられる筈も無く、教科書を必死になぞって答えらしき物を探していた。
『櫻木昌磨』
「……櫻木昌磨、です」
「ほう、正解だ」
透馬が小声で答えを囁き、この場はなんとか切り抜けられた。
教師は透馬が告げ口した事を薄々気が付いていたが、眼をつむって授業を続ける事を優先した。
時刻は放課後まで流れ、志保は荷物を纏めて帰路についていた。
彼女は疲労で重量を増す足をなんとか上げ、登校した道を引き返す。
「透馬君もこっちだったんだね」
「この道でなければ君と会わなかっただろうな」
そして通学路が重なった透馬も一緒に帰っている。彼は披露した様子を一切見せず、朝と同じく涼しい顔だった。
志保は余裕を崩さない透馬を恨めしく思いながらも、突っ込む気力すら惜しいので黙っておく。
「止まって」
不意に透馬が引き留め、前方に向けて険しい顔を見せた。
「何かいるの?」
「ああ、いる。さっさと出てこい、そこにいるのは分かっている」
透馬は誰も居ない道に向けて声を張ると、分かれ道から男が出て来た。
彼は朝に透馬が蹴飛ばした、ガラの悪い高校生だった。
だがその顔には血管が浮き出ており、まともな状態ではないのは火を見るよりも明らかだった。
「どうしたその顔。クスリでも飲んだか?」
「んなこたあどうでも良い‼ 俺はお前を殺せりゃいいんだ‼」
男は怒りに身を任せて襲い掛かるが、透馬が志保を引っ張って避ける。
狙いを外した男は、そのまま地面に拳を叩き付ける。
拳はコンクリートの地面を抉り、ヒビを入れて粉砕した。とても常人の筋力で出来る物ではない。
「一体どのクスリをキメたのか……」
「いやクスリは無い‼ 絶対魔法だから‼」
それを見ても余裕を崩さない透馬に、志保は大声でツッコミを入れた。
「ちょっと、このままじゃ私達死んじゃう!!」
「ああ、だがちょっと協力してくれないか?」
「協力って何を……ひゃ!?」
透馬は志保のうなじに触れると、そこから魔力を吸い出した。
魔力を急激に失い疲労していく志保とは反対に、透馬には活気が宿っていった。
「《裂波》」
透馬は短く呟くと、魔力を絞り出して魔法を形成した。
腕に魔法陣が巻き付いていくと、それは空気を圧縮して押し出した。
男は押し出された空気に当たると、勢いをそのままに吹き飛んでしまった。
「今の何!?」
「ああ、魔力を借りた」
さも平然と話す透馬に、志保は口を大きく開けて唖然としていた。
彼は何でもない顔をしているが、他人の魔力に干渉するなど人間の為せる物ではない。それはつまり、魔力を逆走して生命力すら掌握出来るかもしてないという事だから。
「俺は魔力を一切持たないんだ。君も分かっているだろう」
いつの間にか冷たい顔になっていた透馬は、驚いている志保に説明してくれた。
「いや、そうだけど……」
「それに、君は保有する魔力が多いから、借りても問題ないと思ってね。それでも不快な思いをさせてしまっただろう。本当にすまない」
「いや、いいよいいよ」
頭を下げて謝る透馬に、志保は手を振って断った。
「あ、もう少しいいか?」
「え、良いけど……」
今度は志保の手を借りると、透馬は割れた地面に手を向けた。
「《戻れ》」
するとコンクリートは意思を持ち始め、それぞれで修復を始めた。
時間をかける程傷は小さくなり、そして完全にヒビは消えた。
「よし、帰ろう」
「え、あ、うん……」
二人は気絶する男をまたも放っておき、道を辿って各々の家に帰っていった。
30年前のある日本人が、「三十年後に世界は滅亡する」という終末論を説いた。そしてさらに昔、預言者ノストラダムスもまた、終末論を説いた。
これらはある意味当たっていて、ある意味外れていた。
2025年だ。ここで初めて、人類に『魔法』という才能が見つかった。
きっかけはある地域での紛争。この地域にいたある少女が、軍人やゲリラの放つ弾丸を『握りつぶした』。そして軍人もゲリラも見境無く嬲り殺し、そして援軍によって殲滅された。
後にこの少女は『始まりの魔女』として知られる事となり、その死体は無数に分割された上で各国の研究機関が保管している。
始まりの魔女が現れて以来、世界各地で同じ様な事例が報告されている。
彼らは体内に《魔力》というエネルギーを保有しており、それを利用して異能を行使している。ある者はそれを慈善活動に役立て、そしてある者は私利私欲に利用してしまう。
世界中で彼ら『魔法使い』が猛威を振るっていた2040年代は『悪夢の40年代』として知られ、この時代が過ぎた頃から世界各国は魔法使いに対する抑止力や法の整備を躍起になって行った。
だがそれは、新たな人種差別への始まりを意味していた。
法が整備されると、人々は魔法使いに理不尽な行為を行うようになった。
奴隷、娼婦、労働者、世界はまるで、100年前に戻った様な惨状だった。
だが差別は、革命を産む雛鳥なのだ。今回においても、それは変わらないだろう。
だが雛鳥は、必ずしも暖かく産まれるとは限らない。
・ ・ ・
2050年の日本は、地球温暖化に悩む人間は皆無だった。
人間は大きな問題を抱えると、それ以下の問題は考えない事にする性質がある。今回がその典型だった。
世界中に魔法使いと呼ばれる人種が急増し、そして世界中でそれに起因する事故災害も比例して多発している。
限祢志保も、それに悩まされている人間の一人。
志保は現在、シルトゲイル学園という学校に属している。
ここは日本で初めて魔法使い専門の学校として創設され、魔法使いしか入学を許されないある意味での名門校。
この学園の周辺は世界でも珍しく、彼らに対する差別が殆ど見られない地域である。だから彼らは、肩の荷を下ろして生活を送る事が出来る。
それでも、0という訳ではない。少なからず差別は見られている。
「あ? なんか言い分でもある訳?」
志保はガラの悪い高校生に絡まれている。
彼女は魔法使いではあるが、その中でも特に別格な存在だった。
「え、いや……」
しかも彼女は、人と会話するのを苦手としていた。この様な場合は特に。
たじろいで何も言わない彼女に、男は怒りを募らせていった。
「グチグチグチグチうるせえなあ‼」
耐えかねた男は、遂に拳を振り上げた。
それについ眼を閉じた、その時だった。
「それはどうかと思うぞ」
瞬きの間に現れた青年が、男の腕を掴んでいた。
青年は深緑の髪を軽く揺らしながら、藍色の瞳で睨みつけていた。
(誰だろう、この人は)
「なんだテメエ、お前コイツの何なんだ? ええ?」
「別に、そこの少女は顔見知りではない。だが、俺は君に用がある」
青年は腕を握る力を強めながら、更に睨みつけている。腕の血管が浮き出るまで握りつけられている。このままでは内出血や骨折を引き起こすだろう。
「この少女に手を出した、お前の考えを呪え」
青年はそのまま膝で男の腹を殴った。
男はそのまま気絶したのか、崩れ落ちて動かなくなった。
「あの、この人は?」
「放っておけ。どうせその内起きる」
青年は男を無視して、そのまま学園の方に向かっていった。
志保もその後に続いて学園に入る。
学園は3つと2つの体育館、そして運動場と5つの校舎に分けられおり、志保達一年生は第二校舎に教室がある。
「あれ、貴方も一年生ですか?」
「ああ、今日転入だ」
先程の青年も同じ下駄箱に靴を置いている。第二校舎は一年生の教室しかないので、ここで靴を変える人間は一年生だけだ。
今日は二学期の始業式がある。彼の事もそこで紹介があるだろう。
「それじゃあ後で」
志保は青年に手を振りながら別れる。
志保達在校生は第一体育館に集まり、規則正しく整列して時を待っていた。
「これより、シルトゲイル学園二学期、始業式を始めます」
生徒会長の挨拶で、式の開始が宣言される。
恒例の理事長挨拶や連絡事項を聞き流し、ようやく転校生の紹介に移る。
志保は重量を増す瞼を持ち上げ、ステージに眼を向ける。
ステージには先程の青年が上り、軽く自己紹介をした。
「大柳透馬だ。よろしく」
(え、それだけ……?)
志保を含め全員が自己紹介の薄さにざわめく中、我関せずといった様子で透馬はステージを降りた。
「か、彼はBクラスに転入するから、皆も仲良くする様に」
始業式は終わり、各クラスに移動する。
志保はBクラスに席を置いており、透馬の席はその隣だった。
教室内には一人用の勉強机が30程度並び、生徒は迷う事なく席についていく。
「はいはい静かにして。始業式で聞いた通り、このクラスに転校生が来ます」
担任の言葉で、余計クラスがざわめいた。
志保は対して、一言も発さずに熟考していた。
(彼は何者なんだろう。あの時、彼から感じた気配は不思議な物だった。中身の無い、輪郭だけのオーラというか、魔力がまるで感じられない)
魔力とは魔法使いのみが持っている訳では無い。というより、人間の生命力を変換したのが魔力だ。つまり、生命力があれば多少なりとも魔力は生成されている。なのにそれが一切無いという事は、彼は生命力を変換する術を持たないのか、それとも―――
(生命力を持たない? それって、死んでるって事になるけど……)
確かに透馬の眼は生気を感じられなかった。だが確かに言葉を発し、男の腕掴んでいた。彼は質量の無い幽霊でないという事は確かだった。
「さあ、入って」
担任が一言声を掛けて、透馬はBクラスの扉をくぐった。
「自己紹介して」
「先程行った行為を再度繰り替えす意味を感じない」
自己紹介する様に担任が言ったが、彼はそれを冷たい声で一蹴した。
その言葉に、思わず全員が押し黙ってしまう。
(でも、本当に不思議な気配だ)
志保の眼には、彼の輪郭をなぞる様に流れる『波』が見えていた。それは肉体から溢れ出た魔力で形成されるオーラだが、彼のそれは輪郭を強調する程度。
小さすぎる。子供でもオーラは数㎝は伸びるのに、彼にはそれが一切ない。見方によっては、彼の体に張り付いているように見えるだろう。
「そ、それじゃあ大柳君はその席ね」
正気を取り戻した担任が示した席は、やはり志保の隣だった。
示された席に無言で向かうと、志保に気が付いて声を掛けた。
「また会ったな」
「あ、うん」
どこか威圧的な挨拶に、志保は軽い恐怖すら感じていた。
彼は席に座ると、背筋良く座って硬直していた。眼で『早く話を進めろ』と語りかけている。
視線の意味を理解した担任は、連絡を早急に済ませて授業に移った。
それからは、特に異常も無く授業が続いた。新しい教科書が渡され、新学期の授業内容を説明される。
その中には、魔法実技の試験も含まれている。
(魔法試験、透馬君は大丈夫なのかな)
彼の異常に気が付いたのは志保だけなのか、彼女は唯一透馬を心配そうな眼で見ていた。
「何か用か?」
その視線に気が付いた透馬は、何気なく問いかけた。
ふぁが透馬が何気なく問うたつもりでも、志保にとっては高圧的に聞こえていた。
「あ、いや、その……」
「考えてみれば、君の名前を聞いてないかったな」
志保が言葉を出せずたじろいでいた所を、透馬が思わぬ助け船を出した。
「あ、私は限祢志保って言います」
「ああ。よろしく」
会話は続かなかった。
コミュニケーション能力に乏しい志保と、人と話す事に意義を見出せない透馬では、一言続けば良くやったと思える程だ。
(これから上手くいくかなあ……)
志保は彼の事が気がかりになりつつも、新学期に精を出す事となった。
新学期最初の授業は鬼ごっこだった。
比喩の類では無く、本当に鬼ごっこだ。逃走者役と追跡者役に分かれて行う授業だ。
正確には追跡と捕縛の訓練だが、生徒は親しみを込めて『鬼ごっこ』と呼んでいる。
シルトゲイル学園は、魔法を軍人や警察官といった治安維持に役立てる事を良しとしている。今回はそういった活動に向けての訓練だ。
しかし、勿論この学園ならではの要素がある。
まず訓練に使われる範囲だが、これは全ての運動場がが該当する。縦250m、横130mの運動場が三つなので、相当な範囲を走り回る事になる。
そして最大の特徴は、殺さない程度に魔法が使えるという事。その魔法の危険性や性質を問わず、「死ななければ何をしてもいい」というルールで行われる、血で血を洗う鬼ごっこだった。
「流石に過激すぎないですか!?」
死なない程度は、つまり死ななければ絨毯爆撃並みの攻撃をしてもお咎め無しという事になる。一般人がこの場に来れば戦場と見間違うだろう。
志保もなんとか攻撃をかわしながら、逃亡者役として逃げ回っている。
爆発、突風、発火、発雷、地面の液状化等々、死人が出ないのが不思議な位の大惨事を起こしている。
だがその中で、一際異才を放っている生徒がいた。
透馬である。
彼は魔法を全て避けると、そのまま追跡者として逃走者を追いかけては体術で拘束している。しかもその一連の行動に魔法が絡んでいる様子は無い。全て透馬の身体能力が為している技だった。
「凄い……」
思わず志保が見惚れていると、
「呆けているのは感心しないな」
いつの間にか隣にいた透馬が、志保の腕を掴んでいた。
そしてそのまま引っ張り、手本の様な地獄車を披露してくれた。
「ぶえ‼」
背中を思い切り叩き付けられ、志保は動けなくなってしまった。
「一点を見過ぎていると、その内足元すくわれるぞ」
透馬は志保を見下しながら、関節に力を込めている。
「あの、痛いんですけど」
「知らん。逃走者はこうなる運命だ」
(いや、私先生に言われてこれやってるんですけど)
志保は心の中で不満を呟きながらも、抗えないので大人しくする。
その内他の逃走者も捕まり、この授業は追跡者側の勝利となった。
次の授業は座学、魔法における歴史の授業だった。
「ええ、今から25年前です。始まりの魔女が紛争地帯に現れ、それから魔法使いが急増する事となったのです」
歴史を担当する初老の教師は、、教科書と黒板を交互に見ながら授業を進めていた。
歴史の授業が眠りやすいと言われているのは、数学や理科と違って聞く以外にほとんどする事が無いからと言われている。
志保も例外ではなく、授業放棄をした上で眠りに落ちていた。隣で真剣に授業を受ける透馬とは天地の差がある。
「ではここは……限祢君、答えてくれ」
眠ってるのを見かねた教師が、志保に問題を答える様に言った。
「へ?」
勿論眠っていた志保に答えられる筈も無く、教科書を必死になぞって答えらしき物を探していた。
『櫻木昌磨』
「……櫻木昌磨、です」
「ほう、正解だ」
透馬が小声で答えを囁き、この場はなんとか切り抜けられた。
教師は透馬が告げ口した事を薄々気が付いていたが、眼をつむって授業を続ける事を優先した。
時刻は放課後まで流れ、志保は荷物を纏めて帰路についていた。
彼女は疲労で重量を増す足をなんとか上げ、登校した道を引き返す。
「透馬君もこっちだったんだね」
「この道でなければ君と会わなかっただろうな」
そして通学路が重なった透馬も一緒に帰っている。彼は披露した様子を一切見せず、朝と同じく涼しい顔だった。
志保は余裕を崩さない透馬を恨めしく思いながらも、突っ込む気力すら惜しいので黙っておく。
「止まって」
不意に透馬が引き留め、前方に向けて険しい顔を見せた。
「何かいるの?」
「ああ、いる。さっさと出てこい、そこにいるのは分かっている」
透馬は誰も居ない道に向けて声を張ると、分かれ道から男が出て来た。
彼は朝に透馬が蹴飛ばした、ガラの悪い高校生だった。
だがその顔には血管が浮き出ており、まともな状態ではないのは火を見るよりも明らかだった。
「どうしたその顔。クスリでも飲んだか?」
「んなこたあどうでも良い‼ 俺はお前を殺せりゃいいんだ‼」
男は怒りに身を任せて襲い掛かるが、透馬が志保を引っ張って避ける。
狙いを外した男は、そのまま地面に拳を叩き付ける。
拳はコンクリートの地面を抉り、ヒビを入れて粉砕した。とても常人の筋力で出来る物ではない。
「一体どのクスリをキメたのか……」
「いやクスリは無い‼ 絶対魔法だから‼」
それを見ても余裕を崩さない透馬に、志保は大声でツッコミを入れた。
「ちょっと、このままじゃ私達死んじゃう!!」
「ああ、だがちょっと協力してくれないか?」
「協力って何を……ひゃ!?」
透馬は志保のうなじに触れると、そこから魔力を吸い出した。
魔力を急激に失い疲労していく志保とは反対に、透馬には活気が宿っていった。
「《裂波》」
透馬は短く呟くと、魔力を絞り出して魔法を形成した。
腕に魔法陣が巻き付いていくと、それは空気を圧縮して押し出した。
男は押し出された空気に当たると、勢いをそのままに吹き飛んでしまった。
「今の何!?」
「ああ、魔力を借りた」
さも平然と話す透馬に、志保は口を大きく開けて唖然としていた。
彼は何でもない顔をしているが、他人の魔力に干渉するなど人間の為せる物ではない。それはつまり、魔力を逆走して生命力すら掌握出来るかもしてないという事だから。
「俺は魔力を一切持たないんだ。君も分かっているだろう」
いつの間にか冷たい顔になっていた透馬は、驚いている志保に説明してくれた。
「いや、そうだけど……」
「それに、君は保有する魔力が多いから、借りても問題ないと思ってね。それでも不快な思いをさせてしまっただろう。本当にすまない」
「いや、いいよいいよ」
頭を下げて謝る透馬に、志保は手を振って断った。
「あ、もう少しいいか?」
「え、良いけど……」
今度は志保の手を借りると、透馬は割れた地面に手を向けた。
「《戻れ》」
するとコンクリートは意思を持ち始め、それぞれで修復を始めた。
時間をかける程傷は小さくなり、そして完全にヒビは消えた。
「よし、帰ろう」
「え、あ、うん……」
二人は気絶する男をまたも放っておき、道を辿って各々の家に帰っていった。
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それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
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